表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Blue Haruzion-ある兵士の追想-   作者: Satanachia
1/9

第一章 「出会い」

 穏やかな日の光が薄桃色のカーテン越しに寝室を照らす。

 五月を目前にした外の世界では小鳥たちが静かにさえずっている。

 一日の訪れを感じながら窓の傍の小さなテーブルの上に置かれた植木鉢に、アンティーク調の如雨露片手にマウリア近付いた。

「今日はいい天気だね」

 光り輝く雫を纏う花に思わず彼女は語り掛ける。

 植木鉢の花はハルジオンという。世間一般では雑草とされていて、わざわざ植木鉢で育てる人はなかなかいないと思う。

 しかし、愛着というのは不思議なもので、育てるうちに成長を見守るのが楽しくなり、この花も八年目の開花時期を迎えた。

「八年も経つのか……」

 窓の外に広がる景色を眺めながらそんな言葉を吐き出す。

 今眺めているのと似たような景色を彼女は八年前も見た事がある。

 あまり思い出したいと思えるような記憶ではないけれど植木鉢のハルジオンが開花時期を迎える度に鮮明に蘇るのだ。

 「でも今日は素敵な日だね」

 憂鬱な記憶で頭がいっぱいだが、今日起こる事柄が嫌な気持ちを追い払ってくれる。

「今日は久しぶりに向き合えるかな」

 いつもなら頭を過っても、深くまでは思い出さない記憶の引き出しに、心の中で手をかける。

「よし! あと一息」

 今日これから起こる事柄に向け、八年前の記憶を思い出しながらマウリアは寝室を飛び出す。

 彼女を送り出すように揺れるハルジオンは可愛らしい花を咲かせていた。


 マウリアが人生で最も忘れられない経験をしたのは十五歳の時だった。

 その時は科学の競争が顕著に見られて多くの技術が生まれた時代だった。


 世界中でアンドロイドをはじめとした開発技術が発展して、どこへ行ってもアンドロイドやロボットを見ない日はなかった。

 だからといってアンドロイドともなれば見た目は人間と遜色ないし、異形の見た目のロボットは、兵器として使われていて、

 生活区域で見た事もなかったから普通に生活する分にはあまり特殊な景色ではなかった。


 ただ、マウリアの生活は他の人とは少し違っていた。彼女の父は「最高の開発者」と呼ばれる世界でも名の知れた存在で、

 アンドロイドの開発においては右に出る者はいなかった。

 生まれてすぐに母親を亡くし、父もなかなか家族の時間を用意できなかったために彼女の周囲には常に父の作った

 アンドロイドやロボットがいて、彼女も幼い頃からそれらと家族のような関係を築いていたのだった。

 しかし、それ故に人との関わり方が分からなくて学校等ではなかなか馴染めなかった事もあったので、思春期を迎える頃にはアンドロイドが嫌いになった。

 誰にも心を開けずに、周囲に対して壁を作ってずっと一人で過ごしていた彼女は、十五歳になった時に父が歴史上最高とされるアンドロイド兵器を発明したために世界から注目されて更に家族としての時間を減らしてしまった事も、良い気分はしなかった。

 彼女には父がどんな仕事をしているのか詳しくは知らなかったのだが、彼に向けられる世間からの視線で理解していた。

 特に十五歳の時に作られたアンドロイド兵器が、実際に運用されて畏怖の視線が顕著に感じられるようになってから、彼女も父の仕事を忌むようになっていったのだ。

しかし、父がどれだけ誹謗されようと彼なりに自分を育てるために尽力していた事を彼女も当然理解していたから、余計、どのように父と接すればいいか分からなくなっていた。


 そんな彼女の生活が変わったのは父のアンドロイド兵器が運用されて一月後だった。

 ある時、学校から帰ったらいつもなら殆ど家にいない父が昼間から家にいたのである。眼鏡越しでも静かな迫力を感じるまなざしは久しぶりに見ると少し圧倒される。狷介さが垣間見える仕草も、無駄のない簡潔な挙動も記憶していた姿となんら変わりなかったが、

