獣人の少女
病院を開業してから、約二週間ほどが経過した。お客さんは一日に一人から二人ほど来るか来ないかの状態が続いていた。今日もいつも通りクレアと話しながら待っていた。
「最近、少しずつお客さんが増えてきましたね」
「そうだな、とはいってもまだ病院とは言えない数だけど」
「うーん、まだ病院の宣伝が足りないのかな?」
最近の集客状況を話しながら、クレアは首を傾げ顎に手を添えながら考えていた。前の世界でもそうだったが、病院があること自体は国民にとって何かあった時の保険になるが、医師という立場的には病人がいないほうがいいとは思う。
「今度の休みに少し対策を考えようか」
「そうですね!」
クレアはいつもながら元気な返事を返してくれた。二人でいろいろ考えていたところ、玄関の鈴が鳴った。
「誰か来ましたね! お客さんでしょうか?」
クレアが入口に向かい部屋まで案内してくれた。そこには以前、不眠で悩んでいたカミラさんがいた。
「先生。こんにちは」
「どうも。カミラさん、また眠れなくなったんですか?」
「いえいえ! そうではなくて先生のおかげでついに出来たんですよ!不眠用のポーション!」
材料を教えてから二週間、特に音沙汰なかったができたのか。早くないか?
「もう出来たんですか? すごいですね」
「はい! 私たちもびっくりですよ!」
カミラさんの研究所では俺が材料を教えてからすぐにポーションの生成に入ったそうだ。しかし今までの研究では使わない薬草があったため試行錯誤をとにかく繰り返したそうだ。
本当に教えた材料でできるのか不安だったがカミラさんが一日で不眠が治っていたこともあり希望は捨てなかったそうだ。そしてつい昨日、試薬品一号ができたみたいだ。
「これから量産体制を整えるために忙しくなりそうです」
「それは良かったです。頑張ってください!」
「はい!あ、あと先生の事と病院の事はみんなにも伝えました。普段から結構困っているって話している人は多いので、もしかしたら来る人が増えるかもしれません」
それはありがたい話だ。一応精神科とは銘打ってるが何でも相談屋くらいの気持ちで来てくれれば十分だ。
「ありがとうございます。カミラさんも何か困ったらまた来てください」
「わかりました。それではまた来ます!」
そういってカミラさんは軽快に帰っていった。本当にうれしかったのが良くわかる。薬やワクチンみたいなものはできるまでに時間がかかるものだが、こんなに早く作れてしまうのなら問題も解決しやすいだろう。
「さすが先生ですね!」
「こればっかりはカミラさん達の努力と言えるだろうな。俺は材料を教えただけだし」
「でも、なんで先生は作れたんですか? 作り方を教えたほうが効率がよかったと思うんですけど」
痛い所をついてくるな。確かにポーションを量産して販売するのも良かったかもしれない。異世界なら確かに俺SUGEEができただろう。しかし、何事も適材適所というものがある。俺は金が目的なわけではないしあくまでも精神科医だ。
ポーションの生成は趣味みたいなものだし、特に専門家なわけでもない。
それに仕事が増えるのも大変だ。
「作ろうとしている人たちがいるのに、それを奪う必要もないだろう。人は協力して何かを成したほうが幸福度は増していくんだよ」
「うーん、そっかー。あ、でも私も先生と仕事できて毎日楽しいですよ!」
「仕事という仕事はまだしてないけどな」
はにかむ笑顔を向けられ少しドキッとしてしまった。誤魔化すために平静を装っていたが大丈夫だろうか。クレアと話しているとこういうことがたまにあるためいつか思わず表情に出そうだ。
「さて、今日もそろそろ閉めるか。少し薬草を探しに行きたいしな」
「じゃあ、私もついていっていいですか?」
「街の外だから少し危ないかもしれないよ」
「この辺は魔物とかはいないから大丈夫ですよ。たまに盗賊に襲われたって報告があるだけで」
その方が怖くないか?この世界では魔物の方が脅威となるんだろうか。
そんな不安を抱えつつ、病院を閉めて薬草採取に向かった。
クレアの前でステータス画面を開くのも変な話であるため、一度部屋に戻り必要なものを紙に書き出しておいた。
――――
街の外に出て女神ガイドに記されてあった採取ポイントに着いた。いつもの採取ポイントから近い場所のため、この辺はもしかしたら知る人ぞ知る場所なのかもしれない。
「それで何を集めるんですか?」
「ああ、今回集めるのはこれだ」
紙に書き出した薬草をクレアに見せた。今回集めるものはグリフィシアとヒペリクムという薬草で抗うつ薬を作るのに必要だ。この世界でうつ病があるのかはわからないが人間社会であるため可能性として考えておこうと思う。
「二つですか。これはどんな薬草なんですか?」
「一つずつ、手分けして探そうか」
周りから一つ薬草を取り、同じものを探すように指示を出した。俺ももう一つの薬草を探すため、少し離れたところに移動した。
数十分ほど採取を続けて、暗くなり始めたため帰り支度を始めた。
「クレア、そろそろ帰ろうか」
「はい、このくらいでいいですか?」
クレアは持ってきていたカバンいっぱいの量を集めており、少し汗ばんでいるようにも見えた。彼女の性格から手を抜かずに頑張っていたのが良くわかる。
「おお! 十分すぎるな! ありがとう」
「えへへ~! 先生のために頑張りました!」
クレアはいつもの笑顔を浮かべ褒められたことに嬉しそうにしていた。そして帰ろうかと街の方に向かう所で声をかけられた。
