恋愛相談
ラフトルが病院で働き始めて数日が経った。ラフトルは記憶力が良いのと相手の感情が色として見えるため、俺の心眼とは別の視点で相手の感情を読むことができる。
「強い感情とかだと身体中からもやもやとした色が濃くなります」
「なるほど。感情の強弱で色の濃さが変わるんだな」
優しい感情は青、怒っていれば赤、何か悩んでいる時は黄色、憎悪などは黒だったり紫だったり様々なようだ。
「先生とクレアさんはいつも空色っていうのかずっと優しい色に包まれていますね。クレアさんはたまにピンク色になったりしますが」
「え! ちょっと見ないでよ!」
「ご、ごめんなさい。見たくて見てるわけではないので…」
「なら、何色が見えてるとかは言わなくていいから」
この数日は、俺やクレアの仕事内容を観察していて、分からないことはすぐに質問し、記憶力が良いためしっかり覚えてくれている。
教育という点では一度教えれば十分なため企業からしたら欲しい人材かもしれない。時々、何もない所で躓いたりするがそれはまだかわいい所だろう。
「そういえば、獣人って種族はこの街でもそんなに多くは見てないけど珍しいのか?」
「どうなんでしょう。私の故郷では冒険者になるか家でほっそり農家などを営んで暮らす人が多いですね」
「大昔の話ですけど、獣人と人間がお互いを差別し合っていた歴史があるんですよ。その影響でお互いが変な価値観を持っているみたいです」
そうなのか。この世界の歴史についてはまだ調べてなかったな。今度少し調べておこう。
ラフトルとクレアにこの世界の在り方のようなものを教えてもらいながら話をしていると、玄関の鈴が鳴った。
「お客さんですかね。行ってきます」
「ああ、頼む」
クレアが慣れた様子で玄関に向かい、お客さんを連れてきた。入って来たのは若い男性というか高校生くらいの少年だった。
「いらっしゃい。どうぞ座ってください」
「あ、はい。ありがとうございます。えっと、ここで悩みを相談できると知って来たんですけど…」
「はい。大丈夫ですよ。先にこちらを書いてもらっていいですか?」
彼は妙にそわそわしていてチラチラとクレアやラフトルを見ていた。
例によって先にアンケート用紙を書いてもらった。書いてもらった紙を見ると年齢は十五歳、やっぱり若かったか。えっと…なるほど。
「クレア、ラフトルすまないが少し部屋を出ていてくれないか?」
「え、何でですか?」
「彼のためだ」
首を傾げたクレアだったが、彼の色を見たのかラフトルが背中を押して部屋を出てくれた。心眼もオンにいておこう。
「えっと、ありがとうございます。女子がいると少し話辛くて」
入った時からチラチラと二人を見ていたのはズバリ恋愛相談で、気になっていたからだ。
「大丈夫ですよ。話を聞いてもいいですか?」
「はい…僕はアンリ・イウウェニスと言います」
彼はこの都市の魔法学校に通っている生徒らしく今回の相談、つまり同じ学校に通っている女の子に恋をしているみたいだ。話はよくしていて仲はいいみたいだが、彼としてはその先に進みたいそうだ。
「でも、いつもただ雑談をしているだけで、その、それ以上の関係にはなれそうにないっていうか…」(ほんとにただの友達って感じなんだよな)
「なるほど。ちなみにその女の子に付き合っている人がいたり好きな人がいたりって話は聞きましたか?」
まぁ、なんとも甘酸っぱい話ではある。気持ちはよくわかる。誰もが通る道かもしれない。
「いや! 無理ですよ! そんな如何にも好きですって言ってるような物じゃないですか」(ばれたら恥ずかしくてかっこ悪いし)
ふむ。考えすぎだと思うがこの若さなら仕方ないか。
「そうですか…。こういう問題は実際の声を聞いてみるのが良いかと思います。クレアやラフトルに聞いてみますか?」
「え! いやー…恥ずかしいので…」(話したいけど恥ずかしい)
この年齢は多感な時期な事もあり、「恋愛」そのものに対してやや恥ずかしい感情を持っているのは当然だろう。今までにない感情に自分が驚いていて誰かに話すこと自体が難しい問題にもなる。
「なるほど…。では、その女の子とアンリ君の共通の友達はいますか?」
「共通ですか…はい。たまに三人で話す女子がいます」(リコは特にラーテと仲いいし俺も話しやすい女子だ)
リコという子が共通の友達で、ラーテという子が好きな子か。その二人が仲が良いなら協力してくれればいけるかもしれないな。
「恥ずかしいかもしれませんがその子に協力してもらう方がいいかもしれません」
「でも…」(そんな事を話してばかにされたくないし)
確かに同じ年ごろの異性に協力を頼むのも恥ずかしさはあるだろう。
しかし、待っていて関係が発展するなら誰も困らないだろう。少しの勇気は必要だ。
「もし、直接相談し辛ければここに連れて来てもらえれば私から説明はできます。そこからはアンリ君次第になりますが」
「…うまくいくと思いますか?」(うじうじしてるのも嫌で今日は来たんだ。ちゃんと言わないと)
彼の気持ちはよくわかる。何か大きな迷いがある時、経験がない事であれば誰かにその選択を委ねたい、結果を決めてほしいと思ってしまう。もし失敗しても委ねた誰かに責任を押し付けられるからだ。
