124.お買い物デート……貴様とかよ!?
ある日の午前中――
魔知将ヤンミンの執務室に呼び出された。
室内に窓はない。魔力灯がうすぼんやりと照らす。壁一面全部本棚だ。奥の執務机に小さな影がちょこんと座る。
「予測より二分遅いですね。亀の方がまだ早い」
『トイレはゆっくりする方なんでな』
出仕中は白い軽鎧スーツなもんで、小でも個室はマストなのだ。
トイレに行くたび全裸になるんで、まあ、時間も掛かる。
「出かけますよ」
『は?』
「昨日の四天王会議で本が好きか君から尋ねたじゃありませんか? 若年性の痴呆症か?」
『一切話が見えないんだが?』
「その格好はさすがに目立ち過ぎます。君は今や魔帝都の有名人。隣を歩くと恥ずかしいんで、常識的な身なりになれ」
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お忍び&自宅用のアイマスク姿で、私はヤンミンと並んで帝都の町並みを歩く。
なんと、ばっつん前髪の令嬢風ドレス姿だ。髪は長くストレート。性別不明ながら、どこからどう見てもヤンミンは良家の息女だった。
私はといえば、パリッとしたスーツ姿である。アイマスク部分は浮いているが、まあ、護衛兼任の執事という雰囲気だ。
目的地は書店街。
適当にぶらり。目にとまった店に入るとヤンミンは魔導書を適当に見繕って、店主に金魔貨で支払いし釣り銭も受け取らない。
少女(?)はハードカバーを私に持たせる。
「荷物持ちくらいはできるでしょう? 頭空っぽでも」
「なんだと? 失礼なヤンヤンお嬢様」
「黙れハクハク執事」
ヤンミンは公務ですら人前に姿を現すのは希で、常にローブとフード姿。今の可憐な少女の装いから、魔知将ヤンミンを紐付けられる者などいないだろう。
が、名前を出しては都市迷彩がパーだ。
お互いに名前を呼ばないようにしなければならず、ヤンヤンハクハクとなったのだ。
ヤンミンが人差し指を立てる。
「読めるものなら読んでみてください。伝説とされている第八階位の転移魔法に関する論文で良ければな」
なんとなくペラペラめくってみる。
「あーはいはい。この資料ダメだわ」
「これは悪かった。君のような脳筋には子供用の初級魔法ドリルがぴったりだ」
「違う違う。量子方式だと不確定性原理の影響で再構築失敗するから」
黒髪ばっつんお嬢様は私から本を取り上げると、店に返しに行った。
「おいおい、なにやってんだよ?」
「返品しました。金はいらん」
「店が困惑するだろうに」
「次の店に行きます。とっととついてこいグズ」
肩を怒らせヤンミンはスタスタと先に行ってしまった。
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三階建ての図書館みたいない立派な書店の店の前――
買った本を手にお嬢様が自慢げに私に渡す。
「これです。第七階位の極大破壊魔法に関する研究書」
「どれどれ。あー……おしいなぁ」
「はい? なにが惜しいですか? 上から目線やめろ」
ぺらぺらっとめくって要点をかいつまみ、本を閉じて返す。
「魔法力の核部分を崩壊させて発する方法でも、従来の魔法に比べて高いエネルギーを発するけど、ぶつけ合って重化させた方がゲインが高いんだよなぁ。ま、そのどっちも極大破壊魔法じゃないんだが」
「なッ!? バカ……じゃないのか? ではどうする!? どうやってそれほどの高魔法力を発する?」
「虚無暗黒空間を魔法式で構築し安定化させたところに、物質化寸前まで圧縮した結晶魔法力を投入して物理干渉力を取り出すイメージだな」
「い、イメージしたとしても、それを維持する技術はどうやって?」
「んなもんセンスでしょうに」
「机上の空論です。論外! 論外論外論外論外ッ!!」
また金だけ払って返品である。
なにがしたいんだ、こいつは。
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書店街でも最大の売り場を誇る書塔と呼ばれる五階建てのタワーの前で――
