カルテ3 インポスター症候群
病院を開業してから数週間。最近ではお客さんが増えてきた。アンケートで分かったことだが、病院の事を知らないというよりは行くかどうか迷っている人の方が多いみたいだった。やはり行ったことがない場所というのはやや抵抗があるみたいだ。
「何か困っている人たちが来やすい方法はあるか」
「そうですね~。やっぱり口コミとかですかね。ここに来たら悩みが解決したわ!あなたも行ってみたら!みたいな」
演技口調でクレアが提案したが、それも確かに効果はあるだろうな。
ネット通販なんかでもレビューを参考にする人もいるだろうし。
前の世界では精神疾患、精神病が世界的に認知されていたため、何かあれば一旦診察を受けてみようとなるが、この世界ではまだ同じようにはいかないか。
「なるほど。それとなく来た患者さんに言ってみるか」
時計を見ると昼前の時間を示していた。考えるのは後にしてとりあえずご飯でも食べるか。
「ユリアさんの所で昼食でも食べに行こうか」
「わ! やった!」
ラフトルは働き始めた時にユリアさんに挨拶がてらお店でご飯を食べた際、大層気に入ったそうだった。たまにこうして誘うといつも喜んでいる。
お店に到着して席に着くとユリアさんが接客してくれた。
「いらっしゃいませ。先生。お昼ですか?」
「はい。少し気分転換も兼ねてですね」
「そうですか。ではゆっくりしていってください」
クレアに似た笑顔を浮かべ、注文を取ってくれた。彼女が明るくなってからはこの店もやや人気になって来たそうで、彼女目当てで来る客もいるみたいだ。
「やっぱりここのパンが一番美味しいですね!」
「ふっふーん、ママのお店なんだから当然よ!」
「さすがです!」
ラフトルに褒められ、自分の事のように喜んでいるクレアを見ているとこちらもつい表情が緩んでしまう。クレアは繊細な性格をしているが表情が豊かでわかりやすかったりする。ラフトルともいい関係を築いているように見える。
「先生。何か考え事ですか?」
しばらく二人のやり取りを見ているとユリアさんが話しかけてきた。
「え、あー、病院に来やすい状態を作るにはどうすればいいかなって思って」
「なるほど。良かったらギルドに張ってある紙をここにも張っておきましょうか? 世間話程度ですが結構悩んでそうな人も来ますから」
「そうなんですか? それはやってもらえるならありがたい話ですね」
確かにユリアさんは人当たりもいい上に、最近では彼女の人気も上がっている。虎の威を借りる狐ではないが話に乗らせてもらおう。
「当然ですよ。クレアもお世話になってますからこのくらいはお手伝いします」
「ありがとうございます。ではお願いします」
昼もそこそこにユリアさんにお礼を言って店を後にした。
――――
病院に戻り、クレアにはラフトルに事務的な作業を教えるように指示を出し、一度二階の部屋に戻った。時間があるときに街を散策しているのだが、結構薬草が売られているところがあり、興味本位で買い溜めていたため少し整理をしたかった。
いつも通りステータス画面を開いた。
心温 療20歳
スキル 「心眼」3 「ポーション生成」
生成熟練度 7
・
・
・
生成可能ポーション
「精神安定剤」「睡眠剤」「抗うつ剤」「精力剤」
「心眼」のレベルがまた上がっているな。それに熟練度もいつの間にか7まで上がっている。これは上がると何か変わるのか。生成熟練度をタップすると拡大された。
「生成熟練度」レベル7 初級
生成する回数によって経験値を獲得できる。
生成熟練度が高ければポーションの効果が高まる。
なるほど。レベルによって効果が上がるのか。それに初級って事は中級とか上級にもなるんだろうか。「心眼」を確認してみると項目が一つ増えていてスイッチの切り替えがいつでもできるみたいだ。これで隠れてステータス画面をいちいち開かなくてもいいみたいだ。これを待っていた。
それから薬草をアイテムボックスに入れ整理をしてから一階に降りた。
「あ!先生。お客さんです」
「わかった。案内してくれ」
一階に降りるとちょうどお客さんが来ており、クレアが受付をしていた。
クレアに案内され、部屋に入って来た。
その人は長い金髪を頭でお団子にして、部屋に入ったタイミングでかけていたサングラスのようなものと帽子を取った。変装しているみたいだな。
そして対面の椅子に座らせカウンセリングを始めた。心眼もオンにしておこう。
「初めまして。ここの医師をしています。リョウと言います。よろしくお願いします」
「あ、丁寧にどうも。私はこの国の近衛騎士、ミレス・クストディアと申します。つい先日ギルドのお知らせにこの病院の事が書かれているのを見つけて、今日は休みだったので伺いました」
近衛騎士! 近衛騎士って国とか王様とかの護衛だよな? てか、めっちゃ美人だな。そういえばファンタジーものの女性騎士って感じでイメージ通りだ。
(先生がおねえさんに見蕩れてる…)(うわ~、綺麗な人だな~)
「クレア。すまないが受付をしていてくれ他にもお客さんが来るかもしれない」
「私だけですか?」
「ラフトルは…勉強中だ」
「…わかりました」(なんでラフトルだけ!)
