157.聖王とわたし
リーゼは語った。
彼女のそれまでの生い立ちは、幼い頃に姉と離ればなれになり、身売りされたという記憶だ。
逃げ出した。幼い少女ではあったが、リーゼには他の人間にはない力が備わっていた。
光の魔法力である。聖女と呼ばれるに相応しいほどの。
奴隷商人から追っ手が差し向けられたこともあり、身を隠し名前を変えて各地を転々。姉を探しながら人助けをすることも、しばしばだったという。
追われているというのはずっと心に負担がかかるもので、いつ、どこからか誰かが自分を捕らえにくるのかと、怯えながら過ごす日々。
自然と足は聖王都から遠のき、流れ着くように海辺の寒村の修道院へ。
淡々と語る少女の姿に、どこか「諦め」を感じた。
「そいつはその……大変だったな」
「別に無理に共感しようとしなくてもいいですよ。あなたが本当の神様なら、恨んであげますけど」
「じゃあ恨むといい。私が神だ。ハーッハッハッハ」
「……変な人ですね」
「人じゃねーし。で、世界の果てみたいな村で、どうして聖王が出てくるわけよ?」
「浜に流れ着いたんです。全裸で」
「おやまぁ」
つまり、バラバラにして海に撒いても肉体は再生されて戻ってくるわけね。
うーん、化け物ぉ。
「聖王さぁ、なんか言ってた?」
「なにかといわれても……」
「だって変でしょ。裸になって浜辺にいるなんて変態じゃないの」
「あっ……えっと、色々あって大変だったそうです。どうしても説得して仲良くなりたい人がいるのに、話が通じなくて……海に捨てられてしまったなんて。ひどいと思いませんか? 聖王様は友人だって言ってたんですよ?」
はぁ~? どの口が言うかね。話が通じないのはあの化け物だろうに。
「聖王の言うことだからって丸呑み鵜呑みはよくないぞリゼリゼ」
「信じることは大切だと、聖王様に教えてもらいました。でなければ、とっくに衛兵を呼んでいます」
「あっ……はい」
一本とられたみたいな感じになって、とても不愉快です。
聖女は祈るように胸元で手を組む。
「貧しい村でした。最初は村人たちも聖王様を怖がったり、不気味がったり」
「当たり前でしょ全裸の不審者なんだもの」
「けど、聖王様は村が抱える病巣をあっという間に解決してくれたんです」
「病巣って?」
「近くに魔族や獣人で構成された山賊の砦があって……近隣の村や集落からみかじめと称して取り立てを……辺境です。冒険者を雇うお金もありません。わたしも少しくらいは戦う力がありましたが……」
「そいつらどうなったわけ?」
「一人残らず聖王様が退治してくれました」
「退治って……改心させたのか?」
少女は銀髪を左右に振った。
「罪を犯した人間ではありません。獣人や魔族はどこまでいっても、人間とはわかりあえないんです」
聖王の思考や指向や志向や嗜好からして、人間以外の種族には問答無用くさいな。
「殺したってか」
「山賊たちは、それ以上に殺し、奪い、傷つけました」
私だってそういう連中は容赦しない。結果、同じ事になったと思う。
リゼリゼは揺るぎない眼差しで告げた。
「辺境の村々に安息が訪れました。みな、山賊に怯えることなく夜には安らかに眠れるようになったんです。山賊に愛する人を奪われた者たちの無念は、晴れることはないかもしれません。それでも聖王様は善を成し遂げたのです」
綺麗な瞳で妄信しやがって。とはいえ、リゼリゼにとっては聖王はヒーローだったってことか。
「で、貴様は聖王にくっついて聖王都に来たのか?」
「最初に手を差し伸べたわたしに、聖王様から『国を良くするお手伝いをしてみませんか?』とお誘いがありました。幸い、わたしには聖なる光の魔法力があります。できることがあればと、お受けしたところ……第一級聖女に認定されて、そのまま聖王様が大司教にわたしを推薦して……」
「大司教ってさぁ、選挙で決めるんじゃないっけ?」
「聖王様のご威光のたまものですね。でなければ、わたしなんて」
かすかに少女の頬が赤らむ。
あかーん。これ、恋が始まってない?
リゼリゼは祈りの手を解いた。
「聖王都に戻ってすぐ、わたしと姉を引き裂いた奴隷商人を捕縛して、終身刑に処してくれました」
「終身刑?」
「人間を愛しているからだそうです」
「ずっと禁固刑にでもしておくわけ?」
「罪人たちと鉱山で労働するとうかがっています」
死んだ方がマシみたいな労働環境かもしれんね。
「奴隷ってさぁ、違法でしたっけ?」
「人間の奴隷は違法です」
屈託なく、むしろ晴れ晴れとした顔で言われると、なんか心がモニョるぞ。
「掴まえた違法奴隷商人から、姉の行方は聞き出せなかったみたいで……」
あれれ~おっかしいなぁ。シャンシャンは修道女ルートをたどって第一級聖女にまでなってるはずなのに。
登録抹消どころか、存在そのものを隠したのか聖王?
いったいなんのために?
「おい貴様。お姉ちゃんに会いたいか?」
「向こうはもう、忘れてしまっているかもしれませんが……」
胸元に揺れる銀の片翼を少女は手に握りこむ。
転移魔法で秒で会わせられる。会わせてやれるけど……。
今のシャンシャンとリゼリゼの価値観の相違って、ずれまくりだぞ。
方や中央平原おもしろ家族所属、追放されし元聖女にして森林伐採のスペシャリスト。木こりのシャンシャン。
で、こっちはガチ無知箱入り洗脳教育済みの聖王崇拝。現在進行形で第一級聖女にして大司教も兼任するリゼリゼだ。
このまま会わせたら対消滅しかねない。
あーもう、聖王って奴が全部悪いんだ。海に撒いたのは私だけど、シャンシャンの妹の元に流れ着いたあの人外の責任である。
まいったな。「貴様は聖王に騙されているんだ!」って、言葉で納得してくれるとは思えん。
少女が首を傾げる。
「どうかしたんですか自称神様?」
「いやほんとどーもこーもねえよ!」
「急にキレないでください」
っぱアレかな。
拉致るか、リゼリゼ。言葉をいくつ重ねるよりも、現物を見せるのが早いかもしれん。
今日、ここで一旦引き下がったら……聖王がリゼリゼを王城に監禁して、二度と手が出せなくなるかもしれない。
私は三杯目の紅茶の半分を残したまま、ソファーから立ち上がった。
なろうのレイアウトが……
かわったー!?




