劣等感
クレアとコロンが先に帰り、俺は午後から診察をするため準備された部屋に向かっていた。そこは空いている教室の一つを診察のための部屋に設定したものだ。
教室に一人、というのは改めてとても広く感じる。
「教室に入るのは久しぶりだな」
学生の頃を思い出し、置いてあるいくつかの机などを移動させ、診察のしやすい状態を作っていく。
一時間ほどで設置を終え、生徒が来るのを待っていた。
「いい感じになっていますね」
書類やポーションを取り出し、整理しているとリディアさんが来て
変わった部屋の様子を確認し、そんな感想をこぼしていた。
「急ごしらえなのでこのくらいが限界ですね」
「すみません。必要なものなどありましたら遠慮なく仰ってください」
「ありがとうございます」
「それでは、生徒たちの事よろしくお願いします」
リディアさんは様子を見に来ただけの様子で、これからやることがあるためすぐに部屋を後にした。
それからすぐに午後を知らせるチャイムが鳴り、持ってきていたユリアさんのパンを食べていた。食事を終え生徒が来るのを待っていたが、やはり初日であるためか、一時間、二時間と待っても一人も来る気配はなかった。
「まぁ、さすがに急には来ないか…」
そんな事を呟きながら、ステータス画面を開きポーションの量産をしていた。
―――
数時間が経過して、今日はもう来ないかもしれないなと思っていた所
ドアをノックする音が部屋に響いた。
「どうぞ」
「失礼します…」
ゆっくりとドアを開き、おどおどとしながら入って来たのはショートカットの少女だった。
「こんにちは、ここに来れば相談ができると聞いてきました…」
「こんにちは、もちろんですよ。こちらに掛けてください」
俺は準備していた椅子に案内して少女を座らせた。心眼もオンにしておく。
「その…集会でも思いましたが、若い…ですよね」(それにかっこいいなぁ)
「そう…ですね。そうかもしれません」
その少女は開口一番に見た目の若さに驚いているようだった。
確かに病院などの医師は三十代後半くらいの人が多いかと思う。
この世界では二十歳の設定のため若く見えるだろう。
「えっと、今日話したことって他の人に話したりはしませんか?」(他の人に見つからないように来たし、大丈夫だよね…)
「もちろんですよ。二人だけの話になります」
知り合いや友達には内緒で来たのか、少女にそう告げると表情が明るくなった。多感な時期な学生は自分が何かに悩んでいたり、誰かに話すことを恥ずかしがる傾向にあるため仕方ないだろう。
「私はリョウといいます。学校にいるときはいつでも話を聞きますからね」
軽く自己紹介をすると少女はゆっくりと話し出した。
「私は、イリスです。相談というかこの学校にいるといつも変な感情になってしまう事があって、先生の話を聞いた時にもしかしたらと思って来ました」(心の病気?なのかもしれないけど、自分でも分からないからとりあえず来てみたけどいい人そうで良かった)
「なるほど。変な感情…それはどんな時になりますか?」
「はい、学校では魔法の講義があることは先生も知っていますか?」
どうやら、俺が外部の人間であるため魔法について疎いと思われているのかそんな確認をしてきた。軽く返事をして話を続けさせた。
「その講義の中でいつも他の友達とかができることを、私だけができない事があります。そういった時に、なんていうか、変な感情になります」
「実技の講義だけでなくても、魔法の座学を受けた時に先生に質問されて答えられない事があると、後から友達に『あれは基本的な事だよ』とか言われた時にもなります」
「そうでしたか。その感情になった時、自分の事が嫌になったりしますか?」
「はい。なんで自分にはできないんだろうって思うことがあります」(私だけみんなとは違うのかな)
なるほど。これは学生や社会人になりたての時に苛まれる感情だろうな。
正体は言うまでもなく「劣等感」だろう。
人は生きていく中でどうしても周りとの優劣を決めたがる人種だ。
どんな環境でも「俺はあいつよりも優れている」と思いたいし、逆に「私は周りに比べて能力が低い」と自己嫌悪に陥ることもある。
断言しておくと、そもそも人は生まれも育ちも環境も違うため、人によって能力が違うことは当然だ。比べること自体がナンセンスだ。
「それは人が持つ正常な感情なのでそこまで深く悩まなくても大丈夫ですよ。私も医師としていろいろな人を見てきましが、イリスさんのような感情を持っている人は他にもいます」
「イリスさんだけではないので、安心してください」
「そうなんですか?」(私だけだと思ってたけど他にも一緒の人がいるんだ)
彼女のようなタイプは、その環境に於いて他に仲間がいない事、疎外感を感じている事があげられるため、一人ではないことをしっかり伝えてあげる必要がある。
「それに今は気付いていないかもしれませんが、イリスさんにも周りよりも優れていることが必ずあります。例えば…何か好きな事はありますか?」
