153.簡易で閑話なインターミッション
魔帝国でのアレコレを片付けて、私たちは久しぶりに中央平原のキャンプに戻ってきた。
なお、魔帝都の屋敷は私の所有のままである。いっそあっちに住む方が便利というか……都内一等地(魔皇帝の居城まで馬車十五分)の好立地なんだけどね。
事の顛末とヤンミンからの手紙を携えて、私は地底湖の書庫へと跳んだ。
今日も今日とて可動式書棚の森の奥、世界の中心で安楽椅子が揺れている。
「よく来たね。君……郵便屋さんとして優秀だよ」
「ヤンミンに返事を出したくなったら、キング経由で教えてくれ」
封筒を差し出すと、コアは静かに頷き受け取った。
「読むのはあとにしよう。それで、状況はどうなんだい?」
「貴様の策を実行した。中央平原はアーク魔帝国と対等の軍事防衛同盟を結んだ格好だ」
「首尾は上々だね。君という戦力は単一の国家になりうるのだよ。北の竜たちは?」
「一応、話は通してきたが、このあとドラミちゃんと一緒に大霊峰に挨拶に行くぞ」
「良い心がけだね。で、次はどう動くつもりかな?」
「向こう次第だ」
幼女は視線を膝に落とす。
「では戦いは避けられそうにないな」
「マジか。魔帝国から攻めないようにはしたんだが……」
「したというか、結果的にそうなっただけじゃないかい? 君の関与には違いないが」
「聖王国が攻めてくるってことだよな?」
コアは首を縦に振る。
「政体的に魔帝国の皇帝以上に、聖王国は聖王レイによる中央集権状態のようだよ」
「調べたのか?」
「君が記憶を失っている間に、深く潜っていたからね。共有しよう」
こうして――
ダンジョンコアによる聖王講座が始まった。
かいつまむと、聖王家は勇者の家系になるという。
かつて魔王を倒して大陸の西半分を解放し、人間の国を立ち上げたのだとか。
「なあコアよ。魔王は倒されたのに、カゲ君……魔皇帝エイガの血筋は途絶えてないんだよな?」
「魔王は生前、子種をばらまいていたのだよ」
「あっ……はい」
「君もしてみるかい? もし倒れても子孫さえ残しておけば、意思を継いでくれるかもしれない」
「私の力も大概でしょうに。自ら大量破壊の因子を拡散させるなんて、世界を滅ぼしかねんよ」
「ふむ。一理ある……が、君の今日までの物語を聞いている限り、ハーレムを作ってもなんら問題はないと思えるよ。英雄色を好むというし」
「英雄じゃない。痴的……もとい知的な大魔導師だからね、私って」
「はいはい」
コアは眉尻を下げてがっかり顔だ。少しみないうちに、感情表現がますます豊かになったな。
なんで落胆してるのかは……しらなーい。
知識の源泉は話を続けた。
歴代聖王は勇者の直系子孫が受け継ぎ、光の神に選ばれた者こそ王の権利を授かるというていで、国に君臨しつづけている。
王国の貴族たちは聖王から所領を任されているという立場で、国の土地も民もすべて、権利は聖王に帰属するんだとか。国家体制の話はややこしい。
並んで、王国の権力基盤に教会が存在する。
王の権威を光の神を信望する聖教会が認め、王国各地の教会が民衆に教えを説くことで国をまとめているそうな。
中でも聖属性の光魔法の才能に溢れた女性――聖女は人々を救い尊ばれるのだとか。
うちにもいるなぁ。キレると白刃ぶんぶん振り回す脳筋な元聖女ちゃんが。
コアは一息ついた。紅茶でもあればいいんだが……彼女は飲まないか。
「聖王をどうすりゃなんとかできるかね」
「君が多く子孫を残して対抗し続けるというのは、現実的なラインではあるのだよ」
「却下だ。ああいう手合いは私の代でケジメをつけたい」
「ワガママだね、君は。さて……わたしも考えてはみたが……まず、今の聖王は歴代のそれとは異質なようだ」
「なんでわかる?」
「聖王国の大図書館に収蔵された歴史書を読みあさったのだよ。勇者の再来……いや、全盛期のそれ以上かもしれない。それに……不死不滅にして不老という。よほど光の神の寵愛を受けて生まれたのだろう」
「なにそのクソゲー」
「クソゲーとは?」
「クソみたいなゲームってことだよ」
「君は時折、わたしの辞書に存在しない言葉を使う……それも君がどこから来たのかを解き明かす鍵かもしれないね」
あんま興味ないな。まあ、記憶改ざんくらった身だけに、私にもなにかしら封印された過去みたいなものがあっても、おかしくないと思うけど。
朝、気持ち良く目覚めて美味いコーヒーを一杯飲める。これ以上の幸せは無い。
聖王がいつ襲ってくるかもしれないっていうんじゃ、せっかくの高級豆が泣いてしまう。
「なあコアよ。他に聖王についてわかった事は?」
「戦闘記録そのものが残されていなくてね。直接対峙した君以上に、その力を知る者はいないだろう」
「いないのか? 聖王は秘密主義なんだな」
「書面に残っていないものは探れないのだよ。それに……逆らった者は一人残らず、この世にはおるまいて」
あーはいはい。納得しました。
「不老不死不滅の化け物を、どうすりゃ永遠に黙らせられるかね? お知恵を拝借したいんだが?」
「スペック的な弱体化にはならないが……いや……可能性はゼロでは……しかし保証はどこにも……」
「なによもったいぶらないで言いなさいってば」
「君は時々口調がオネエだな。ともあれ……光の神が実在するのか……その意志がどこにあるのかはわからない。けど、聖王が聖王として認められているのは教会勢力あってのこと。民衆にまで威光が届くからとも言える」
「あー、なんか前にあの化け物と戦った時も、たった独りじゃ裸の王様みたいなことを言ってたような気がするな」
敵に弱点を教えるお人好しにも思えないけどな。もしくは、絶対にそうはならない自信があってのナメプかもしれんけど。
コアは安楽椅子を揺らすのを止めた。
「教会勢力のトップ……大司教を味方につけることができ、教会が聖王を悪と認定すれば、権威を失墜させられるかもしれないな、君」
「ふむふむ名案だ。で、具体的にはどうすれば大司教を裏切らせられる?」
「それを考えるのは、わたしではないよ」
はああああ……心の中でクソデカため息。
「大司教の家族でも誘拐して脅すかね」
「君、それでは化け物と同じだよ」
「デスヨネー」
教会勢力に入り込んで内部から変えていく。みたいなことが必要か。
うーん。シャンシャンが聖女に戻って聖王国で影響力だの発言力だの持てば……いや、無理だわ。
今や王国は敵地だし、彼女が危ない。
幼女がじっと私を見上げる。
「君には……この地を離れるという選択肢もあるはずだ。魔帝国領内であれば守るべき者も守りやすいだろう」
「何も悪いことしてないのに、なんで私らが出て行かなきゃなんないんスかねぇ。急にどうしたよ?」
「わたしがここから動けないからと、心配しているのかと思っただけだよ」
「そいつはその……気のせいだ」
「では、気のせいということにしておくよ、君」
対聖王国の具体的なプランは今だにまとまらない。不死身の化け物が復活するまで、どの程度猶予が残されているんだか……。
「難しい顔をしているね。わたしも調べを進めるよ。成すべきことを成すんだね、君」
そんな言葉で私は送り出された。