「……えっと?」


 見慣れない女性が彼の隣に立っていて、マウリアは少し困惑した。

 透き通るような白い肌にシャープな顔立ちは、どことなく北米系の舞台女優を彷彿とさせる。

 翡翠色に輝く瞳と雲一つない快晴の景色のような空色の頭髪は彼女の身に纏う瑠璃色の服によく似合う。

 氷のような鋭く凛々しい雰囲気に包まれたその女性はとても美しかった。

「初めまして、お嬢様」

 戸惑うマウリアとは対照的に落ち着き払った挙動のまま、その女性が口を開いた。

「私、ドクトルの命によりお嬢様の使用人を務める事となりました汎用戦闘アンドロイド・プロトタイプ十六号機と申します」

「使用人……?」

「ドクトルに代わってお嬢様の生活のサポートを致します」

 淡々と返答をした後、彼女はマウリアの方をじっと見る。

「……どういう事?」

 未だに落ち着きは取り戻せなかったが何とかその言葉を父に絞り出した。

「彼女はマウリアの使用人として僕が作ったアンドロイドだ」

 数週間ぶりに聞いた父の声は疲れているのか生気が薄かった。父は続けて言う。

「僕はまたしばらく帰る事が出来なくなるから僕の代わりにマウリアの傍に誰か置こうと前々から思っていたんだ」

 彼の説明を聞きながら幾分か落ち着いたのでマウリアも口を開いた。

「その人には悪いけど余計なお世話だよ」

「私、もう数か月したら十六だよ? 今更そんなの必要ないわよ」

 やっとそれだけを口にする。


「ん……」

 マウリアの言葉をおおよそ予測していたのか、父は何とも言えないような微妙な声を出して下を向く。

 無理もない。マウリアは一人でいることが多くなってから家中のアンドロイドの電源を切って過ごしていた。

 いくら帰る事が少ない彼でもそれくらいは知っていた筈だ。

 だからこそ、マウリアには理解できない。


 それにも関わらず彼がアンドロイドを、それも自分と娘との距離が離れた原因である「戦闘」アンドロイドを使用人として連れてきて、何故娘の前に立たせているのか。

「話は終わり? もう部屋に戻っても良いかしら?」

 複雑にこんがらがる心境が乗り移ったかのようにやや早口で捲し立てる。ばつが悪そうに佇む父を横目に 部屋を出ようとマウリアが背を向けた時

「お嬢様」

 アンドロイドの女性が彼女を呼んだ。凛々しく透き通るような彼女の声はこのギスギスとした空間には不自然に感じる。

「ドクトルは今や世界中に知られてしまいました」

 彼女はゆっくりと喋り始めた。微かに彼女の声色が変わったような気がして思わずマウリアも立ち止まる。

 彼女の挙動に少しだけ無機物の塊とは違う何かを感じたのかもしれない。

 十六号機は話を続ける。

「一月前にドクトルが発明したアンドロイド兵器は歴史的な発明として世間に認知され、あらゆる戦場に運用されるようになりました」

「知っているよ。毎日新聞にでかでかと載っているんだから」

 普段通りのマウリアならば「ああ、そう」とだけ言って立ち去っていただろう。今だってそうするつもりだったのだ。

 だが、不思議と違う言葉を選び、口にした時にはまた二人の方へ目を向けていた。

 どうしたのだろう? まるで自分が自分でないようだ。夢の中では時々今みたいに人と面と向かって話す事もあったが……。

 普段の彼女にしてみればあまりにも突飛な行動をとり続けている今の自分の様子に彼女自身も驚いていた。

 それでも気付いた時には喋り始めていた。

「その色々な所で悪目立ちしている貴方のお仲間のアンドロイド兵器とそれを作った私のお父さんのせいで、私が普段どんな目で見られているか知っているの? ねえ。私は何もしていないのに……この家の人間というだけで毎日嫌な視線を向けられるこっちの気持ちはあなたには理解できるの?」

 喋るうちに、次第に興奮していたらしい。最後のほうは部屋中に響いていた。いつぶりに本心を言葉に出しただろうか? 出会って間もないにも関わらずマウリアは十六号機に怒りをぶつけていた。

「……申し訳ございません。……お嬢様」

 激しく呼吸を繰り返すマウリアを前に十六号機が口を開いた。

 彼女の挙動はさっきから変わらないように見えたが、落ち着いてよく見ると先程と比べてどこか哀愁を感じた。

 悲しんでいるのだろうか?その顔を見るとマウリアはどういうわけか少し胸が締め付けられるように感じた。

 アンドロイドに対してそんな事は今まで感じなかった筈なのに。

「私、お嬢様のお気持ちを理解しておりませんでした」

 そんな彼女の微妙な心理変化をよそに十六号機は続ける。

「しかし、どうかドクトルの心も聞いて頂きたいのです」

「お父さんの……」

 揺らいでいる自分の胸の内に戸惑いつつ、ゆっくりと父の方へ視線を向ける。


「……本当に苦労をかけてしまったと思う」

 少しの間をおいて父は喋りだした。

「死の開発者なんて呼ばれ、父親としてではなくその忌み名のままでしかマウリアと向き合ってこなかった僕に、こんな事を言う資格はないのかもしれないけど……マウリアには幸せに生きて欲しいと思っている」

