143.切り札の次も切り札で
抜け殻のような白竜の軽鎧が光の粒子となって、私の元に集まった。
魔導師の黒衣姿だ。白竜魔将の仮面を脱ぎ捨てた今、ここに立つのは王と臣下ではない。
支配者と反逆者である。
極大破壊魔法でそのまま切り上げようと力を込める――
刃は一ミリも動かない。引き抜きもできない。魔皇帝は両腕を折り曲げながら掲げた。
背筋に鬼の顔が浮かぶ……って感じだ。
瞬間――
パリンと音を立てて、私の生み出した魔光刃がガラスのように砕け散った。
傷口から血が出ていない。先日、いくら斬っても無限に再生する化け物に対処したが、こいつも同類か?
「……なぜ余の魔眼に屈しない? いや……どうやって記憶を取り戻した?」
「教えるわけないでしょ」
「…………」
改めて魔眼の凝視が私を呪う。ほんのわずかに、体に痺れが出る程度だ。
さて、まいったな。千載一遇だったんだが。胸じゃなく首を狙って切り裂くべきだったか。
考えても仕方ない。私は再び極大破壊魔法を展開した。
今日までの鍛錬で本職ではないものの、体術に磨きはかかっている。
短距離転移魔法で魔皇帝の頭上に跳ぶと、そのまま剣を地面に向けて垂直落下。
「……ほぅ」
こちらの奇襲に肉ダルマは反応した。右手の人差し指と中指で、魔法力の刃をピッと挟んで軽々受け止める。
そのまま腕を振るい、私を地面に叩きつける――
寸前で極大破壊魔法を解除。魔皇帝の大振りな腕のスイングは空を切り、私は着地と同時にポーチから蔓縄の種を放つ。
拘束できずとも注意くらいはそらせるか?
一瞬で芽吹いた緑の蛇が巨体を這い回り、亀甲縛りにする。
「……フンッ!」
男の全身の筋肉が波打ち膨張した。蔓縄はバラバラにちぎれ落ちる。
秒も足止めできないなんてな。
「あらまあ。マジですか」
使うしかないか。アレを。問題はいかにして、魔皇帝の動きを止めるかだったんだが。
強力なだけに詠唱は必要なんだよね。
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魔帝都郊外――
夜のとばりがおりた軍施設。半径1㎞圏内に人払い済みな屋外演習場の真ん中で、私は魔知将ヤンミンと対峙する。
幼女の手には便せんがあった。彼女は短杖に魔法力の光を宿し、文面を追う。
「この手紙の送り主とは気が合いそうです。世の中、バカしかいないと思ってた」
「ヤンヤンさ、私しかいないから別にいいけど、他の人がいるところではそういうこと言わない方がいいと思うよ」
「余計なお世話ですね。記憶を取り戻してからの白竜魔将は、保護者面が過ぎる。不愉快」
「悪かったな。で、手紙にはなんて?」
「先の中央平原での決戦。敵軍から放たれた謎の魔法攻撃は地形すら歪めるほどだった。それを君がしたというのは間違いないか?」
「ああ。威力も範囲もありすぎでな」
手紙を大事そうに封筒に入れ直し、ヤンミンは懐にしまう。
「魔皇帝との決戦では、陛下……いや、かの者を大衆の前で敗北させる必要があります。会場と観客を道連れにするのは愚の骨頂」
「ですんでね、こんな風に魔法力を杖にまとわせるなんてことはしてるんだが……」
私は短杖で極大破壊魔法を展開する。
「なるほど。制限を加えた上で射程を犠牲に威力を……だが、本来の威力ほどではないか」
「切り札は何枚あってもいいんでな。何か良い案ないかね魔知将殿」
「こんなこともあろうかと、趣味でしてきた魔法研究がある。要は詠唱込みの全力極大破壊魔法を、大闘技場で使用して、なおかつ周囲に被害を出さねばいい。バカでもわかるように教えよう」
その日は朝日が昇るまで、私はヤンミンから理論と実技の指導を受けた。
人に魔法を教わることなんて今までなかったけど、独学じゃ見えないあれやこれや、気づきも多い。
時間もないということで、ぶっ通しで試行錯誤した結果――
魔知将は腕組み納得する。
「やりますね。まあ、認めてやらないこともない」
なんとか決戦を前にして、私の極大破壊魔法は次のステップへと進化を遂げた。
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会場の客たちの歓声に、我に返る。
目の前には壁の如く立ち塞がる魔皇帝。
「……どうやって記憶を取り戻した? 言え」
おっと、ずいぶん固執するんだな。そういえば、全然攻めてこないし。
蔓縄の足止めが通じなかったけど、あれ? これってもしかして……。
「いいか貴様、耳をかっぽじってよく聞くがいい」
「…………」
さっきから魔皇帝が攻撃してこないのは、私を倒すことなんて容易だけども、私みたいに記憶を取り戻す者や、魔眼対策の存在を……畏れているんだ。
棒立ちのまま、構えることすらしない巨体が上から私を見下ろす。
「……どうした?」
言葉を待ってるな。じゃあ、遠慮無く――
「心に響かない詩もある。好きになれない音もある。ただ、自分にとってそうなだけ。知らないからってくらいだろう? だったら自分の心に響く声で歌えばいい。知るも知らぬも我が心の赴くままに。願いの数だけ祝福を。ただ一つではない無限の可能性を。私が誰かを否定しないように、私もまた否定されることはない。だがしかし、しかし、しかしだ。数多の想いを塗り替えてただ一つ、盲信と妄信を強いる者にのみ、私は振るう。反逆と自由の意思を」
「…………?」
「ご清聴ありがとうございました。終極殲滅魔法」
私は短杖を下から上へと振り上げる。コアの分析とヤンミンの指導によって進化した、極大破壊魔法の派生強化型だ。詠唱も十分。
その効果は――
轟音とともに青白い光の柱が魔皇帝の足下から吹き上がった。大闘技場の屋根を突き破り、空高く雲を越え星の世界にまで光が届く。
威力と範囲を限定し、余剰出力を空へと逃がした対個人用。聖王にせよ魔皇帝にせよ、空の向こう、永遠の夜に放逐する。
無敵の強者を世界から追放。轟音が余韻を残し、だんだんと光の柱が薄くなる。
やった……か?
いくら魔皇帝が強くても、直撃には耐えられんだろ。常識的に考えて。




