125.魔法の訓練(初級編)
あくる日の午後はヤンミン先生の魔法講義。屋内訓練施設にて基本となる魔法のコーチを受けることとなった。
郊外の訓練場は貸し切り。しかも周囲一キロ以内に誰も侵入してはならないという、魔知将からのお触れが出ている。
なんで人払いなんてしたかと訊けば「秘密特訓です。察しろ」とのことである。
ということで、準備運動もほどほどに始めるわけだが——
今日も私は身軽な恰好だ。
白い軽鎧は装備しているだけで、魔法力を無意識のうちに身体強化に回してしまうということで、解除してある。
白金色のアイマスクに黒のローブマント姿だ。ちょっと浮くな。
ヤンミンもお嬢様姿は返上で、普段のローブである。
「君の普段着はそれですか? かぶってるんでやめろ」
「だまらっしゃい。この格好が『いつもの』なんだよ。そっちこそ真似してんだろ」
「魔導士らしい服装なだけです。魔導士でもないやつが着るのは百億万年早い」
魔知将はぶつくさいいつつ、袖の下から短杖を取り出した。
そういえば、私の普段着(?)もポーチだのなんだの色々ついているけど、腰のベルトに似たような杖がぶら下がっている。
なんとなく、真似してもってみた。
手に吸い付くようだ。と——
「そ、それは!?」
スサササッとヤンミンが近づいて、私の杖をふんだくった。
前髪の向こう側で赤い瞳が丸くなる。
が、抗議だ抗議。
「ちょ! 急に人のものをかっぱらう癖、私はよくないと思うんですけど?」
「待ってください。今、集中してるんで話しかけるな」
私の短杖をなめるように上から下まで確認し、先端にはめ込まれたオーブに触れる。
「解析開始……高純度結晶体……一般流通品とは桁が二つ違う精度……軍用か!?」
「はいぃ? 知らんけど」
「グリップ部分の木材は……古大樹か。半化石化した相当な年代物です。グリップにこだわる魔法使いの中でも、この素材を選ぶなんて……いや、理にかなっている! 一般的な魔法であれば魔法力の反動を微塵も感じられない、硬すぎるものですけど、仮にこの短杖の使用者が第七階位以上を操る大魔導士ランク帯であればですね、古大樹化石材が持つ超魔法力伝導体としての特性と、強度の兼ね合いから……ベスト!」
めっちゃ早口で何か呪文を唱えているんだが。やだ、怖い。
カタメオオメアブラマシマシアイスココアウィズホイップクリーム チョコレートソース ココアパウダーですか?
そのあともヤンミンはやれ「心材がどうの」「装飾がどうの」「内装術式がどうの」と、わけのわからないことを連ねたあげく——
「く―ださい」
「ダメだ」
「ケチ。では売ってください。二十億魔貨まで出せる」
杖一本にずいぶん気前がいいな。
「貴様、頭の方は大丈夫か?」
「こんなマニアックな品は見た事がありません。しかも魔帝国じゃなくて、たぶん聖王国の技術体系! 帝国じゃ絶対手に入らないレアものだ!」
「杖一本でそこまでわかるんか」
と、言いつつヤンミンから自分の短杖を取り上げた。彼女は背伸びして両腕を万歳させ「くれくれくれくれ」と、杖に手を伸ばす。
小さくジャンプまでして必死だな。猫じゃらしで遊ぶ時みたいな感じだ。
届かないと悟って、ヤンミンがむっと頬を膨らませた。
「魔法を使えない人が持っていても宝の持ち腐れです。常識で考えろ」
「まー、そうかもしれんけど」
「どこで手に入れましたか? 聖王国の魔導士を倒して奪ったんだろ? 正直に白状しろ!」
「さぁ? 記憶にございませんなぁ」
実際、どうなんだろうか。私が人間だと知るのは、自分の他に若君だけだ。
で、人間の私が聖王国の軍用……しかも、マニアックなカスタム品を持ってるということは……。
もしかして、聖王国で魔導士でもしていたのか? だったらどうして魔帝都でカゲ君と出会って、格闘術の師匠になったんだ?
普通、身体能力が高いなら魔法なんか使わないだろうし、魔法が得意なら格闘戦なんぞしないだろうに。
ぼんやり考える私をよそに、魔知将は「ぐぬぬ」と唸った。
「でなければ君はやはり魔導士だったに違いない! 基礎攻撃魔法をやってみせろ!」
「いや、知らんしできんし」
「いいから集中して魔法力を杖の先端のオーブに込めてください。で、振るうと同時に魔法力を手放すイメージだ。魔法力さえ備わっていれば、馬鹿でもできる無属性だぞ?」
ヤンミンが自身の杖でびしっと訓練場奥の壁に並ぶ、的つきのダミー人形を指す。
と、同時に彼女の杖の先端に光が宿り、ピシュンと音を立てて矢のように魔法力が飛んだ。
金属製の的がパキーン! と、心地よい音色を響かせる。
町のごろつきを気絶させるくらいはたやすいか。
魔知将といっても四天王の一角だ。まったく戦えないわけでもない……と、思いきや。
「はぁ……はぁ……はぁ」
たった一発撃っただけで、めちゃくちゃ肩で息をしていた。
「おい貴様、大丈夫か?」
「別に本気を出せばもっと威力を高められるんです。信じろ」
ほんとぅ? 強がる子供みたいだな。
ともあれ、一度見せてもらったことで、なんとなくコツは掴んだ。
ちょっと試してみよう。
魔法力を短杖のオーブに集中する。
そういえば、昨日チラ読みした第七階位のなんだっけ? ともかく魔法力を引き出すイメージで力を込める。
で、スイングとともに放す感覚でシュート!
うわ、なんかクッソ重たいな。ええい、ままよ。降りぬけ私の右腕ッ!
ブルドルルルルルルルルララララッ!
なんか轟音が訓練場に反響して、空気が爆ぜると衝撃波を伴い、私の杖から魔法力の塊が滝のように流れ出た。
床と天井をメコメコ引きはがす。地面はえぐれ見上げればお空綺麗。
壁にまで到達した魔法力の奔流は、ダミー人形標的を押しつぶし壁を吹き飛ばした。
建物の半分が消し飛ぶ大惨事だ。
ヤンミンがへなへなと尻もちをつく。
杖をホルダーにしまって、手を差し伸べた。
「腰ぬかすことはないだろ?」
「ありえない……なに、今の?」
「貴様が教えてくれた基礎攻撃魔法だが」
「はああああああああああ?」
めっちゃキレ気味に少女は私の手を取って立ち上がった。
「どうして怒るんだよ。あ、壊したのはわざとじゃないぞ」
「君の魔法は洗練とは程遠い。無茶苦茶だ! 汚い! 見苦しい!!」
「悪かったな。ほら、わかったでしょうに。私は魔法初心者だって」
「嫌味ですか? ぐぬぬぬぬむきいいいいいい!」
今にもかみつかれそうだ。ともあれ、魔法ってのは一朝一夕でできるもんじゃない。
制御できなきゃ、どんだけ威力があってもただの「暴発」だ。
封印安定かな、こりゃ。