「……お父さん」

 思わず口から言葉が漏れる。

 彼の感情は言動からは測りづらい。どんな時でも一本調子な人間の心理変化を読み取るのは、例え家族であってもなかなかに難しいものだ。それでもマウリアの知る彼は彼女の周囲にいる者達のように、相手の機嫌をとるためにわざわざ思ってもない事を口にする男ではない。

 何も隠さずに親として自分と向き合おうとしている父の姿にマウリアがさっきまで感じていた怒りは沈んでいった。

「だから、また僕のせいで苦労をかけてしまうのは本当にすまないと思っている」

 彼はマウリアの目をしっかりと見て続ける。


「僕はもうただの開発者ではいられなくなってしまった。歴史上最も危険な兵器を世に生み出してしまったのだから、これからはより多くの人間から敵視されるだろう。だからその家族であるマウリアもきっと……」

 そこまで言って口を閉じる。だが、何が言いたいのかはそれ以上口にせずともマウリアにも理解できる。

「僕のせいでマウリアの生活まで脅かすのはもう沢山だ。そのために彼女が、マウリアを近くで見守る存在が必要なんだ」

 やはり、彼自身マウリアとどう接すればいいか悩んでいたのだろう。普段の冷静さを欠いて、しどろもどろに口を動かしている。それでも彼女のために行動しようとしているのはマウリア自身よく分かっていた。


「……わかったよ」

 父の言葉を遮ってマウリアが言う。

「ありがとう。もうわかったから」

 そう言って、再び彼の隣に立つアンドロイドに目を向ける。

「……さっきはごめんなさい。酷い事を言って」

「お嬢様?」

 父に少し強張った笑みを向けながら彼女の方へマウリアが歩き出す。

「……私、人付き合いが下手くそだから、きっとあなたには沢山迷惑をかけてしまう。

 だけど、これから精一杯向き合うから……」

 翠玉色の瞳を真っすぐ見ながら言葉を紡ぐ。

「どうかよろしくお願いします。えっと……十六号さん」

「お嬢様……」


 アンドロイドは一瞬の沈黙の後、マウリアの前で片膝をついた。

「私、Haruzionプロトタイプcordシックスティーン。この命、只今より貴方に捧げます」


 胸に手を当て、マウリアを見つめるアンドロイドと目が合う。

 十六号機の挙動は依然として変わらなかったが、彼女の表情が少しばかり綻んだようにマウリアには見えた。


  2


 マウリアが最も嬉しい経験をしたと記憶しているのは十六歳になる少し前、朝起きたら十六号機が部屋に入ってくる日常に慣れ始めてからだった。

 彼女が自分の使用人になった次の日にはもう父は家を離れていたが、その日から自分に「おはようございます」と朝の挨拶をしてくれる存在が外出先ではなく家の中にいたので、少しくすぐったく感じたのが随分と前の出来事となった。初めこそぎこちないやり取りしかできなかったマウリアも、自然な距離感というものをなんとなく掴んで十六号機と接する事が出来るようになっていた。

 彼女との生活を通してマウリアが驚いた事は、十六号機がマウリアの知っている「戦闘」アンドロイドと

あまりにもかけ離れていた事だった。マウリアの身の安全のために生身の人間ではなく、常人よりも強力な力を持つアンドロイドを使用人に選んだ父の考えをマウリアは理解していたが、本心を言うと少しだけ不服だった。

 というのも、マウリアの欲しかったものは傍にいてくれる「人間の」友達だったからだ。

 彼女に対して最初上手く接する事が出来なかったのもそういった思いがあった事が理由である。

 しかし、十六号機は明らかに他のアンドロイドと違うとマウリアはすぐに気が付いた。それは彼女の日々の様子が教えてくれた。

 十六号機は反応こそクールだが、それは彼女の知るアンドロイドが見せる機械的な反応とはあまりにも

違っていて、むしろ人間を相手にしているようにすら思えた。彼女の表情や声色が変わるタイミングは人間のそれと殆ど遜色がないし、自分と話している時の反応も学校で話している人と違いをあまり見つけられなかった。ある日、突然雨が降ってきた時に、どこか慌てたような様子で洗濯籠を抱えて足早に外へ駆け出して行った動きは本物の人間にしか見えなかった。

