134.サキュル……キレた!?
夜――
転移魔法でシャンシャンと共に、中央平原のキャンプに戻る。
食事は各々済ませており、サッキーとドラミちゃんも交えて情報共有した。
近日中に、このキャンプに私が私討伐に赴かねばならないという案件だ。
焚き火台を囲むテーブルで、ホットコーヒーのカップを両手で包んだドラミチャンが難しい顔をした。
「お兄ちゃんとお兄ちゃんが戦うんだぁ。うぅ……どっち応援したらいいんだろぅ」
真剣に悩むもんで、シャンシャンが「どっちも応援してあげましょ」と、自分よりも大きな女の子の頭を撫で撫でした。
「うん! 勝った方が真のお兄ちゃんだね!」
さすがドラゴン。程度の違いはあっても基本的には強い奴がジャスティスな模様。
私の隣に座った淫魔が七色の虹彩でじっと見つめる。
「で、実際どーすんのメイヤ?」
「そうだな。どうしたもんかね」
「じゃあじゃあさ! 単騎で乗り込んだ白竜魔将が、極悪最悪厄災級大魔導師のメイヤ・オウサーに討ち取られた! うはー! メイヤは化け物だ手出しできないよー! もう中央平原には手出ししないでおこう……って良くない?」
サッキーのくせにキレッキレだな。
ぶっちゃけありだ。
四天王も魔竜将軍ラードンが元サヤに戻るだろう。
けどな――
「若君……弟王のカゲ君を救えない」
「カゲ君って誰だっけ?」
「貴様が救ってくれた魔族の少年だ」
「あ~……そうなの?」
カゲ君は聖属性魔法を受け付けない。治癒が得意な元聖女の力では、致命傷をどうにもできなかった。
その時――
この淫魔がカゲ君の傷を治してくれたのだ。己の淫魔らしさを一時的に失うことを代償に。
しばらく静かで清楚だったのがもったいな……これ以上はやめておこう。
で、当のサッキーは治癒時の負荷が高すぎたのか、記憶にないらしい。
ドラミちゃんが万歳した。
「あのねーお兄ちゃん! 白竜様に頼んで魔帝国滅ぼすのは?」
「一番過激派なのはドラミちゃんのようだな」
「ええ? いけなくない?」
これまでの私なら自力でどうにかしようとしてきたが――
「援軍、頼めるもんなら頼みたい。が、私とドラミちゃんは今期の百竜大戦優勝者ではあるけども、お願いして助力を請えるもんなのかね?」
「あう~。たしかに。あ~! もっとウチが高ランクの素敵ドラゴンだったら、お兄ちゃんのためにドラゴン軍団を引き連れて、魔皇帝のお膝元で大名行列練り歩いてたのにぃ」
「気持ちだけで十分だ。ありがとうなドラミちゃん」
腰を上げてピンドラちゃんの頭を撫で撫で。本当に撫でられるのが好きなようで、シャンシャンにせよ私にせよ、嬉しそうに少女は目を細める。
身体は大きいけど一番幼女なんだよなぁ。
と、隣でサッキーがムッとした。
「ちょっとメイヤ。本気で考えて!」
「どうした急に? 貴様らしくもないな。声を荒げるなんて」
「だ、だって……放っておけばいいのに、無理にメイヤがなんとかしなくてもいいじゃん。なんなら聖王と魔皇帝でぶつけ合って対消滅でもなんでもしてくれればいいじゃん。メイヤがなんとかする必要無いじゃん!」
シャンシャンが「サキュルさん……」と、声をしぼませる。
少なくない同意と共感が元聖女もあるみたいだ。
「いいか貴様たち。私がお節介おじさ……お兄さんなのは今に始まったことではないだろう」
元聖女が小さく息を吐く。
「そうよね。でなきゃ元聖女も淫魔もドラゴンも拾ってないだろうし」
それでもサッキーは不服そうだ。
「じゃあじゃあメイヤはどうするの? 相手は視線が合ったら動きを封じてくるんでしょ? 触れられたら記憶を上書きされちゃうし、その解除は自力じゃできないんでしょ?」
方法までは厳密に明かしていないし、言えば恥ずかしがり屋な元聖女が手元に光の回転丸鋸を生み出して狂戦士にクラスチェンジするので言えないんだが――
ともあれ元聖女の祝福系魔法でなんとか記憶を取り戻せた。と、淫魔とピンドラには説明している。
無論、戦闘中に私の記憶が上書きされて、今度は自由意志皆無の操り人形にでもされれば……生きていることで悩みもなくなるだろうな。
もし私が魔皇帝なら、傀儡大魔導師を聖王都にぶち込んで大暴れさせ、大量虐殺でもさせるだろう。
聖王不在は情報封鎖が徹底しているらしく、魔帝国もまだ掴んでいないけど。
シャンシャンがカップのコーヒーで唇を湿らせた。
「もし、魔帝国軍四天王の白竜魔将が倒された……ってことになると、弔い合戦とかいう話になって、ここに魔帝国軍が送り込まれてくるかもしれないわね」
「私が倒されたくらいで、私を亡き者にするために軍を動かすってか?」
「魔皇帝はしなくても、話を聞いた限りだと……弟王エイガが旗手を務めるかもしれないわ」
「あっ……うーん、若君がやりかねないかぁ」
魔翼将軍は事態を把握しているから動かないだろうが、ラードンが再任された魔竜将軍旗下の軍団は元トップの仇討ち。で、若君大好きな魔狼将軍ウルヴェルンの部隊も投入されそうだ。
ああ……まったく。
私が得意な対軍団で押し寄せてくるんじゃないよ。
今度は脅しで帰っちゃくれないだろうしな。
途中からドラミちゃんは「わがんない」と、話を理解するのを諦めて、焚き火の炎を指で突き始めた。自由すぎる子……兄は将来が心配です。
で、今日一番シリアスな顔をしている淫魔が、寄せてあげるように二の腕で胸を持ち上げなが組んで言う。
「もうこうなったら、聖王国に聖王がいないって情報バラしちゃいなよ! そしたらメイヤ狙いどころの騒ぎじゃないし。海路でも中央平原迂回ルートでも、魔帝国軍が聖王国に攻め入るんじゃない?」
なんでキレ者になってんだコイツ。もしや、実は頭がいいのか?
「んなことしたら、聖王国の無関係な国民がいっぱい死ぬでしょうに」
「あっちにも魔帝国軍の進軍ルート教えておけばいいじゃん。で、殺し合いしたい連中には好きにさせたらいいじゃん!」
「貴様、大丈夫か? なんだかさっきから……いつもの余裕がないぞ?」
「だって! だってだってだって! このままじゃキャンプも……メイヤも……みんなも危険なんだよ!」
大きな瞳からぽろぽろと涙を落とす。こんなサキュルは今まで見たことがない。
淫魔は私の胸に飛び込んでぎゅっと抱きつくとしばらく泣いた。
会議は踊らず。ただ、焚き火の爆ぜる音だけが響くばかり。
最後はドラミちゃんが、私に抱きついたまま離れない淫魔の頭をなでなでして「元気だしなぁ。いいこいいこ」と励ました。