「お、お前たち! 痛いことをされたくなければ金を出せ!」
振り向くと採取ポイントからやや離れた木の裏から耳の生えた少女がナイフを片手に震えていた。あれは獣人とかいうやつか。
「あなた誰よ!」
「え! あ! 私は盗賊だ! い、痛い事されたいのか! 早く金を出せ!」
クレアはいつもの口調よりやや怒気を含んだ口調で尋ねていたが、相手の少女はとても怯えている様子で盗賊にはまるで見えなかった。
「盗賊って…そうは見えないけど」
「い、いいから早くしてください!」
うーん、何だろうか。とても盗賊には見えないし、何より距離があるのに震えているのが良く見える。何か事情があるのだろうか。
「先生、ほっといて帰りましょう」
「あ! ちょっと待ってください! お願いします~!」
少女はクレアの発言を聞き、こちらに急いで走ってきた…が。
「ふぎゃっ!」
見事に躓いて、こけていた。
「なんか可哀そうになって来たな。話だけでも聞いてみよう」
「そうですね…」
クレアも同じだったのか、可哀そうな物を見る目に変わっていた。
それから俺たちは彼女の傍に近寄り話を聞いてみた。心眼もオンにしておいた。
「いきなりすみませんでした。私はラフトルといいます。もうどうすればいいか分からなくて…」
正座の形で頭を下げ謝ってきたラフトルという少女は、もとは冒険者だったそうだ。事は一週間ほど前に、同じパーティメンバーに使えないと言われ、次に日にはメルカトゥラに取り残される形で強制的に別れることになったという。
そして最近薬草集めをしていた俺の姿を見て、身なりもよく細くて弱そうだったため、襲うタイミングを窺っていたそうだ。だが、今回に限ってクレアがいたことでどうするか迷ってしまいあのような感じになってしまったそうだ。
話を聞くと同情してしまい、何も言えなくなってしまう。どこの追放物だよ。
「これまでも盗賊の振りをして襲っていたのか?」
「いえ、最初はお金も少しありましたし、何とかなってましたが冒険者が商業都市に来ていきなり働こうとしてもいい顔はされません。いろいろお店を回っていましたが私が獣人ということもあってなかなか…」
やはり獣人だったのか。猫耳のようなものに尻尾も生えている。小説なんかで読んでいたが、実際に見ると人とそこまで変わりはないんだな。それにしても獣人という種族はあまりいい印象はないのだろうか。この辺りはまだ理解が乏しいため今度調べておくか。
「そうなのか…これからどうするんだ?」
「…もう少し探してみて、何もなければ身体を売るしかありませんね…」
それは噂で流れていた奴隷商とかそんな所だろうか。それは寝覚めが悪いな。
さて、どうしたものか。
「先生。病院で働くのはだめですか?」(もう見てられない、なんとか助けてあげたい)
クレアはきっと前の出来事から周りから仲間外れにされたことに共感してしまう部分があったのだろう。確かに、同じ境遇の者同士は普通に比べると親和性が高いことも事実だ。
「そうだな…ラフトル。何か得意なことはある?」
「得意な事…ですか。魔法が少し使えることと獣人としての特徴で五感は鋭い方だと思います。でも、話した通り私は使えませんから雇ったとしてもお役には立てないと思います」(この人たちは優しい色をしている。でもきっと、私が使えないとわかればまた捨てられる、それなら最初から…)
優しい色? 比喩だろうか。しかしメンバーから置き去りにされたことが相当堪えているのだろう。ずっと表情が暗い。どんな人でも必ず適した環境というものがある。彼女のあの怯え方、もしかしたらもともと戦うことが苦手なタイプだったのかもしれない。
「わかった…ラフトル。とりあえず見習いとしてうちに来ないか?」
「見習い…ですか?」(どういうこと?)
「今は行くところがないんだろう。そこでいろいろ学んでほしい。その上でやりたいことや、行きたい場所を見つけるといい」
前の世界でも先が見えなくて困っている人は大勢いた。何がしたいのか、何が得意なのか分からずどうすればいいか分からない。特に思春期の子供に多い。
本来であれば親や教育者は、その子が何が得意でどういう特性があるのかを模索して、その道を示してあげるものだ。
「ですが、本当に私は何もできませんよ…」(この人たちは本当に優しいんだ。色がとても濃い。でも頷いてしまえばあとで後悔させてしまう)
比喩ではない。この子にはその人の感情が色として目に見えているのかもしれない。これは立派な個性で強みだろう。
「今はできなくてもいい。だが数か月、数年後に何か一つ得意なことが見つかればそれでいい。今は学ぶ事が必要だ。頑張れるのならうちで雇おう」
ラフトルはしばらく考えていた。二つの感情が鬩ぎあってぐるぐると禅問答のように行ったり来たりしているのだろう。しかし、少しの間があって彼女は答えを出した。
「…もし、私でもできることがあるのなら頑張りたいです」(もう捨てられたくない。役に立ちたい。得意な事を見つけたい)
この子もきっとずっと悩んでいたのだろう。この一週間ほどどうやってこれから生きていくのか。場合によっては本当に身体を売る選択をして、嫌なことを続けていたのかもしれない。
「よし! じゃあ帰ろう。お腹空いてるだろう。よろしくなラフトル」
「よろしくね! ラフトルさん!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
こうして獣人の少女ラフトルを迎え入れ、俺たちは街に戻るのだった。