141.タイマン勝負
大闘技場は通路が埋まるほど活況だ。
魔力灯の強い照明に照らされた、戦いのオンステージである。
天覧席に魔皇帝の姿はない。
四天王と私の秘書官ラードン。そして弟王エイガ。
拡声魔導器から鳴り響く「挑戦者、白竜魔将!」の声。行くか……ちょっと緊張してきたな。
なにせぶっつけ本番一発勝負。勝算は神のみぞ知る……なのだから。
白竜スーツ姿の私が選手通路から出る。手を振れば、会場全体がブーイングだ。
一部、私の入場口サイドには拍手で迎えてくれる一団があるものの……である。
四天王も倒してるのに私の人気低すぎ。
対岸からマントにビキニパンツの筋肉隆々が姿を現した。
反転一転、拍手喝采声援爆発。んもー! みんな魔皇帝大好きみたいね。
賭けのオッズは私が何分持つかって話だそうな。今回ばかりは弟王エイガも、魔皇帝にベッドした。
だっる。ま、しゃーないんだが。
互いに進み出て台上へ。
審判の大柄な犬獣人がルールを説明。
武器も魔法もなんでもありだ。ただし、相手を殺してはならない。
魔皇帝の巨体が覆い被さるように私を見下す。うーん、こっちも長身なんだけどな、人間サイズじゃ。
「……ご託はいい。失せろ」
魔皇帝は審判を軽く指先で押す。ちょんと触れただけで、犬獣人が場外まで吹っ飛んだ。
その指で私の額を指し示す。
「……エイガに気に入られているけど、少し自重しろ」
「はい?」
「……とぼけるな。おかしい……ま……今日、この場でもう一度わからせる」
白竜魔将を聴衆の前で屈服させ、魔皇帝の権威を知らしめる。
って、あたりだな。ここらへんの推測は、私……というよりも、四天王ヤンミンと知識の源泉コアの二人が読んだ通りだ。
恐らく序盤は魔皇帝も「遊ぶ」とも。
向こうが本気を出すまでは、白竜魔将として戦おう。
魔法力を体内循環。身体強化に100%割り振る。と――
魔皇帝がスッと拳を差し出した。
ゴング代わりか。こちらこ拳を握りしめ、軽くぶつけ合った瞬間に開始……。
と、腕を前に出した瞬間――
私の視界が大きくブレた。左耳の鼓膜が破れたかのような衝撃とともに、体がなぎ倒される。
石床が右頬側にあった。
続けて衝撃。頭が床石にめり込む。視界内は古代語の赤い文字が躍り、衝撃に遅れて肉体が痛みを認識した。
くっそ痛い。ゴング前に不意打ちとか悪役ですか貴様ッ!
歓声が遠のく。いや、マジで強いぞ魔皇帝。
続けざま、もう一度踏みつけがギロチンよろしく頭上に落ちる。体をひねり床を転がって抜け出ると、遅れてドカンと爆発音。
私が先ほどまで転がっていたところに小さなクレーターができていた。ヒュ~! 殺すなって話じゃなかったっけか。
「……どうした? もっと遊ぼう。余に挑んだのだろう? これで終わるつもりか? なあ? なあ? どうした? どうしたどうしたどうしたどうした?」
今日はやけに饒舌じゃないか魔皇帝。
立ち上がる。しかしまあ、今までの白竜スーツだったらお釈迦だったろうな。
・
・
・
大霊峰の頂上にピンドラちゃんと転移魔法。きっと見る人が見れば絶世の美女であろう純白竜に事情を説明したところ――
『人間の世界には不干渉。それが平穏のためなのです。若き竜よ』
透き通った心の声に私は反論する。ドラミちゃんの手の上に乗り腕を前にバッと突き出した。
『ここで看過すれば魔皇帝がもたらす災厄は、いずれ竜の領域をも侵すぞ! やつは記憶を上書きし、相手を支配する! 今、止めなければ竜族が戦いに巻き込まれかねん!』
青い瞳の純白竜にピンドラちゃんが両手を組んでお祈りする。
『お願いです純白竜様! お兄ちゃんが困ってるんです! どうかお助けください! おなしゃす!』
私の体を両手でニギニギ。純白の軽鎧ごと、体バッキバキにされましたとさ――
『痛い痛いやめてドラミちゃん地味にマジできつい』
『はうッ!? お兄ちゃんごめにぇ死なないでぇ』
魔皇帝より先に妹に圧迫死させられるところだ。
純白竜は目を細める。
『わかりました。魔皇帝の力……人の心を塗り替える呪い。それにあらがう力にはなりませんが、せめて……その鱗を今よりほんの少しだけ硬く頑丈なものにしましょう』
大地のような巨体が震え、歌う咆哮が響くとともに、私の体を守る白竜の鎧が輝きを帯びた。
外観こそ変わってはいないが、物理防御は上がった……のかね?
・
・
・
アラートこそ出たもののフルフェイスマスクが割れたり歪むこともなし。
白竜スーツの筋彫り部分が、なんか赤い光を帯びて全身に線が入ったけど。うわ、なにこれ怖い。
立ち上がり、身構え直す。
目の前で巨体が一瞬で間合いを詰めてくる。岩みたいな拳の連打。こちらは腕を上げてガード。
打点をずらし、そらし、受け流す。今日まで組み手はばっちりこなしてきた。
・
・
・
中央平原――
滝の前にて私は若君とウルヴェルンの二人を同時に相手にしていた。
こちらから攻撃はせず、防御に徹する。
「オラオラオラァ! 格闘戦は本職じゃねぇ俺様相手に、まともに打撃もらってるようじゃ死ぬぞテメェ!」
狼男の素早い拳打。時にはツメで切り裂くような、フックともビンタともつかない軌道の攻撃まで、多彩な打撃技に晒される。
「師匠! 兄上の一撃はこの程度ではありません!」
同時に左手側で弟王エイガのパンチをなんとか防ぐ。
私が修行をつけたばっかりに、若君の一撃は速く、重たい。
二人まとめて完全防御できるようになるまで、三日ほどかかった。
・
・
・
魔皇帝の打撃をさばききる。
短期間でもトレーニングの成果は出ているな。
決定打にならないラッシュの手を止めて、ムキムキマッチョが口元を緩ませた。
「……楽しいか?」
「いや、こっちは必死だ」
「……余に牙を剥くか?」
「やっぱバレちゃってますかね」
「……エイガが見ている。殺したくはないが……手加減できなくなってきた」
もし殺してしまったなら、私という存在を関係者一同の記憶から上書き抹消するんだろう。
魔皇帝の七色虹彩に魔法力が帯びた。
ついに来るか……凝視の魔眼。肉体の自由を奪う呪いの力に、私は――