すまないクレア。診察中に変な声を聴いてしまう可能性がある。
俺の指示で部屋から出たのを確認してミレスさんに向き直した。ラフトルが新入りであることを伝えると快く受け入れてくれた。
「ありがとうございます。では、最初にいくつか書いてほしいものがあるのでそちらを先にしても大丈夫ですか?」
「はい、わかりました」
ミレスさんにアンケート用紙を書いてもらい、相談内容を確認した。
数分で書き終え、受け取った紙に目を通す。
どうやら彼女は周りの印象や評価と、自分の評価が合わなくていつも無理をしているみたいだ。
「なるほど。わかりました。では軽い面談を始めましょう」
「はい、お願いします」
さすがにまだ固そうだな。近衛騎士ということもあり警戒心が高いのかもしれない。
「アンケートを見たところ、周りとの評価が違うというのはどんな感じなんでしょうか?」
「はい、私は代々、国や王の護衛を務めている家系に生まれました。そんな家系ですから昔から剣を教えられ守るように鍛えられてきました」
彼女は、家柄故に将来は彼女もその任に着くよう育てられたという事らしい。しかし彼女はその裏では戦うことが嫌でいつも逃げたいと思っている。
守ることを目的として育てられたために実力はとても高く、周りから評価されているみたいだ。
「ですが、私はそんな器はない人間なんです。周りから評価を受けても、戦いは好きではありませんし、今更そんなことを言っても理解されないでしょう。気高い騎士を演じなければなりません」
「そうだったんですね。それは辛いですね。今までそれを伝えたことはありますか?」
「一度、お父様に伝えたことはありますが、甘えたことを言うなと叱咤されました。えっと、これは心の病気という物なんでしょうか?」(アンネさんに進められてきたけどどうなんだろう)
ふむ。今の話では望まない事をされられているという状態なため病気とは言い切れない。それにアンネさんの紹介なのか。不安なのはわかるがもう少し話を聞いてみなくては分からないな。周りからの理想の自分を演じるのは思ったよりも心が疲れるだろう。
「まだ、そうとは言えませんね。ちなみに最近、褒められたのはいつですか?」
「そうですね…数週間前に貿易会議でメルキの国に護衛として行った時です。魔物に襲われたので、一人でしたが迅速に対応した際に…」(でも、あの魔物は強くなかったし大袈裟だよ)
メルキの国はすぐ隣の国だったか。それにしても魔物はやはりいるんだな。
それに強くない魔物だったみたいだがどうなんだろうか。
「その時も自分への評価がおかしいと感じましたか?」
「はい、大したことはしてないのでそんなことで褒められるのはおかしいと思いました」
「一つだけいいですか? その魔物ってどんな魔物だったんですか?」
話を聞いたラフトルがふと、そんな疑問を投げかけた。
「はい。セウスウルフが三頭ほど。群れからはぐれたのかそんな様子でした」
「え! セウスウルフなら確かに褒められても仕方ないと思いますけど…」(あれってある程度慣れた冒険者でも強い魔物なのに三頭を一人でって普通にすごいよ)
「いえ、そんなことはないはずです…」(やっぱりそういう反応になるのか。先生はどう思ってるんだろう。やはり私がすごいと褒めるのだろうか)
俺はその魔物の強さが分からないため褒めることもできないだけだけど。
話を聞く限り、その感覚がずれている可能性はあるだろうか。俺TUEEEしている無自覚な主人公みたいな。いや、その例えは失礼だな。
俺は改めて、アンケート用紙に目を通し何を目的とするかを確認した。
「できれば騎士団をやめたい。それが無理でも注目を集められないようにしたい」
