120.面倒臭いヤンデレな美少女に告白されました死にたい
縁側の軒先で魔翼将軍と対峙する。
せっかく首から下は生まれたままの姿になったのに、彼女は視線を高めにすることで直視を避けて耐えた。
私がいきなりその場で側転すると、視線を逸らして見事な回避。
どうやら心が見えるというのは嘘ではないらしい。
『先読みしたのか?』
「い、いきなり下半身と上半身を入れ替えるなんて! 変態もいいところだわ! お願いだから服でもスーツでも着てくれませんかしら?」
『着たら帰ってくれるんだな』
「それとこれとは別ですわ♪」
カルラは背中の翼を広げると、ふわりゆらりとパタパタさせた。人が手で顔を扇ぐような感覚だろうか。
真っ赤な顔を風で冷ます。その間に、私は身体に白竜の軽鎧を再装備。
鳥女は落ち着いた……と思いきや、私の顔を穴が開くくらいじっと見つめてくる。
『なにガンつけてんだ貴様。しばくぞ』
「ただの熱い眼差しですわよぉ!」
『で、なに? なんなの? どうして欲しいわけ? そろそろお腹が減ってきたんですけど』
「えっと……ね……い、いきなりこんなこと言われて、白竜ちゃんが困っちゃうと思うけど」
思い詰めた顔をして鳥女はゆっくり息を吐く。
「す、す、好きに……なっちゃったかも……しれないからぁ……これって初恋なのかもって……」
『はあ? 頭大丈夫か貴様』
「だってだって仕方ないじゃない! 没収試合にはなったけど、実戦だったらわたくし……気絶したまま生殺与奪の権限を握られて……心だけでなくこのピッチピチで魅力的な肉体も蹂躙されてたかもしれない……ううん、むしろ蹂躙されるべきよ! わたくしみたいないい女を昏睡させて、何も起こらないはずがないもの! こうして、わたくしの力の秘密を打ち明けたの……白竜ちゃんが初めての人なのよ! 本気なの!」
胸に手を当て女は熱弁する。
なんかグイグイくる感じ……似た奴を知ってるような……。
ウッ……頭の奥が鈍く痛む。
「今、白竜ちゃんの中に言葉にならないトキメキが芽生えたのを感じましたわぁ」
ほっこりとうっとりの中間みたいな顔でカルラは身をよじる。
『うるせぇ黙ってくださいお願いします』
「ともかく、わたくしを倒したのだから責任をとってという話なのよねぇ」
『知るか』
「あ~んつれないんだから。仲良くしましょう♪ わたくしが白竜ちゃんを嫌いになるか、白竜ちゃんがわたくしを殺すか。白竜ちゃんの記憶が甦って、つまらない男だったら嫌いになってあげる。で、全力で殺してあげる♪ もしくは殺されてあげるわ♪ それこそが、わたくしたちの愛のカ タ チ」
たちって、私を同じくくりにいれるの止めなさい。
物騒極まりないヤンでてメンがヘラった独特な感性をお持ちのようで。
向こうはある程度、当方の考えだの感情が読める。対等じゃない。こっちだけ手札を公開して絵札遊びをしている気分だ。
魔翼将軍は唇を舌で舐める。
「ほら、二人で組めば残る四天王は陰キャとワンコだけ。白竜ちゃんが弟王様を手名付けると、もれなくウルヴェルンちゃんも配下にできるでしょ? それに元筆頭のラードンも部下なんだし。四天王のほとんどを掌握できちゃうわねぇ」
『何が言いたいんだ?』
「別に何もぉ……ただ……」
フッと女の顔が真剣に引き締まった。ふざけていたかと思ったが、空気がピリつく。
「こういう力を持ってると、孤独になってしまいますの。リーディングで知りたくも無い本心を知って、何度も裏切られてきましたわ」
『ご愁傷様です』
「真面目に訊いてくれないかしらぁ?」
興味ないんですけど。ほれ、心が読めるならわかるだろ。言わせんなよ恥ずかしい。
目の前の真面目な顔した女が「ブフッ!」と吹き出した。
「やっぱり、今までのどの男とも違うのね。わたくしのことを誰も彼もがいやらしい目でみてきましたわ。もしくは力を利用しようと手もみしながら……けど、わたくし自分よりも弱い男に興味ありませんの」
『あっ……そう』
「もう少し興味をもってくれないかしら白竜ちゃん」
『ラードンは同格だろ』
「生理的に無理」
とりつく島がないって、こういうことか。
『じゃあ魔皇帝陛下でいいだろ。100%格上だ。そういう奴を好きになって、どうぞ』
「って、思うでしょう?」
『じらすな匂わすなケツ百叩きの刑に処すぞ』
「本当はする気もないのに、本当に本当に本当にぃオモシロイ人」
チッ……私こいつ嫌い。面倒臭い。
「きゃ~! そういうのツンデレっていうのよねぇ。心を読む相手に心の中で悪態ついちゃうなんて、可愛い♪」
『私は陛下と違うってか?』
スッと、表情が落ち着く。またしても魔翼将軍の周囲の気温が5℃ほど下がった。冷淡な口ぶりで彼女は言う。
「闇しか見えなかったの。白竜ちゃんとは正反対。あなたが光の降り注ぐ春の温かい草原なら、陛下の心は極寒の氷の棺。深海の底。思考を読み取ることもできなくて……わたくしの中に言葉にしがたい、恐怖心が流れ込んできましたわ」
陛下は口下手だからな。その上、心の中まで読めないとは思わんかったが。
カルラの手が震えた。
「知っていれば怖いという感情も生まれませんけれど、既知のどれとも違うおぞましい心の手触り……思い出しただけで、身も心も引き裂かれてしまいそう」
広げた翼にくるまって鳥女は歯を鳴らす。よっぽど不快で深い闇に触れたらしい。
小さく彼女は頷くと――
「口が裂けても言えませんし、力と恐怖こそがこの国を統べる王に求められるのかもしれませんけれど……」
『けど……なによ?』
「うふふ♪ 今日はこれくらいにしておきますわね。いきなり同棲は気がはやりすぎましたから、しばらく通い妻をさせていただきますわ。明日の夕飯、食べたいのが……はい、オムライスですわね」
クッ……こいつノータイムで!?
「わたくしの話を聞き流している間、ずっと揚げ物のことばかり考えていましたけれど、案外お子様なのねぇ白竜ちゃん。じゃあ、明日は産みたて卵のオムライスをつくってあげるからぁ」
言うなりその場できりもみ急上昇すると、魔翼将軍は飛び去った。
産みたて卵。
まさか……ね。自前とかじゃないよね。やだ怖い。怖いよぉ助けて若君ぃ!




