122.メイドさんと一緒
三日後の朝――
メイドが来た。白黒フリフリ系エプロンドレスに金色猫耳付きのヘッドドレス。
膝丈スカートに、純白のニーハイソックス。
こちらに向けたお尻の辺りに、黄色いボブテイルがちょこんと生える。
板張りの廊下をモップ掛けしているんだが……スカートが短いせいか前屈みになるとパンツが見えそうで見えない。
絶対領域の守護者によって絶妙に隠されていた。
金髪は長いものを、ねじって巻いてアップにまとめている。
胸元はその……慎ましやかだ。
視線に気づいて少女が手を止める。
「ご主人様? さっきから何をじーっと見てるんですか?」
「いや、別に」
「そんな変態チックな仮面をつけていても、丸わかりなんですけど?」
若君にお願いしたフェイスマスクのおかげで、人と会うのに軽甲冑でなくて済むようになったのはありがたい。
ものの、変態マスクとは。陶器のような白地に目の部分にはスモークブラックのレンズ。切れ長な形で、なんというか……悪役顔だ。
加えて鼻部分が尖って伸びて刺さりそうである。飯を食うには困らないが。
「好きで装着しているわけじゃないぞ。訳ありだ」
「訳あり……ね。もう少し普通のサングラスとかでもいいんじゃないですか?」
「仕事柄、こういうのじゃないと威厳が保てんのだ」
「仮面で威厳って……どういう仕事をしたらそうなるのかしら」
「知らないでメイドの応募を受けたのか?」
メイドはモップ掛けを再開した。
「一応、偉い人って訊いてるわよ。だからかしら、面接がちょっと変わってたのよね」
「変わってたって?」
「家事スキルの他に、戦闘テストもあって」
若君、本当にパーフェクトメイドを掘り当てたんだな。
メイドが微笑む。
「すごく待遇もいいし、かわいい制服も支給。住み込みっていうのも気に入ってます。日用品とか必要なものは発注できますし」
私が彼女のアレコレを心配する必要はなさそうだ。
「三食おやつ付きなのもポイント高いかも。ま、そのご飯はあたしが作るんですけど。食べたいものがあったら、なんでも言ってくださいね」
お尻をフリフリ。丸い尻尾(?)が気になった。
「猫耳尻尾はなんでつけてるんだ?」
「人間って思われないようにって」
また手を止めて、少女はヘッドドレスを外す。
間違いなく人間だ。赤紫色の瞳がじっと私を見る。
「買いだしとかで余計なトラブルを避けるためって。人間お断りのお店もあるみたいだし。もちろん、町で暴漢に絡まれても切り刻めるくらいは強いし」
物騒だなこいつ。逆に心配になる。
なんだろうか――
見ているとホッとする気持ちと、ハラハラする気持ちの二つが同居した。
少女が首を傾げる。
「ところでご主人様って……正体を隠さなきゃいけないんです……よね?」
「うむ。そういう契約だ」
「そう……なんだ……やっぱり」
メイドは俯くと、悲しげな顔をする。
「やっぱり?」
少女は手のひらで目元を拭うと笑顔を作った。
「秘密とか正体とか、もし、打ち明けたくなったらいつでも言ってくださいね。独りで抱えてると心がつらくなることって、あると思うし。話くらいなら……聞いてあげられますから」
「お、おう」
急にどうしたんだ? 情緒大丈夫か?
「そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったな。私は白竜魔将ヤメイだ。貴様は?」
「シャロ……シャーリーです」
「なんだ偽名か? 元の名前とあんまり変わってなさそうだが……」
「ぎ、ぎぎ、偽名なわけないじゃないですか!」
「別に気にしないし、好きに名乗ってくれてかまわんぞ。この町で人間が魔族や獣人亜人のフリして暮らすのには、名前を偽ることも必要だろうしな」
「そ、そうですよね」
「だが、もう少し変えた方がいいんじゃないか? あんまり元の名前に似すぎた偽名っていうのもな」
少女はムッとした顔になる。
「いいんです! あたしの……好きな人がそういう感じだったから」
好きな人?
「なぁんだ貴様? 好きな人がいるのか? ヒューヒュー!」
と、煽った瞬間――
いきなり平手が飛んできて、私の首が真横に吹き飛ばされた。
「ぐはッ!?」
少女の細腕にしてはなかなかの威力だ。
普段なら殺気や敵意を感知して身体が勝手に回避行動を取るのに、彼女のビンタを私はモロに食らってしまった。
「し、知らないんだから! ちょっと買いだし行ってきます! ちゃんとお留守番しててくださいね!」
モップを放り出し、メイド少女――シャーリーは出て行く。
急にキレた。いやキレさせたのは私か。
なんか、地雷踏み抜いたのかなぁ。年頃の女の子って難しい。
今日から一つ屋根の下。上手くやっていけるだろうか……。