148.帝国の楯
空中から魔法力の弾をばらまく。九発を同時に発射。牽制用だ。眼下の魔皇帝が気配を察し、上を向き腕をなぎ払う。
突風のように魔法力の力場が発生した。弧を描いた一撃だ。
私の牽制弾、全滅。
魔皇帝の撃ったそれはすべてを平らげ、斜め上方向に直進し、大闘技場の天井を切り裂いて大きな三日月型の窓を作った。
もう屋内型闘技場を名乗れないな、この施設。
で、私はというとすでに空中には不在。
カルラみたいに自由にお空を飛べるわけじゃないと、落下の着地狩りとか迎撃とかされるんで、上から攻撃するのって失敗=反撃確定大ピンチなわけ。
まあ、普通ならね。
魔皇帝の反撃を予測して、やつが烈波を放った瞬間には、その背後に短距離転移済みである。
攻撃をした瞬間こそ、無防備だ。魔皇帝はスペックこそ高いんだが、戦闘経験値的なものを感じない。
素人か? って動きもする。技術を磨いたり戦い方の工夫が必要な相手とは、やりあってこなかったんだろうな。
左手の短杖に極大破壊魔法をまとわせる。剣よりも細く、先端に集中させた。
イメージするのは槍だ。だが、並みのそれではない。
穂先を物質の構成する最小の単位にまで絞る。
モノが破壊されるというのは、小さな粒子と粒子の結合が解かれるからだ。
単一粒子にまで落とし込んだ魔槍。ポージングさえされていなければ、魔皇帝の心臓を貫くに十分な威力だろう。
強化を施した身体のバネと回転のすべてを使って、地面反力を足の裏から十分に使い、身を低くかがめた状態から、一閃を撃ち込む。
瞬間――
魔皇帝の背中に子供の頭くらいある、巨大な単眼がもこりと浮き上がった。
そいつと視線が合う。
ぞっとする。どろんと死んだ魚のような目玉。虹彩は七色ではなく灰色だ。
突然、魔皇帝の左腕が関節の可動域を越えた動きで、私の槍を払った。
攻撃の瞬間が一番無防備になる。
槍の一撃を捌きながら、魔皇帝の裏拳が私の顔面を捉えた。
やばい――
短杖を投げ捨て魔槍を解除しつつ、その魔法力で左手に楯を生み出す。
撃ち抜かれる。ヒットの瞬間、辛うじて打点をずらしてかわしたつもりが……軽く擦るように頭蓋を揺さぶられた。
脳が揺れる。衝撃とともに意識に空白が生まれる。視界は白み音は無く、自分が立っているのかさえわからない。
一秒か刹那か、それとも数百秒か。時間の感覚さえも消失した。
もしかしたら、すでに私は死んでいるのかもしれない。
音も消え地平線すら無くした世界で――
「目を覚ませ白竜魔将」
かりそめの名を呼ばれた。
脳の揺れが収まり、視界が戻る。
目の前に、醜く「く」の字に曲がった爬虫類の尻尾が揺れていた。
ラードンだ。
その分厚い胸板から背中まで、屈強な鱗を拳で貫かれ仁王立ちしている。
ラードンはゆっくり振り返った。口元から血を滴らせ、私に笑いかける。
「なにをボーッとしている。魔皇帝の動きは封じたぞ」
「貴様……わ、笑っている場合かッ!?」
「想定外には想定外でしか対処できぬからな」
魔竜将軍は正面を向く。自身を貫いた拳に腕を絡め、自ら進み出て魔皇帝の背にも腕を回し、ガッチリと拘束する。
「……離せ」
「お前みたいなクズをどうして陛下だなんて慕ってたんだろうなぁ……って……思い出したんだよ。我ら四天王の本当の主を」
「……ッ!?」
「白竜魔将と戦うことに力を裂きすぎて、呪いの力が弱まったな魔皇帝……いや、皇位の簒奪者よ!」
「……離れろ……汚らわしい」
どうすればいい。この状態で……。最善手はなんだ? 正解は……あるのか?
迷う私にラードンが背を向けたまま語る。
「迷うな白竜……いや、人間の大魔導師メイヤ・オウサーよ! 我のこの傷、もう後戻りはできぬ。であれば……もろとも貫けッ!!」
「んなことしたら死ぬぞ貴様」
「頼む」
覚悟キマってるってか。
救う手立ては……万に一つ。私は足下に落ちた短杖を蹴り上げ、左手でキャッチと同時に魔槍を展開。
ラードンの胸を貫通した魔皇帝の拳めがけて――
「死んでも恨むんじゃないぞ! 魔竜将軍ッ!!」
命の恩人の背から一撃を叩き込んだ。