160.論より証拠です……ご覧ください
シャンシャンとリゼリゼの唇はパンパンに膨らみ、赤くぽってりとルージュを引いたようだった。
目に染みるラー油の香気にあてられて、二人の瞳は涙で潤み鼻水もずるずるで美少女が台無しだ。
「無理! これ無理よ絶対無理ぃ!」
「神の試練だってもう少し……手心を加えてくださるものです」
私はこれが見たかった。これを見に来たのだ。感動の再会に涙は必須である。
二人が再会を果たしても、過去のしがらみが素直に喜び合えなくしていまうかもしれない。
なら、強烈な体験の共有、一体感をもってこの記念すべき喜ばしい日に、花を添えたいではないか。
無感動は敵だ。心動かされる瞬間を、私は「食」で提供したい。
箸を置きかけたリゼリゼを、姉が心配そうに見つめる。
「だ、大丈夫リーゼ?」
「姉さんこそ、髪が……そんなに膨らんで」
毛穴が活性化したためか、シャンシャンの綿あめみたいなふわふわ金髪は今や、爆発オチなんてサイテーといわんばかりに膨らんで久しい。
妹の方が髪質的には大人しいものの、一口すするごとにヘッドバンギングして振り乱し方が半端じゃない。
紙エプロンは鮮血のような赤い飛沫に汚された。なお、シャンシャンは平面だがリゼリゼは膨らみから立体感のあるつきかたをしている。
姉妹といえど、違いが出ることが実に興味深く、味わい深い。
二人は互いを慰め合うと「必ず仕返ししましょうね」「はい、姉さん」と、巨悪を砕くことに一致団結した。
その調子で聖王打倒だぞ。
なんか、私の方を睨んでるけど。
「どうした貴様たち! 手が止まっているぞ!?」
「メイヤさんの鬼! 悪魔! 人でなし! そういうところがあるから女の子にモテないのよ! 変人!」
「ぎりぎり食べられるのと、辛すぎること以外は問題無いどころか、生まれて初めてというくらい美味しいのが憎らしいです!」
付き合いの長さから、シャンシャンめ言いたい放題しおって。
これでも女子にはモテているぞ。変なのばっかだけど。暴力元聖女とか変態淫魔とか引きこもりダンジョンコアとかポンコツ桃竜とか、魔帝国の皇帝とか四天王とか……。
なんか男も混じったけど。
シャンシャンが妹に告げる。
「リーゼ、もしギリギリだったら……お姉ちゃんが食べてあげるからね」
「再会したばかりで姉さんを失いたくないです。一緒に……がんばりましょう!」
お互いを庇い慈しむ美しい姉妹の姿に、百合の間に挟まる男を絶対に許さないマエストロたる私の胸は、トゥンクと熱い鼓動を奏でた。
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しかしまあ、殺人的と致死量には越えられぬラインがあるもので――
魔帝国ホテル総料理長の腕前は見事なもので、少女二人はスープこそ残したものの、唐辛子粉練り込み麺を見事に完食した。
鼻水とよだれと涙をミックスした顔に、大きな山の頂上を制覇したかのような充実した達成感の表情を二人は浮かべる。
「やりましたね姉さん!」
「リーゼも本当によくがんばったわ。メイヤさんに拉致られて、いきなり理不尽を押しつけられたのに耐えきって……」
「カレーにしましょう」
「ええ、そうね」
赤紫と青紫の瞳が、揃って私に訴えかけた。
なに? カレーって。二人の赤くただれた粘膜パンパンの口元がニヤリと緩む。
やだ、怖いこと考えてない? 大丈夫?
