159.金銀姉妹に逃げ場無し
窓すら無い白い壁。出入り口も見当たらない、完全隔離空間。
部屋全体がぼんやり明るい白い部屋。
白い横長なテーブルと白い椅子が二脚。
まるで精神とか時とかが加速していそうな一室に、転がる二人の少女。
金髪と銀髪。シャンシャンとリゼリゼ。蔓縄亀甲縛り×2である。
アイマスクに猿ぐつわで見ざる言わざる、さらに耳栓もしたった。
二人をしばる蔓縄を解く。
「ほれシャンシャン。貴様の願いを叶えてやったぞ。こちらリゼリ……おいやめなさいよ! 回転光刃出すのは!」
「もご……メイヤさん、これどういうことかしら?」
元聖女は猿ぐつわを光刃で切り裂いた。アイマスクをとり耳栓も外す。
一方――
銀髪の現役聖女はアイマスクを外したものの、猿ぐつわの解除に苦戦気味だ。
シャンシャンが銀髪少女の後ろにまわって、猿ぐつわを解く。
「大丈夫? 怖い思いしてない?」
「え、ええと……突然、目の前が真っ暗になって……縛られて……あ、ありがとうございます」
「もう安心よ。で、メイヤさん……これどういうことかしら?」
怯える銀髪の頭を優しく撫でるお姉さんなシャンシャンに、私はビシッと顔を指さし告げた。
「なにか気づかないかシャンシャン……いや、シャロン・ホープスさん!」
途端にリゼリゼの顔がハッとなる。
「シャロン……姉さん?」
訊かれて元聖女の赤紫色をした瞳が丸くなった。
「え……ええっ!? あなたもしかして……リーゼなの?」
二人は服の下からペンダントを引きずり出した。
「「あっ」」
驚きを綺麗にユニゾンさせると、それぞれペンダントのチェーンを外す。
金銀の片翼をモチーフにしたペンダントトップは、つがいのように綺麗にくっついた。
一つの目と一つの翼しかもたない比翼の鳥だ。
私は後方腕組みお兄さんをしながらニヤリである。
「姉妹の再会おめでと……あれ?」
シャンシャンがリーゼをぎゅっと抱きしめる。彼女の頭を胸に抱くようにして、しばらく黙り込んだ。
リゼリゼもされるがままだ。
感動の再会は意外にも静かなものである。もっと話したいこととか、これまでずっと抱えてきた想いなんてものをぶつけ合うんじゃなかろうか……と、想定していた私がバカみたい。
シャンシャンは「良かった……無事で……生きててくれて」と、静かに告げた。
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二人は落ち着くまで、ほんの数十秒が長く長く感じられた。
金髪少女がそっと妹を解放する。リゼリゼは深呼吸をすると――
「本当に姉さんなんですね」
「ええ、そうよ……って、言うしか信じてもらえないんだけど」
「信じます。ペンダントだけじゃないです。なんだか本当に……懐かしく感じましたから」
一度、私は聖王が用意した偽のリーゼと出会っている。聖王に利用され、あげく殺されてしまった。
今回は互いが互いを認め合ったのだし、大丈夫……か。
聖王が何かしら罠を仕掛けていたかもと警戒したが、今のところ問題無し。
まあ、価値観の相違はそのままである。
話し合いでの解決を望むところだ。中央平原でのスローライフは時間だけなら売るほどある。
が、その前に――
「いいか貴様たち」
「ありがとうメイヤさん! リーゼを探してきてくれたのね?」
縛られていたのが嘘みたいに、シャンシャンは今までで一番の笑顔だ。
「あっ……いや……」
「けど、再会する前に、あたしに少しくらいは教えてくえても……心の準備ができなくて、言葉が出なかったんだから」
リゼリゼも私には不満げな視線だ。
「本当に願いを叶えてくれるなんて、神様……じゃなくてええと……メイヤさん。ありがとうございます」
祈るように手を組み銀髪少女も頭を下げる。
ゆっさたゆんと胸が揺れた。
一瞬だけシャンシャンの肩がビクンとなる。姉妹なのにね、不思議だねあははは。
「さて、二人とも再会の喜びを分かち合っている場合ではないぞ。まずはその椅子に並んで座れ」
姉妹は互いに視線を送り合う。が、小さく頷きあった。変人が変なことを言い出すのはいつものこと。みたいな雰囲気だ。
横並びで座った二人の背後に立ち、それぞれに後ろから紙エプロンをつけてやる。
シャンシャンが首だけ振り返った。
「これ、なにかしらメイヤさん」
「二人が本当の姉妹かどうか、まだ私は信じていない」
これにリゼリゼが「別に神さ……メイヤさんが信じなくても当人同士で確認できたんですけど」と反論した。
「黙れ! 本当の姉妹なら絆で結ばれているはずだ。今からそれを試させてもらう」
私は転移魔法で魔帝都のホテル厨房に跳ぶと、どんぶり二つをウーバーメイヤして精神やら時やらの部屋っぽいところに戻ってきた。
純白の部屋に映える、赤い湖面の汁麺料理。
二人それぞれの前に一膳ずつ用意する。
シャンシャンが吠えた。
「や! ちょ! なにこれ目が痛いんだけど!?」
リゼリゼも抗議の姿勢だ。
「まさかこれを食べろなんて言わないですよね?」
二人の前に立ち、腕組みして頷くと、私は今回の趣旨を伝えた。
「食べきれるはずだ……二人が真の姉妹なら」
「嫌よ。帰して!」
「そうです! 今すぐ姉さんとわたしを解放してください」
ムッとする二人に首を横に振る。
「この部屋の名を教えてやろう」
二人は固唾を呑んだ。
「激辛汁麺、完食するまで出られない部屋だ」
「「――ッ!?」」
「観念するがいい。おっと、ヨーグルト飲料みたいな救済措置があると思うなよ」
赤熱する汁麺のどんぶりを前にして、姉妹はじっと見つめ合った。
「姉さん。この人を倒しましょう」
「その方がマシかもしれないわね」
「おっと、いいのか? 私が死ねばここから出る手立てはなくなるぞ? なぜなら……」
ここがダンジョンコアによって作り出された完全隔離空間である以上、二人に逃げ場はなかった。
なお、出入り口ではない扉が用意されているのだが、そちらは化粧室となっております。
さあ、存分に食すがいい。魔皇帝エイガすら葬り去った珠玉の一杯を!