137.料理の決め手は下ごしらえ
明くる日――
白竜魔将の軽鎧フルフェイスマスク姿で、私は魔翼将軍の執務室に赴いた。
ツインタワーキャッスルの高層階の一室。豪奢な内装の貴賓室みたいな部屋だ。
窓際に立ち、眼下に広がる町を見下ろすカルラ。伸びでもするように背中の翼を一度広げて、そっと閉じる。
空飛べる身からすれば、城の高層もたいしたことなさそうだな。私は時々、高くておっかなく感じる。
魔翼将軍がそっと、入り口付近に立つ私に向き直った。
「あらあらあらぁ。白竜ちゃんから訪ねてくれるなんて、嬉しいわぇ」
部屋の主はうっとり顔。以前、じんわりにじみ出ていた緊張感が消えて、本当にリラックスムードである。
心を読むのを止めたことで、逆に心に余裕ができたのかもしれない。
姿勢を正し、右腕を前に突き出して手のひらを広げる。ビシッと決めポーズだ。
マスク越しの少し響く声で告げる。
『カルラよ』
「な、なにかしら? そんなに改まって。もしかして求婚? プロポーズ?」
『いや、決めポーズだ』
「挙式はどこにしましょう?」
『話を聞け。なんでそうなる』
「わたくしを欲しいのでしょう? 他にあります?」
『欲しい』
「ほらぁ……って、本気なの?」
『無論、本気も本気だ』
カルラの顔が赤くなる。
「ストレートなのは……き、嫌いじゃないっていうか……排卵しそう……産んでいい?」
『やめとけやめとけ』
「もしかして、わたくしが心を読まないようにしてるから弄んでますの?」
『嘘じゃないぞ。本当に貴様が欲しいんだ』
「キャー! 改めて言葉にされるとすっごく効いちゃう。想いを伝えてもらうって、こんなに心地よいものなのね」
伝えてもらう。と、勝手に読み取る。じゃ、ずいぶんと違うもんだよな。
隠された本心には悪意も多いだろうし。
しかし――
いざ、切り出すとなるとな。
『さて……』
「な、なに……かしら」
『カルラよ。私の心を読んでくれ』
「え? けど……」
『言葉よりも伝わるはずだ』
カルラの表情が沈む。
「大切にしたい相手に、使いたくないのよ」
『ありがとうな』
「そ、それに……白竜ちゃんの心に触れると、眩しくて暖かすぎて……」
『いいからやれ! カルラ!』
向けた手のひらを私はくるりと回し、上に向けた。
カルラは恐る恐る、手に手を伸ばす。
心を読むのに触れる必要はない。
それでも――
手を握り合う。
「本当に……いいのね?」
『かまわん。私が本気だということを伝えるには、他に方法がない』
カルラも覚悟を決めたのか、呼吸を整えゆっくり頷いた。
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次に私が会ったのは魔知将ヤンミンだ。
場所は今回も魔帝都から少し離れた野外訓練施設である。
私の魔法力制御に問題があるということで、事故を未然に防ぐため人払い済みだ。
平野の演習場に小柄な幼女と二人きり。魔法の練習ということで、白竜スーツではなくアイマスクに魔導師風の出で立ちである。
ヤンミンがローブのフードを外す。黒い前髪ばっつんの奥に、かすかに赤い瞳が垣間見えた。
どこかの書庫の主と同じ、ガラス玉みたいだな。
「よくきてくれましたね。下手くそ。格好だけは魔導師っぽいけど」
「なあヤンミン。貴様は……ダンジョンコアなのか?」
「――ッ!?」
魔知将がビクンと肩を揺らす。
「あ、やっぱそうなんだ」
「なぜですか? 誰にも話してないのに!」
「知り合いに似たような奴がいてな。貴様のことを話したら『同型』ってさ」
「似たような!? 私以外にも存在するのか!? バカな!?」
「本好きだし髪色も目の色も違うけど、身長とか体型はよく似てるぜ。姉妹なのかもな」
「あ、会わせてください! できないとは言わせない!」
「え? 会いたいの?」
黒髪を激しく揺らして、幼女はぶんぶん首を縦に振る。
「けど、結構遠いっていうか……私が知る貴様の同胞は、自分のテリトリーの外には出られんらしい。貴様もそうじゃないのか?」
「うう、たしかに。それを知ってるって……本当なんだな」
「ところでさ。会ってどうするんだ? まさか殺し合いとかしないよな?」
「世界に自分と同じ種族が他にいないと思っていました。独りぼっちじゃ……なかった。なら、会ってみたいし、お話したい!」
なるほどな。
「会わせてやりたいんだが……魔帝都を離れられないんだろ?」
「う、うう……」
「なら……手紙でも書いてみるか? 本人に会えなくてもさ」
「素晴らしい! や、やるじゃん」
てなわけで――
今日の訓練はほどほどに、ヤンミンの手紙の文案を一緒に考えることになった。
もちろん、コアにも返信させるつもりだ。
魔知将に関しては、私が説明したり説得するよりも、共犯者に任せた方がいいかもしれないな。
魔皇帝は私一人では倒せない。なんとなく、手応えを感じ始めたところである。