どんなことでも現状を変えるには大きな労力が必要になる。
彼女のような家系そのものからの脱却となれば尚更だ。
恐らく彼女はインポスター症候群かもしれない。この病気は周りの評価を受け入れられず、自分を過小評価してしまう精神病だ。
前の世界でも家族から過度な期待をかけられた学生や、運よく大きな企画を成功させ周りから大きな賞賛を浴びたはいいが、自分はそんな人間ではないと思い込むことで発症してしまう。
「騎士団をやめることは厳しいかもしれませんが、注目を浴びないという点については対策できると思います」
「そう…何ですか?」(それだけでも十分だ。もう演じるのにも疲れてきた。今は先生に託そう)
「一つ聞きたいんですけど、近衛騎士ってことは信頼できる部下とかはいますか?」
「はい。部下は大勢います。その中でもいつも一緒に行動している者もいます」(ランスロットとルキウスは特に信頼できる)
なるほど。ランスロットとルキウス。その二人か。
「一つの方法として提案します。そのラ…信頼できる部下に今後の方針を決めさせるのはどうでしょうか? ミレスさんはその指導役に回る」
「指導役…ですか?」(私が指導役、前にも言われたことはあるが私では…)
「はい。不本意かもしれませんが、周りから評価されている、ということは少なくとも周りの人たちにとってはミレスさんの成果は評価されるものであるという認識があります」
指導役に回るような話もあったのだろうか。指導役なら尚更、実力不足だと考えてしまうだろうけど、能力だけで言えばそれだけの実力はあるはずだ。
「なるほど…」(そういうものなのか?しかし…)
「なので、その部下に指導をすることで部下が成果を上げれば、注目はその部下に向くことになると思います。その部下を育てたミレスさんはその部分を褒められるかもしれませんが、今よりはましになると思います」
インポスター症候群の特徴は主観と客観で物事に対しての評価が違うことだ。
客観的に見れば成果と言えることも、主観で見ればそれがたまたま自分だっただけという齟齬が生じている。
人の性格は簡単には変わらないため、どんなにあなたはすごい、できる子だと褒めても認知バイアスによって余計に辛くなってしまう。改善案としては視点を変えてみるのが有効だ。
「それに可能性の話になりますが、もし部下が育ちミレスさんが必要ないという所まで行けば、近衛騎士そのものをやめれるかもしれません」
これはやや希望的観測で根拠はない。お父さんにも強く言われていることもある。しかし、それだけの成果を上げたのならもしかしたら分かってくれるかもしれない。
「それはそうかもしれませんね!やってみたいと思います」(確かにそうだ!私が必要なくなればお父様も分かってくれるはず)
「何かあれば相談には乗りますのでこちらに来てください」
それから対策案を話し合い、ある程度まとまったところでミレスさんは礼を言って帰っていった。少しだけ表情が明るくなっていたが、どうなるだろうか。
これは経過観察が必要なため長い目で見ておこう。
「先生すごいですね! ミレスさんうまくいくといいですけど…」(あんなにすごい人でも悩んじゃうんだな~)
「そうだな。できるだけ俺たちも協力しよう」
心眼をオフにし、ふぅと息を吐くとミレスさんが帰るのを見送ったクレアが部屋に戻ってきた。少し不満そうな顔をしていたが特に何も言わなかった。
それから軽く片づけをして次の患者を待つことにした。
ミレスさんのような気高さを持つことも大事だが、心にウソをついていてはいつか必ず崩れる時が来る。すべてを話す必要はないが時には心の割れ目を修復するために吐き出す必要があるだろう。