133.恐怖の食卓
カルラと私とシャンシャン改めメイドのシャーリーは、これまで通り魔帝都にて四天王&メイドとして過ごすことになった。
あくる朝――
なにかあっても困るので、出仕の迎えにくる元魔竜将軍ラードンに「明日から来なくていいぞ」と玄関先で告げる。。
ラードンは「そ、そういうわけにはいか……参りませぬ白竜魔将様」と困っていたんだが、そこへカルラが空から舞い降りて「これからモーニングコールはわたくしがすると決めちゃったのよ。しっし! 曲がり尻尾の雑魚トカゲちゃん」と、巨漢を一蹴。
そこまで言わんでも良かろうに。ああ、ほらラードンのやつ頑張って表情を柔和にとりつくろってるけど、目が笑ってないぞ。
で、魔帝都で仕事。といっても、内政は魔知将軍ヤンミンに丸投げだ。
困ったことといえば、魔法の特訓と称して彼女(もう性別女でいいや)に魔法を教えてもらう時間が増えてしまった。
屋内訓練場は私がぶっ壊すと思われたようで、場所を郊外にある軍の屋外演習場に変えて基本魔法の練習だ。
白竜の軽鎧を解き、マスクをつける。杖を手にしてこの時ばかりは、仮面の大魔導師姿である。
ヤンミンの課題は基礎固めとして理にかなっていた。
あまり上手くできてしまうと、疑われるかもしれないんで……最大限失敗するよう留意。
魔法力の塊を乱射する。
広場のど真ん中で無傷の的に、ヤンミンがジト目になった。
「調子が悪いどころではありませんね。一発も当たらないなんてありえないぞ! この、ノーコンが!」
「仕方ないでしょうに。どこに飛ぶかわからないんだから」
「おかしいですね。一発も当たらないなんて確率的に逆に無理だ。しかも乱射に見えて、全部バラバラの着弾。狙ったか?」
「ええぇ偶然だってば。逆にラッキー? みたいな」
「怪しいものです。まったく……」
腰に両手の拳をあてて少女はムッとする。
次からは適度に散らしつつ、何発かは的を捉えるようにしよう。
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夜になった。普段はそのまま帰るんだが、若君に誘われ食事の席に招かれた。
魔皇帝も同席するとは聞いてないんですけど?
若君はサプライズのつもりだったらしいけど、心臓に悪い。
食事は魔帝国ホテルの料理長が手がけたもので、前菜から始まり順番に料理が出てくるコース的なものである。
料理の選定はなんと、若君がしたとのことだ。今夜の一席のために、色々と準備してくれたらしい。
「ししょ……白竜魔将殿はその、リラックスしてください」
「まいったな。フォークとナイフはええと……無駄にいっぱい並んでるんだが」
「外から順番です師匠」
師匠になっちゃってるぞカゲ君よ。
で、長いテーブルのお誕生日席についた半裸のムキムキ変態記憶操作系マッチョこと、魔皇帝はというと――
「……そんなことも知らないのか。卑賤な」
「兄上、それくらいになさってください」
「……わかった」
人を食事に招いておいてなにその、なに?
っていうか、急すぎるよな。まさかバレたのか? カルラがチクった?
「陛下。このたびはお招きいただきありがとうございます。ところで、急にどうしてまた?」
「……バラバラだった四天王を上手くまとめたようだ」
「は、はぁ」
「……まずは食事だ」
魔皇帝兄弟と囲むテーブル……うん、どんなごちそうでも味しなさそう。
カゲ君と食べた焼肉は楽しかったのに、魔皇帝が同席するだけで食欲も味覚もどこかに飛んでいきそうだ。
ぶっちゃけ、何を話していいかもわからんし、下手は打てない。
黙っていると発泡性のよく冷えた白ワインがグラスに注がれた。
「……乾杯しよう」
なんだかよくわからんが、忠臣っぽく振る舞おう。
「魔皇帝陛下と帝国の繁栄に」
「……悪くない」
薄氷のようなグラスが三つ、涼やかな音を奏でた。
すぐに一品目が運ばれる。三種のアミューズだ。味なんてわからんと思ったけど、華やかな海老の冷製は身がぎりぎり半生で、今まで食べたこともない食感だった。
発泡白ワインとの相性にぴったり。
「めちゃくちゃ美味い……なにこれ。海老なの?」
思わず素が出た。若君も「お口にあってよかったです」と笑顔である。
が――
「……まずい」
魔皇帝はアミューズの皿を手にすると……壁に投げつけた。
すぐにメイドたちが片付ける。表情は緊迫しているが、手慣れたものだ。
ええ、まずいって……どんだけ美食家なの? いや、いくら口に合わなくても食べ物を皿ごとなげるってあり得なくない?
作った人に悪いでしょうに。同席する人の気持ちとか考えないの?
なにより、若君が私や貴様のために考えてくれたコース料理なんでしょ?
実際美味いし。それでも美味しくないってか。
けど、だとしてもさ、優しい嘘くらいつきなさいって。自分を騙して弟の気持ちをちゃんと、受け止めるのがお兄ちゃんでしょうに。
すっかり胃が縮んでしまった。
若君が「あ、あの……兄上。今日はどうか……」と懇願する。
「……まずいものをまずいと言ってなにが悪い?」
「いえ……陛下」
んもー! 若君ヘコんじゃったよ。
しかしどこが気に入らないんかね。
こうなったら、続く料理全部美味しく完食してやる。たとえ魔皇帝が全否定しようとも、スープの一滴。ソースの全部をまるっと楽しむことにした。
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魔皇帝はどの料理も一口食べては下げさせた。さすがに投げつけるまではしなかったが、実にもったいない。
食後のコーヒーがテーブルで湯気を上げる。
「……白竜魔将」
「なんでしょうか陛下?」
「……欲しいものはないか?」
貴様の首。っと、まあ聖王もヤバかったけど、本日の晩餐でコイツもアレなことがなんかよくわかった。
「今の身分ですら身に余ります」
「……謙虚か」
「褒美をいただくほどのことなど、しておりません」
「……なるほど。では、一つ任ずるとしよう」
「任務ですか?」
腕組みをすると魔皇帝は深く頷いた。
「……中央平原を不当に占拠する者がいる。その男の首をもってくるのだ」
「は、はぁ」
やだ、どうしよう。私ってば私の首をとってこいって言われちゃったんですけど。
ってことはええと。私の正体はやっぱりバレてないんか。
魔皇帝は記憶を操作できるようだけど、心の中身が読めるってわけじゃないらしい。
上書き系の能力って感じだな。
カゲ君が椅子から腰を浮かした。
「兄上! それはあまりに危険ではありませんか?」
「……エイガは黙ってて」
若君の本当の名前だ。久々に聞いたな。
魔皇帝の七色の虹彩がじっと私を見据える。魔眼――は発動していないが圧がすごい。
「ちょっとばかし考えさせてください陛下」
「……良い返事だけを待つ」
どうやら今夜の一席は、壮行会だったらしい。
あまり引き延ばせないぞ。こりゃ。数日中になんとしなければ。
魔眼と記憶の上書き。対処できるんか……私に。




