151.師匠と弟子
戦いから数日――
魔帝国は少しずつ元の落ち着きを取り戻し始めた。
魔皇帝は乱心した。世間には心の病だったと公表された。
暴走を止めたのは弟王とその協力者たち……ということで決着である。
魔帝都の中心にそびえるツインタワーキャッスル。
片側の塔の主が不在となった城の地下深く――
巨大昇降機をおりた先に、ドーム状の空間があった。
魔力灯で照らされた内部は薄曇りの昼ほどの明るさを一定に保つ。
灰色の霊廟があった。
台座の上に石棺が鎮座する。
見上げて私は指さした。
「あの中に初代魔王がいるってのかね?」
隣に立つのは――
魔皇帝エイガだ。金刺繍のほどこされた黒衣に鮮血のマントをはためかせた少年が「指をさすのはおひかえください師匠」とボソリ。
「ごめんて若君」
「もはやメイヤ・オウサーは魔帝国軍四天王ではありません。若君は止してください」
「んなこと言ったら若君だって私を師匠って呼ぶじゃないの」
「師匠は俺が死ぬまで、俺の師匠であることに変わりはありません」
なんか不公平じゃない。それって。
「で、こんな殺風景な場所に私だけつれてきてなに? 告白なら伝説の木の下とかにしてほしいんだけど」
「こ、こここ、告白だなんて! なにを仰るんですか!?」
え、やだちょっと。少年なんで赤くなるの。冗談でしょうに。
「とっとと本題入って、カゲ君」
「師匠……その呼び名、二人だけの時は特別に嬉しいです」
「喜んでる場合か貴様」
少年は襟首をただした。
そのまま私に一礼する。
「このたびはアーク魔帝国をお救いいただき、感謝に堪えません。大魔導師メイヤ・オウサー殿」
「はぁ? そんなこと言うためだけに地下くんだりまで足を運ばせたっての?」
「ご先祖様にも国家の恩人を紹介したかったんです。それに……一国の主が配下の前で頭を下げる姿は見せられませんから。これからはちょっとその……尊大な感じで接するかもしれませんけど、俺、ずっと師匠のことは慕ってるんで……」
「まあ、立場とかあると色々大変なわけね」
魔皇帝エイガは顔を上げた。少しだけ、あどけなさが減って大人に近づいたかな。
「兄のこと……師匠にはきちんとお話しておこうかと」
「死んでるって言ってたよな」
「はい。あの目玉と触手の魔物は……俺が城に招き入れてしまったんです」
「招き入れたって?」
少年は頷く。
「幼い頃、窮屈な城を抜け出しこっそり魔帝都を出て、魔物の住む森に行くようになって……修行して強くなって、兄上に勝ちたいって……」
「アクティブなお子さんっぷりだな」
「お恥ずかしい限りです」
まあ、つい最近まで忍者スタイルで世直ししてたんだし、別に今更感はある。
「そこで出会ったんです。他の魔物に食われるでもなく、ただただ虐げられるだけの……チビスケを」
「チビスケって?」
「目玉と触手のモンスターでした。ちょうど片手に乗るくらいの大きさで……」
ああ、なんか嫌な予感しかせん。
「助けたんだな?」
「はい。森の中に居場所がないと。俺、事情は知らなかったけど……チビスケは嫌われてたみたいで。だったら一緒にくる? って……チビスケの正体も知らずに」
「やっぱアレかね。死体に潜り込むタイプの……」
少年は悲しげな瞳で「はい」とだけ返す。
寄生系の魔物が元凶だったのだ。
「だが、どうして貴様の兄が犠牲になった?」
「兄だけではなく、恐らくは父も母も。立て続けに……。魔皇帝の一族がいかに強いといっても、眠りに落ちている間は無防備です。不審死でしたが国民には事実を伏せられ、国の中枢に関わる者の記憶は、兄を殺してその身体を奪ったあいつが……記憶を……俺も……そんなことがあったことすら覚えていなくて……」
エイガは拳を握り肩を震わせる。
「俺が……やったんです」
「貴様じゃない。救いの手を差し伸べただけだ」
「けど、結果は……俺が森になんて入らなければ……助けたりしなければ……」
こういう時はどうすりゃいいんだ。
優しくすべきか、厳しく接するべきか。
わかんないから両方やろう。
腕を広げた。
「こい少年。泣きたいなら胸を貸してやる」
「し、師匠! 俺……俺ぇ!」
素直に私の胸に飛び込んでくる少年。その勢いを利用してカウンターの右ストレートで頬をぶん殴り吹っ飛ばした。
「ぐあああああ! な、何するんですか師匠!?」
「甘ったれるなこの甘々の甘ちゃんがぁッ!!」
「不条理ですよ! 今のは! いくら師匠でも無茶苦茶です!!」
「いいか世界は残酷で不条理で、それでも私たちは生きていかなきゃならないんだ。残った者として、自分の足で立って歩け」
と、言いつつ私は倒れた少年に手を差し伸べる。
「ほれ、立ち上がるまでは少しだけ私も手伝ってやるから」
「この手をとったら、また何かしませんよね師匠」
「どうした? 自分で立てるか?」
エイガはそっと私の手を取る。チャンスとばかりに背負い投げた。
「師匠おおおおおおおおおおおおおお!!」
「掛かったな! バカ弟子があああああああああ!!」
二度あることは三度あるのだ。