「さすがにこれは解らないはず。人間の神に選ばれし者にしか使えないという……魔帝国ではまったく知られていない系統の魔法に関する書籍。人間は信仰心によって魔法を発現させるという……それらは書として記されることもなく、この本は希少な一冊だ」
白地に金の箔押しがされた分厚い辞書みたいな一冊を、ヤンミンは誇らしげに私に渡す。
ぱらりぱらりとめくってみた。
「うむ、よくわからん」
「そうですよね。君にもわからないことがある……と。まぐれ野郎が」
「いや、そうじゃなくて第一級聖女の使う第九階位の幸運魔法についての記載がないんだが。あと、たぶん第十階位にあるであろう不死不滅の魔法もノーチェックだな」
「…………」
ヤンミンは本を奪い取ると五階まで駆け上がって返品してしまった。もちろん、払った金はそのままに。
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結局一冊も買うことなく、金だけばらまいただけである。
他にマニアックな魔法や知られざる魔法についての本があるんじゃないかと、ヤンミンが裏路地に入っていってしまった。
「あっ! ちょ! 待ちなさいってば貴様ぁ!」
慌てて追いかけると案の定――
青い肌のオーガ連中にお嬢様は取り囲まれていた。
「よぉよぉいい服着てんなぁ? 路地裏なんかに入ってきちゃあぶねぇだろ?」
「誰ですか? 死ね」
「んだガキがぁ! 攫っちまうぞコラァ!」
誘拐のRTAやめなさい。放っておけるわけもない。
オーガの一人がヤンミンをひょいと持ち上げ肩に抱えた。
「やめてください。離せバカ!」
「離さないよぉん♪ ロリコン専門の奴隷商人に売っちゃうよぉん♪」
私は跳び蹴りでオーガの背中を「く」の字に折る。放り投げられたお嬢様を空中でキャッチ。お姫様抱っこのまま、取り囲むその他大勢と対峙する。
蹴られた誘拐オーガが背中をさすって立ち上がった。ちょっと手加減しすぎたか。
「な、なにしやがるテメェ!」
説明するのが面倒だな。どうせこいつらとは二度と会うまい。
「私のフィアンセに狼藉しようとは許せぬ」
「なんだぁ? 今すぐ立ち去れば許してやろうってか?」
「いや、この場で全員、記憶がなくなるまで蹴り殺す」
私は舞踏会でワルツを踊るように、時にヤンミンの身体を宙に投げて舞わせながら、路地裏のバカどもの顔面を蹴り倒し、踏みつけ、踏みにじり、地面や壁にめり込ませ、辛うじて呼吸ができる程度にぶちころがした。
さっと片付けてお嬢様を地面に下ろす。
「まったく、私に知識マウントしたいからといって、表通りを外れるんじゃないよ。この世間知らずさんが」
「……そ、そんなことないです。誰がフィアンセ? バカか? バカなのか?」
「あーはいはい。すんませんね。適当言いました」
「けど、ありがとう」
意外にも素直に少女(でいいかもう、面倒臭い)は私の手をとった。
「なんだよ。手を繋ぎたいのか?」
「心配ですから。君みたいなバカが迷子にならないか」
「言うねぇ。ったく」
ヤンミンは「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
表通りに出てホッと一息。すると――
「君は博識なんですね。見た目がアレだが」
「博識ってほどでもないだろ」
「それだけの知識があるのに、魔法は使えないんですか? カスが」
「あ~。そういえば、使おうなんて思いもせんかった」
「師匠はいないんでしょうか?」
「いないし、教わった試しもないな」
「意味不明です。その知識がどこから来たのかも……シンプルなバカよりたちが悪い」
言いたい放題だな。
「しょうが無いだろ。私はその……記憶が曖昧なんだ。さっきは本の文字列を目で追ってたら、勝手に言葉が溢れてきただけだし」
「わかりました。魔法、教えてあげましょう。バカでもわかるように」
「はあ?」
「明日の午後、空けておいてください。断れば……全事務作業の停止」
「わ、わっかった! どうかそれだけは勘弁してくださいやがれ」
一瞬、ヤンミンが微笑んだように見えた。
本当にたちが悪いのは貴様の方だぞ。なにかにつけては仕事放棄。脅しの言葉としては……効果は抜群ですけどね!!