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136.逆転の一手へ

 昼も夜も無い地底湖の最深部――


 私はずっと話しっぱなしだ。可能な限り、詳細を知りたいという彼女に言われるままに。


 やっと語り終えて一息つく。

 安楽椅子に揺られるフードローブの少女が、読みかけの本に栞を挟んで膝元に置いた。


「なるほど……君、今日までの状況は理解したよ」

「本読みながらちゃんと聞いてたのか」

「それくらいはできるさ。処理能力が違うんだよ、君」


 ガラス玉みたいな瞳がじっと私を見る。何か言いたげだな。


 そういえば――


「魔帝国に貴様と似てる奴がいたぞ。さっき話した魔知将ヤンミンだ」

「似てる? わたしにかい?」

「ああ。背丈も近いな。コアを黒髪にしたような感じだ」


 幼女はあごに手を当て「フム」とうなずく。


「同型か。その魔知将、君とはどういう関係性だ?」

「おやぁ? もしかして貴様、妬いてるのか?」

「ずいぶんと自惚れているな。わたしにそういった感情は無い」

「じゃあ関係を聞く理由は? 気になるんじゃないの?」

「気にはなる。同型であればな」


 同型って言葉は確かに気になるな。


「どうしてまた?」

「魔帝国の行政を一手にこなしているのだったな。おそらくそれは、わたしと同じく人の姿をとったダンジョンコアだ」

「コアってのは幼女になるもんなんかね?」

「人に利用されるインターフェイスは、人型に近くなるものだよ、君」


 本が好きというあたりも、コアとヤンミンは似ていた。

 幼女は続ける。


「恐らくは魔帝都まるごとが、ヤンミンと呼称されるダンジョンコアのテリトリーだ。町そのものが巨大な一つの迷宮となり、そこに人々を住まわせているのだろう」

「町がまるごとダンジョンだと?」

「魔帝国を崩壊させるなら、コアであるヤンミンを破壊すること。これが勝ち筋だな。いかに魔皇帝が強力であろうと、国が崩壊する事態となれば身動きはとれまい」

「そりゃダメだ」

「なぜだい?」

「魔帝国はヤンミン頼みで帝都の文官は育ってないんでな。いなくなったら住んでる連中がみんな困る。それに、ヤンミンだってがんばって国を守ってきたんだ。あいつ自身は口も悪いクソガキだけどな」

「敵を守りたいのかい?」

「敵じゃないんでね」

「魔皇帝は?」

「あれは敵だ」

「君はどこで線引きをしているんだい?」


 私はゆっくり拳を握る。


「いいかコアよ。仲間や家族の記憶をいじくりまわして、自分の意のままに操る……そんな奴が王の器か?」

「そうすることでしか、多種族国家の魔帝国をまとめ上げる手段が無かったのではないかな」

「だったら皇帝として君臨すんじゃなくて、別の政体があるだろ。各種族代表の首長制だとか」

「意外だな、君。魔法の知識だけだと思っていたよ」

「悪かったな博識で」

「それはわたしにこそ、相応しいセリフだよ……君」


 幼女はニヤリと口元を緩ませる。

 が――


「だがね、恐らく魔帝国には強力にして絶対的な統治者が必要なのだよ」

「なんでだ? 人の心を操ってまですることか?」

「魔帝国は中央集権にしなければ、各地の高位魔貴族が造反だの独立だのしだすか、あわよくば帝位簒奪に動くかもしれないな」

「内戦……か」

「一つにまとまっていられるのも、中央平原の向こうに聖王国という大国があるからさ。危ういながらも、魔皇帝がくさびとなって、世界のバランスを保っているようだ」


 スッとコアの瞳が私を見上げた。安楽椅子の緩やかなスイングも止まる。


「君は……魔皇帝を倒して世界の均衡を破壊するのかい?」

「しますが? 何か?」

「そ、即答だな。君」


 普段は焦ったりしなさそうなコアが、声をひっくり返した。

 そのまま続ける。


「では、どう対処するんだい?」

「聖王もぶっ飛ばす。魔皇帝もぶっ飛ばす。以上、解散!」

「君はその……脳筋なんだな」

「そうだ。だからこそ、魔皇帝だけをブッパする必要がある。あいつを倒した後はほら、若君……カゲ君こと弟王エイガが皇帝になりゃいい。四天王が支えりゃいい。魔帝国の諸侯に跳ねっ返りがいて、手がつけられんなら私が話つけてやる」

「なんて傲慢なのだろうね、君という人間は」

「ま、問題は後のことより今現在。魔皇帝が動く前に、あいつの魔眼と記憶の上書きをどうにかせんといかん」

「お得意の極大破壊魔法はどうしたんだい? 遠距離狙撃で滅する」

「精密遠距離は苦手なんだよ。大雑把にドカン! じゃ、周りごと巻き込むでしょうに」

「君に苦手な事があって、安堵しているよ」

「なあコア。なんとかならんかい? せめて魔眼対策ができれば、近接で一気にたたみかけられるんだが」


 再び幼女は安楽椅子を揺らす。


 しばし沈黙――


 そして、二度ほど幼女は頷いた。


「うむ……どうかな……いや……可能性としては……問題は……」

「さすがに知識の源泉でも名案は浮かばないか?」

「少し黙って……つまり魔眼も……記憶は聖女の祝福からの解呪……相当分の……」


 ぶつぶつ呟くと――


「危険だが、一つだけ……勝利の可能性を算出したよ、君」

「あるのか? マジで?」

「君一人では不可能だった攻略法だ。それに魔皇帝の情報があまりに少なすぎるが……イレギュラーさえ怒らなければ、勝算のある総力戦だ」

「誰かを犠牲にはしたくないんだがな」

「ワガママだな。さっきまでの話し合いで理解しているよ。君……だが……」


 幼女は安楽椅子から立ち上がった。


「犠牲はたった一人……君だけだ」


 なるほど。それなら悪くな……えぇ? 他に方法無いのぉ? 私、死ぬんだぁ……。

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