130.記憶の行方と心の中身
朝……なんだろうか――
小鳥のさえずりで目が覚める。外は明るい。
私は布団を被っていた。
隣に……というか、腕の中に金髪の少女がすっぽり収まる。
と、気づいて少女が顔を上げた。
「ん、あ……あれ!? あたし……お布団は用意したんだけど……隣であなたのことずっと見守ってて……ぜんぜん目を覚ましてくれないから……けど、何もできなくて……夜になっちゃって……」
「結局寒くなって布団に潜り込んだんだな。猫か貴様は」
「うっ……い、いいじゃないの。女の子と添い寝できたのよ?」
と、瞳を潤ませつつも彼女はほっぺたを膨らませ、続ける。
「それに……き、キスだって……初めてだったけど……恥ずかしかったんだからね」
「嫌じゃなかったか?」
「嫌な相手になんて絶対しないもの」
「そ、そうか……ありがとうな……シャンシャン」
瞬間――
「今、あたしのことシャンシャンって……」
「それがなにか?」
彼女は私の胸に顔を埋めてぎゅううううっと抱きしめた。
「おかえり! おかえりなさい! メイヤさん!」
金髪を撫でて頷く。
「ただいま。今回はずいぶん長く空けてしまったな」
「もう! もうもうもう! ばかばかばかぁ……本当に心配したんだから」
笑いながら少女は泣く。
全部すべてまるっと、私は思い出した。
加えて、今日までの記憶も無事、保持している。
「サッキーとドラミちゃん……それにコアとキングにも悪いことをしたな」
「ねえ、もう帰りましょう。キャンプに……我が家に。不安で仕方ないの」
「逆だぞシャンシャン。今、私の記憶が戻ったことを知っているのは二人きりだ」
「え? ど、どうするつもり?」
私は口元をニヤリと緩める。
「反撃開始だ」
聖王と戦うために力を借りようと思ったんだが、あの野郎――魔皇帝は私の記憶を消して従わせやがった。
交渉の余地無しって感じだったしな。
このお礼はキチンとさせてもらうぞ。
腕の中でしゃんしゃんがジト目になる。
「メイヤさん……まーた悪いこと考えてるでしょ?」
「いや全然。良いことしか考えてマセンヨー」
「怪しいんだから」
もぞもぞと少女は足を絡めてきた。
「あ、あのね……記憶が戻ったってことは、えっと……キスのことも、お、覚えてるのよね?」
「う、うむ」
「また……しようね。解呪とか……なくても」
「な、なんだ貴様。可愛いかよ」
シャンシャンは「キャー!」と声を裏返して私にぴたっと密着した。
と、その時――
庭先に羽ばたき音が降りたった。
土足で襖を開いて、羽の生えた女が飛び込んでくる。
「ちょっと白竜ちゃん? 出仕の時間すぎてるわよ。一日会えなくて寂しくて寂しくて、死んじゃうかと思ったの。弟王様のお許しを得て様子見に来てあげたわよ♪ 昨日も無断でお休みってどういうことかし……ら?」
私は身体を起こしてシャンシャンを抱き寄せる。
元聖女と魔翼将軍の視線が火花を散らした。
先に口を開いたのはシャンシャンだ。
「ねえメイヤさん。こちら、どなたかしら? 一日会えないだけで死んじゃうって……」
カルラが背に担いだ大鎌を構える。
「あらあらあらぁ♪ 浮気かしら白竜ちゃん」
曲解が過ぎるぞ。
「待てカルラ。元々、付き合ってないだろう」
「んん~そうなのぉ? そうかしらぁ? 付き合うまではいかないけど、ラブラブだったじゃない。あんなに肉と肉をぶつけあった仲なのにぃ」
大闘技場での戦いを妙な言い方するんじゃないよ。
シャンシャンが布団の下で私のふとももをぎゅっとつまむ。
「へぇ~メイヤさん、そういうことしてたんだぁ」
「痛い痛い。やめやがりくださいシャンシャン。ちょっと大闘技場でハッスルしただけだ」
「ハッスルって……なにしたの?」
「チンコ見せた」
元聖女の指先が私のもも肉を引きちぎらんばかりだ。
「痛いってマジで!」
「なんてことしてるのよ!?」
「だ、だってぇ……そうしないとぉ……勝てないって思ったからぁ」
シャンシャンが「そうなの?」とカルラに訊くと、魔翼将軍は頬を赤らめてうっとり顔になった。
「あんなに情熱的なアプローチ初めてだったわ。ご立派な殿方を見せつけられて……しかも大観衆の前で」
元聖女がつねるのをやめて私を見つめる。
「メイヤさんの変態」
「誤解だシャンシャン」
カルラが鎌を振り上げる。
「あんなに愛し合ったのに、メイドにお手つきするなんて……」
「待てカルラ」
いかん。どうしよう。魔翼将軍の特技って……心を読むんだよな。
得物を構えたまま、カルラの動きが止まった。
「あらあら……あら?」
いかん。事情を知られたらまずい。
私は――
頭の中いっぱいに、シャンシャンとの存在しないエロい記憶を膨らませた。
「あああああああああああああッ! なんて破廉恥なの!」
脳内なのでモザイク無しである。無論、私の方だけだが。
カルラは手から大鎌を落とした。切っ先が畳に突き刺さる。
顔を茹で蛸のように赤くして、魔翼将軍はその場で卒倒した。
ヨシ。今のうちに蔓縄でふんじばってしまおう。
シャンシャンが私のほっぺたをつねる。
「今度はなにしたのメイヤさん?」
「魔翼将軍カルラは相手の心を読む力がある。で、今、記憶が戻ったことを知られたまま、こいつを返すのはまずいんでな」
「まずいのはわかるけど、どうして気絶しちゃったのよ?」
「チンコ見て恥ずかしくなって倒れるんで、頭の中いっぱいにエロい妄想を膨らませてみた」
「え? そ、そうなんだ。ど、どんなことを考えるの?」
「言わせるんじゃないよ恥ずかしい」
「変態」
ボソリと呟く元聖女。
とてもじゃないが、本人に言えるほどの勇気を私は持ち合わせていなかった。