「好きな事ですか…絵を描いたり、歌を歌ったりですかね」(家に帰ったら気付いたら何か描いてるし、お風呂に入ったりするときは歌も歌ってるからそれかな)
「それはいい事ですね!私は魔法については多分、ここの学生よりは知識が少ないと思いますが、使い方は人によって様々だと思います」
絵を描くことが好きで趣味で描いていた人が、気づいたら有名なイラストレーターになっていたり、専門の知識を学んでいて違う道に進むことになっても時間が経った時に学んだ知識が役に立ったり、どこで活かされるか分からないものだ。
「すぐには無理かもしれませんが、周りができることが自分もできるとは思わない事です。人によって趣味や性格も違いますからね。全部が同じだったらそれはそれで自分のコピーになってしまいます」
「それが違うから、趣味や好きな事が同じだと嬉しいし、嫌なことをされて嫌だと感じることができます」
「確かに、友達と話をするのは楽しいです。たまに言い合いになったりしますがそれも仕方ない事なんですね」(そっか、いつも言い合っていたのはそういう事があったからなんだ)
少し、納得した様子でイリスさんは大きく頷いていた。
「でも、これからもあの感情になるのが怖いです。どうすればいいですか?」(あの気持ち悪い感覚になるのはもう嫌なんだよね)
「今までは恐らく、周りに合わせて魔法を学んでいたんじゃないですか?」
「え、はい。そうです」(なんで普段の私を知らないのにわかるの?)
性格は簡単には変わらないが、変えようとする気持ちは大事だ。彼女は劣等感の原因は分かっているがその正体が劣等感であると認識はしていない。
彼女くらいの年齢なら、今の内に正しい道に進めれば、成長した時に大きな力になるだろう。
「少しずつでいいので、学んでいる魔法を好きな事に使えるようにいろいろ試してみるのはどうでしょう?」
「好きな事…ですか」(魔法を好きな事にってどういうこと?)
「例えば、絵を描くのが好きなら魔法を使った特殊な絵を描いてみるとか、歌に魔法を使って音響を変えてみるとかですかね…」
俺もこの世界の魔法についてはそこまで詳しくないため、何となくで思いついた案を言ってしまった。だが、生活に使える基本的な魔法を学んでいるなら応用として様々な分野に使えるかもしれない。
俺ももう少し魔法について勉強した方がいいな。
「それは!考えたこともありませんでした!」(それならコール先生に聞いてみよう)
リディアさんに簡単にこの学校の教師の情報を聞いたが、コール先生は確か芸術に長けた教師だったか。
「先生、すごいですね!」(かっこいい上に頭もいいのはすごいなぁ)
「いや、ごめん。今のは思いつきで言ってしまった事で保証はありません」
イリスさんは目から鱗と言わんばかりに驚いていたが、にわか知識の自分の提案を真に受けて、後からさらに落ち込んでしまっては元も子もない。
すぐに謝罪をした。
「いえ!確かコール先生が前に同じことを話していたような気がします。その時は聞き流してしまいましたが、すぐに相談に行こうと思います」(魔法で何かを描いていた講義があったはず。もっとちゃんと聞いておけばよかった)
「そうなんですか…それなら良かったです」
思わぬ証人がいたことで俺の提案が現実的であることを知り、安堵した。
「それなら焦らずに少しずつ学んでいった方がいいですね」
「ありがとうございます!早速、先生の所に行こうと思います!」
イリスさんはガタっと立ち上がり、お礼をして部屋を出ようとしたが立ち止まってこちらに向き直した。
「あ、あの。先生は定期的に学校に来ると聞きました…」
「はい。二週間に一回くらいで来る予定ですよ」
「その、相談がなくても話をしに来てもいいですか…?」(会える時間は短いけどもっと先生と話してみたいなぁ)
「…もちろんですよ。コール先生への相談などの報告も含めて話ができればと思います」
俺は心の声を聴きながらも笑顔でそう返事をして、それを見たイリスさんはもう一度礼をして部屋を後にした。
イリスさんの話を聞いて、そもそもどんな感情なのかが分かっていない事が判明した。
先日学校を見学した時にも何かに悩んでいるような生徒は多く見えたが、もしかしたらイリスさんのように一体何に不安を感じているのか分かってない生徒も多いのかもしれない。
イリスさんは劣等感を無意識に感じていたが、前の世界ではほとんどの人が自分の方が優れていると思いたいがために見栄を張ることが多かった。
自分の承認欲求を満たすために自分よりも下だと思う人を見つけ、それを周りに誇示する。学生の時に気付ければまだいいが、大人になってしまうと修正が難しくなる。
こういった気づきをきっかけに周りと比べることは不毛だと考え、自分の長所を見つける行動をした方が先の役に立つだろう。
俺はカルテをまとめて次の生徒が来るのを待つことにした。