二人は席を立つ。リゼリゼが胸元で手を組み懇願した。
「では自称神様。ここから出してください」
「うむ。だが……貴様に問おう」
「なんですか?」
私は呼吸を整え、静かに告げた。
「聖王の下に戻るのか、姉と……シャンシャンとともに生きるのか」
シャンシャンは何か言いかけたが、ぐっと言葉を呑み込んだ。
二人は姉妹。互いが、この世に残されたかけがえのないたった一人の家族。
だが、別の個人でもある。思想も信条も、違っていておかしくない。
それを植え付けた聖王がいたことは確かだ。
人はそれを洗脳のというのだろう。だが、シャンシャンは説得の言葉を胸にしまった。
元は聖女の姉である。聖王そのものがヤバくとも、光の神を信奉し弱者救済の手を差し伸べる教会や教義までも否定はできない。
愛する妹だからこそ、尊重したいと思うのだろう。言えないか……シャンシャン。
即答しかねるリゼリゼにも、迷いを感じた。
なら、私が買って出ようじゃないか。
「貴様を救った聖王は人間の味方だ。だが、そのやり方は極端すぎるのだ」
「極端……ですか?」
「今、私とシャンシャンは聖王国と魔帝国の緩衝地帯……中央平原で暮らしている」
「そ、そうなんですか? 姉さんと……そういうご関係なんですか? だから、こんな罰ゲームみたいな無茶ぶりにも、姉さんは耐えてみせたのですね? 愛なのですね?」
「待て待て早まるな。強火カプ厨やめろ」
「おめでとうございます姉さん!」
人の話をキキナサーイ。
「いいか、暮らしているといっても二人じゃない。中央平原の我らおもしろ家族には、あたまのおかしなメンバーがもっといるんだ」
「紹介の仕方からして残念ですね神様」
「うっせーわい。いいか……」
聖王に救われたリゼリゼにとって、衝撃的な事実かもしれないが、現実を伝えよう。
「私とシャンシャンは、魔族や竜と暮らしている」
妹の表情が険しくなった。
「魔族や竜? どういうことですか? もしかして……二人は虐げられているんですか? 奴隷にされたりとか……許せないです」
「待て待て。たまに迷惑を被ることはあるが、仲良く楽しく暮らしてるんだ」
「あり得ないです……姉さん……嘘……ですよね?」
すがるような妹の視線に、シャンシャンはまっすぐな眼差しで返す。
「本当よ。メイヤさんがそうさせてくれたの」
「嘘です! だって……魔族も竜も人間を支配しようとするって……だから国と弱き民を守らなければならないって!」
「確かにそうね。今もまだ、多くが問題を抱えているわ。けど……」
シャンシャンは妹の手をとる。
「メイヤさん自身は色々あっての結果論だっていうけど、魔帝国の帝位を簒奪していた化け物を倒しちゃったの」
「は、はい? 化け物?」
「話せば長くなるけど、今の魔皇帝は話の分かる人物よ。戦争はしない。魔帝国は自由競争と弱肉強食の世界だから、根底は変わらないと思うけど……人間だからと不当な扱いを受けることはもう、なくなるって」
魔皇帝の政策は、ただ才能のみを求める的なものだ。これはこれで残酷な面もあるが、平等でもあった。
シャンシャンの手に力が入る。
「人間も魔族も竜も関係ないのよ。あたしたちは互いを理解しようとすることを、種族の違いだからと拒んできた。メイヤさんにはそれがない。ついに魔帝国まで変えてしまったんだから」
「だ、騙されているんです姉さんは。聖王国こそ、弱きものにも救いの手を差し伸べる素晴らしい国なんです。魔帝国を滅ぼして聖王様が世界を統治すべき……です」
「その国の中に、魔族も竜も居場所はないんでしょ? あたしの大切な友達二人は、どこにいけばいいの?」
聖女にして大司教リーゼ・ホープスの心は今、嵐の夜のように荒れているだろう。
「そんな……あり得ません。なら……見せてください。自称神様が……メイヤさんが正しいということを」
かたくなだ。だが――
ようやく話を訊いてもらえそうだな。私は二人を連れて転移魔法で中央平原のキャンプ地へと跳んだ。
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ログハウス前に到着するやいなや――
「ただいまー……っと、まずいまずい隠せシャンシャン! 目隠しだ」
「ちょ! なにや……はい!」
元聖女が妹の背後に回って両目を手で覆う。
「あ、あの姉さん? なんで隠すんですか?」
「そ、それはぁ……」
全裸の淫魔が人間モードのピンドラちゃん(全裸)に抱きついて、くんずほぐレズなにしてんだ貴様ら。
「おいサッキー。どうして貴様がドラミちゃんを押し倒してるんだ?」
「え? ち、違うよ誤解だよ! ドラミを元気にしてあげたくて。スキンシップでフレンドリー! 一肌脱いで人肌の温もりをおとどけ……ってね!」
「お兄ちゃんだずげで~!」
事情を訊くまでもなく、やったなこの淫魔。
「姉さん目隠しを外してください。お二人が正しいなら外せますよね」
「おちついてリーゼ。イレギュラーが発生したの」
あーもう無茶苦茶だよ。とりあえず淫魔とピンドラには服を着るところから始めてもらおう。