「それはアンリ君次第ですね。ただ勇気を出すのなら全力で私も協力しましょう」
「わかりました。明日連れて来てもいいですか?」(勇気、そうだ先生がそいうなら勇気を出そう。そう決めたじゃないか)
「もちろんです。お待ちしてます」
そして、彼は少し勇気を持ちお礼を言って部屋を出た。
最初に入って来たときに比べてその背中はしっかりと伸びていた。
「先生。何の話だったんですか?」
入って来たクレアが興味深そうに聞いてきた。ラフトルは大体察しているのかやや赤くなっていて何も言わなかった。
「ああ、男の子の悩みだよ」
「なんですかそれ」
「まぁ、明日も来るはずだからその後に話せるとこだけ話そう」
―――
そして次の日、アンリ君はリコさんらしき人を連れて再び病院に訪れた。
「先生。こんにちは。連れてきました」(とりあえず何とか連れてこれた)
「初めまして。リコと言います。先生が最近噂の先生ですか?」(へぇー、この人が。意外とかっこいいじゃん)
「え、俺、噂になってるの?」
「はい。見たことがない病院ができたって話をよく聞きますよ」
リコさんは結構、サバサバしているタイプなのか何か面白い物見たさに来たようだった。それよりそんな噂が広まっているのか。
さておき、本題に入ることにした。少し話をしてみるとアンリ君はどうやらここに来てから説明すると言って連れてきたようだ。
「それで私はなんで呼ばれたの? アンリ」
「あ、えっとね、先生から話してくれるって…」
縋るような目で俺を見てきたが、いきなりか。仕方はないけど。
俺は大まかに事情を話して協力できないか相談してみた。
「うーん、それってさ、アンリが直接言わないといけないんじゃないの?」
「いや、そうだけど…」
リコさんはズバズバといたい所を突きまくっていた。アンリ君はやや泣きそうだ。言いたいことを一通り言い終えると、リコさんはあたかも当然のように付け加えた。
「まぁ、知ってたけどね」
「ええ! 知ってたの? 僕言ってないよ?」
「見てたら分かるわよ。ラーテは多分気づいてないけど」
どうやら普段の行動から好意がまるわかりだったそうだ。彼女は特にフラットな視点で見ていたことで気づいたらしい。ラーテという子はその手の話に疎いそうで好意に気付いていないとも言っていた。
「はぁ、それで先生。私に協力って何ですか?」(正直、二人をくっつけたくはないけど協力してうまくいかなければ私に振り向くかも)
それはそれはとても複雑な状況になってしまうな。そういう事か。
「ああ…えっと、簡単な話でその好きな子にアンリ君が好意を持っているかも、とさりげなく伝えるだけだよ」
「それだけですか?」(どういうこと?伝えるだけ?)
人間心理における第三者からの情報はとても大きい力を持つことになる。恋愛だけではなく、会社や友達との付き合いでも同じだ。誰かから「そういえばお前の事を誰誰が褒めていたよ」なんて言われて嫌になる人は少ないんじゃないだろうか。
人間は見えない部分の情報が自分の評価に関わる話だと、直接本人から聞くよりプラスに感情が動くことがある。
「大事なのはとりあえずその子にアンリ君を意識させることが必要になる。焦っていきなり想いを伝えても気持ちが追いつかずに振られてしまう可能性の方が高い」
それから詳しく伝える内容や、次のステップに移るタイミングなどを伝えて説明を終えた。リコさんには悪いかもしれないが今はアンリ君を応援しよう。
「あとはアンリ君の努力次第になるけど焦る必要はない。リコさんお願いしますね」
「…わかりました」(説明を聞いたけどこの先生何者?人の心を完全にわかってるみたい)
少しヒヤッとした心の声が聞こえたが、この子は人を良く見てるんだな。
「アンリ君も大丈夫? 勇気を出すのは最後だけだからいつも通りに生活するといい」
「わかりました」(リコにも手伝ってもらえるし何とかなるかもしれない、先生ありがとう!)
心の中でどういたしましてと答え、結果が分かったら報告だけお願いし二人は帰っていった。うまくいってほしいものだ。
二人が帰るのを見送ってからクレアとラフトルが部屋に戻ってくる。
「ふーん、あのリコという子は彼の事が好きみたいですね」
「聞いてたのか?」
「え! あ、違うんです! 声が聞こえただけで決して盗み聞きしてたわけじゃ…」
「クレアさん…」
終わってから話そうと思っていたが、もう仕方ないだろう。
女の子もそういう話好きだしな。
「まぁ、聞いてしまったなら仕方ない。お客さんの事だから外では話さないようにしてね」
「わかりました。ごめんなさい。それより先生も好きな人とかいるんですか?」
「それは私も気になりますね」
注意を受けたクレアはすぐに表情を変え、俺の恋愛話を聞いてきた。
正直な話、付き合った人は何人かいた。だが職業柄か深い部分を理解すると女性というものが信用できなくなってしまった。たまたまそういう人たちと付き合っていたのかは分からないが、アンリ君のような純粋な気持ちは少し羨ましく思ってしまう。
「いや、いないよ」
「そうなんですか」
それからアンリ君たちの事もあり、しばらく恋愛話をし他のお客さんが来ないことを確認して病院を閉めることにした。