162.風呂上がりの閑話
太陽が西の空の向こうに沈む。
魔帝国に向かうのは明日にしよう――
リゼリゼは秒速でキャンプの暮らしに馴染んだ。
元々、聖王と出会う前までは、王国領内を転々としてきただけあって、生活力も自立心も高いのである。
が、セクハラ魔人ことサキュルの事は苦手らしい。
ある夜のこと――
焚き火の番をしていると、川の方から少女が二人戻ってきた。
「今度お風呂に勝手に入ってきたら滅しますね」
「ええ~! いいじゃん減るものじゃあるまいし~!」
現在、沸かした川辺の風呂は女子の利用時間である。
サキュルと揃いのシャツ姿で、リゼリゼはムッとした顔だ。
「減りますから」
「そっかなぁ」
ちょっと目を離すと触る、揉む、覗く、撫でる、抱きつく、押しつけるなどなど、淫魔はやりたい放題である。
「姉さんやドラミさんにも、同じようなことをしてるんですか?」
「うん! シャロンには聖なる光の魔法力を込めたお尻叩きされるから、全然上手くいかないんだけどね!」
「なるほど。じゃあ、わたしもそうすれば良かったんですね」
「ひいっ! 暴力反対!」
「いいですかサキュルさん。相手が嫌がることはしてはいけないんです」
「そんなに嫌? 凝ってるところをマッサージしてあげたら、ちょっと気持ち良さそうだったのに」
「そ、それは……お風呂のお湯が温かかったからです」
「はぁーんもう素直じゃないなー。リーゼはさぁ、何が好きなの? 猫とか犬とかもふりたくならない?」
「わたしを猫だと思ってたんですか?」
「かわいいものを吸いたくなる気持ちってあるじゃん!」
「か、かわいいなんて……わたしは別に……」
「えー!? かわいいよリーゼ! おっぱいも大きいしね」
「姉さんに聞かれたら大事です」
すっかり淫魔のペースである。
焚き火台に薪を足して、私は告げる。
「湯冷めするぞ。とっとと中に入れ」
「はーい。ねえねえメイヤ? リーゼってかわいいよね?」
「ちょ、や、やめてください」
と、言いつつ言葉を待つなリゼリゼよ。
「かわいいんじゃね?」
「い、いけません義兄さん! あなたには姉さんがいるんですから!」
「いいだろ別に。拡大解釈するんじゃない」
「し、してません!」
顔を真っ赤にして否定するって、どういうことかね。
「部屋に戻らせてもらいます!」
肩を怒らせ頬を膨らませプリプリと銀髪少女は部屋に戻った。
隣に立った淫魔がこちらを見上げる。
「あー、行っちゃったねメイヤ」
「私のせいみたいに言うんじゃないよ」
「あのさー、焚き火で髪を乾かすとせっかくお風呂でリフレッシュしたのに、香ばしい感じになるし肌もカサカサになっちゃうんだよね」
「なら自然乾燥を待て」
「魔法で適度な温風とかブワーって出せない? 髪の毛だけかわかすやつ」
「私を便利アイテムだと思ってないか貴様?」
「メイヤくん。必要は発明の母だよ。サキュルのキュートなワガママをかなえることで、世界に新たな革新を起こせるかもしれないのに、もったいない」
それらしいこと言って正当化しおってからに。
しかしまあ、髪を乾かす用の温風発生器か。面白いかもしれんな。
淫魔が両手をパンと胸元で打った。柏手一つで、たわわがぶるんとなる。
「そーだ! ドラミのブレスを調整して乾かしてもらおっと! おーいドラミー!」
ログハウスの外で竜形態に戻ったピンドラが丸まっている。その頭の上には王冠をつけたアヒルのキングがちょこんと座っていた。
淫魔がドラミに事情を説明すると――
「グルウオワアアアアアアアアアアンン!」
温風鼻息が風速100メートルの勢いで放たれて、淫魔は草原の向こうへと吹き飛ぶのでした。
めでたし、めでたし……はぁ、死んでなきゃいいんだが。サキュルの場合、怪我してもシャンシャンの聖なる光の治癒魔法でダメージを負うからな。
まったく、これじゃおちおち風呂にも入れんぞ。