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116.白竜魔将さん家を買う

 朗らかな陽の光が降り注ぐ。縁側で私は普段着姿であぐらをかいた。


 目の前には密林のように荒れ果てた庭園。


 元は美しい東方ジャポネ式だったようだが、そこらじゅう葛にミントにドクダミが無差別に生えまくっている。葛きりミントアイスドクダミ茶作り放題だな。


 不思議なもので――


 庭の様式だの植物の種類だの、記憶は曖昧なのにスッと思い浮かんだ。


 私は過去に庭師をしていたのかもしれない。


 ともあれ、魔帝都の一等地なのに格安物件ってのは、いわく訳ありだ。


 元ゴクド組本家。魔帝国の裏社会では有名だったそうな。が、ある日のこと組長が首をくくっていたんだとか。


 ちょうど今、私が座っている縁側で。


 自殺は偽装で、何者かの手によって始末された……とは、若君だ。

 捜査関係者にも顔が利くのは、さすが王族である。


 化けて出たりせんよな。組長。


 ゴクド組は解散し、構成員はちりぢりになった。組織犯罪の発生件数が低下し、町中で一般人が被害に遭うケースが増加したんだとか。


 若君が身分と顔を隠して世直しをすると決めたのも、ゴクド組の解散があったから。


 私とカゲ君を引き合わせる遠因になった暗殺者って、いったい何者なんだろう。

 ゴクド組の敵対組織が放った刺客というのが、当局の考えだそうだ。


 なお、犯人はまだ捕まっていない模様。おっかないなぁ。戸締まりしとこ。


 で、どうして私がこの物件の鍵を持っているのかといえば、先日のラードンとの戦いに勝利したご褒美である。


 若君が資金をオールインして出来たお金で、魔帝都に私の家を買ってくれた。


 軒先から庭に降り、茂みを分け入って池まで向かう。


 前の家主が錦鯉を飼っていたそうだが、競売にかけられて池の水も抜かれたままだ。


 家具や調度品も全部官製オークションで売却済み。必要な家財道具は若君に申請すれば、用立ててくれるってことで、こうして内見にやってきたのだ。


 母屋の四方は瓦葺き屋根がついた漆喰の高い壁で囲まれ、外部からの視線をシャットアウト。周囲に高い建物もなく、都会の真ん中にぽつんとできた巨大密室である。


 おかげでこうして、白い軽鎧を解いてリラックスできた。


「まずは荒れ放題の庭をどうにかせんとな」


 全部刈り取ってもいいかも。で、テントとか焚き火台とか置いて自宅キャンプなんていいかもしれん。


 ……? なんでだろう。心引かれるな。キャンプって。


 ま、いずれ天井のある暮らしに飽きたらそうするとして、何をするにも荒廃しきった庭をどうにかせんと。


 植物の生え方はまともじゃない。犯人がやったのなら意味が分からない。


 何かメッセージ性でもあるんだろうか。都市緑化過激派……とか?


 もしかしたら、単なる嫌がらせだった線。

 だとしたら性根が腐ってますな。マジで。あっはっはっは。


 で、そこまで嫌がらせされるくらいには、この大邸宅の元持ち主は他方に恨みを買っていたようだ。


 若君から聞いた話だけになるけど、まあ反社会的な組織だけあって、人身売買だの違法な金貸しだの薬物だのと上げれば枚挙にいとまがない。


 当局が犯人の影も形もわからんということは――


 案外、ライバル組織じゃなくて、通りすがりの正義の味方にでも消されたんかもしれんね。


 と、広すぎる屋敷の門の方から怒声ともとれない大声が響いた。


 城門みたいな扉をドンドン叩く音までついてくる。


「白竜魔将殿! 出仕のお時間です!」


 私は茂みの中で首元に手を添えた。服が爆ぜて二秒ほど全裸になったあと、白い軽鎧スーツになる。


 フードを被るように頭部装甲で顔を覆った。


『はいはい……今、行きますよ……っと』


 これだけ広いとハウスキーパーを雇いたいところだけど、私の素性を秘密にするために買ってもらった家なんで、一人で使わなきゃならんのがなんともはや。


 庭からぐるりと回り込んで大手門みたいな巨大な観音開き……の脇の勝手口から出ると、施錠する。


 いうて賊が侵入したところで、屋敷に盗むものなんてないんだけどね。


 元ゴクド組本家前に黒塗りの馬車が止められていた。ご立派すぎる六頭立てで屋形が巨人向けサイズだ。


 私が外に出ると目の前で元魔竜将軍が地面に膝をついて頭を垂れた。


『うむ、迎えご苦労』

「ぐぬぬぅ……」


 ラードンだ。忌々しげに唸りながらくの字に曲がった尻尾を地面にビタンビタンと叩きつける。


 馬車はこのオオトカゲのオッサンの所有物だから、図体に合わせた大型のものらしい。


 御者が屋形の扉を開けた。


 今日から出仕の際はラードンがお出迎え。元魔竜将軍は降格し私の秘書兼参謀役となったとのこと。


 彼が指揮する軍団も私預かりになるというのだが、面倒なので有能秘書君に丸投げすることにした。


『なんか怒ってる?』

「い、いえ……滅相も無い。強い者が正義……ですから。本日は我が軍団……いえ、失礼いたしました。白竜魔将様の配下となる爬虫類系種族の訓練視察をしていただきます」

『やっぱり私、出ないとダメ? お飾りで良いし全権はあんたが握ったままでいいって』

「そうはまいりません! 陛下のご意向ですから! 来ていただかなければ小生しょうせいが困るのです!」


 すっかり口ぶりもへりくだっちゃって。

 大群衆の前で泣かされるのって、魔帝国じゃ死ぬより恥ずかしいんだろうね。


 腹の中は怒りで煮えくりかえり、復讐の機会を手ぐすね引いて待ってそうだな。


 とはいえ、今は一旦白黒ついたわけだし。このオッサンと仲良くやろうってつもりもないけれど、ワガママ言うほど私もひねくれてはいない。


『わかったわかった。ちゃんと視察するから』

「ありがとうございま……す」


 苦虫をかみつぶすとはまさにこの顔。と、標本にでもなりそうな苦々しい笑みを浮かべるラードン。爬虫類系ってちょっと表情がわかりにくいんだけど、やっぱ伝わってくる感情ってのはあるんだな……と。


 私を乗せた馬車は郊外の演習場へ向けて走り出した。


 なんかこう、一瞬でびゅーんと跳んでいけたらいいのにね。奇妙な不便さを感じながら、私はいかめし顔のオッサンと一緒に揺られ続けるのでしたとさ。

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