 そのため、マウリアも自然と彼女に対して抱いていた警戒が薄れていったのだった。マウリア

 と共にこの家で生活するそのアンドロイドは、あまりにも人間に近かったのだから。


 気になったので、父から貰ったきり一度もしっかりと読んでなかった彼女の説明書をマウリアは読んでみることにした。

 するとそこには「感情特化メモリ」という部品のレポートがびっしりと書いてあった。彼女が父を世界中に知らしめた、あのアンドロイド兵器の試作機である事は聞いていたが、兵器としての運用ではなく、父がマウリアの使用人にするためだけに、量産化が成功した後も試作機を使って「人間らしい」アンドロイドの研究をしていた事を、説明書を初めて読んでマウリアは知ったのだった。十六号機はそんな父の研究が形となった、マウリアだけの大切な「人間の」友達だったのだと彼女は初めて気付いたのだった。

 その瞬間にマウリアは、十六号機が朝の挨拶をしてきた時にいつものように「うん……」とだけ答えないで、違う言葉を返す事を考えたのだった。


 午前六時を告げるアラームを止めながらマウリアは大きく欠伸をした。今から挨拶をしに部屋に入ってくる十六号機の事を考えていたら昨日はあまり眠れなかった。二度寝をしないようにわざわざベッドから手の届かない位置に置いてあるアラームを止める事が出来るのだから、当然マウリアはベッドから出ている事となる。

 つまりアラームの停止が十六号機に起床を伝える合図となる。いつも、それを合図に彼女は部屋に入ってくる。

 ……ノックの音。

 いつものように彼女は入って来るだろう。そしていつものように私の素っ気ない相槌が返って来ると知りながら挨拶をしてくる筈だ。……そして私も彼女の予想通りの行動を取る。

(いいや、今日は違う)

「失礼いたします」

 透き通るような声がした後、彼女が入って来る。まるでおとぎ話の世界から飛び出したような美しい顔は改めてちゃんと見ると、少しだけ照れくさくなる。

「おはようございます。お嬢様」

(……来た)

 分かっていても、やはり実際にその瞬間を迎えると委縮してしまう。マウリアは自身の心臓がかつてないほどの勢いで鳴るのを感じた。

(……大丈夫だ。普通の人は「友達」にこれを毎日やっているのだ)

 ありったけの勇気を全身に滾らせて、口を開く。

「うん……」

 いつも通りの相槌を打つ。

 ……だが、今日はこれでは終わらない。

「おはよう。十六号さん……」

 ……やはり委縮していたようだ。自分が思っていたよりも声が小さかった。

 十六号機の仕草が硬直したような気がして、一気に不安な気持ちが心を支配する。

(やっぱりどこか不自然だっただろうか……)

 自分の中では最適な行動をしたつもりだが、今まで友達がいなかったのだから、本当の正解なんて分かる筈がない。

 恐る恐る彼女の顔へ視線を向ける。


 今まで見た事のない顔をする十六号機にマウリアは心底驚いた。彼女と生活をしているうちになんとなくだが、

 彼女が今どんな事を感じているのかをマウリアは表情から読み取る事ができた。しかし、今の十六号機の顔は、仮に彼女に初めて会った人間でもどんな顔かが容易に理解できる筈だ。

 目を見開いて、不規則に視線を揺らしながらマウリアを見ている……。十六号機は今、明らかに驚いている。

 いつもならシャワーやら朝食やらの話題に移行する筈だが、今日は何も言ってこない。

「ごめんなさい。いきなりびっくりしたよね」

 彼女の反応に戸惑って、自然とそんな事を口にする。挨拶の次の言葉が謝罪になるとは思わなかった。

 世間一般の「友達」とはこんな会話をするのだろうか?

「……いえ、申し訳ございません。お嬢様」

 十六号機はゆっくりとそれだけ言う。

 まさか彼女の方からも謝罪が来るとは……マウリアはもはや何が普通なのか分からなくなる。

 そんな時、十六号機はこう続けた。


「ただ、私、分からないのです……。何だか胸が温かくなっているように感じるのです。なんというか、

 こう……ぽかぽかとするのです。お嬢様が私を使用人として認めてくださった時、似たような事を感じましたが……。これは一体何なのでしょうか?」

(……なんだ)

 彼女の返答にマウリアはほっと、胸をなでおろす。

「それは、きっと嬉しいんだと思う」

 彼女の元へ歩きながらマウリアは言う。

「嬉しい……これが、嬉しい……ですか」

 言葉として自覚すると、その価値が理解できたのかもしれない。マウリアが彼女の目の前まで来た頃には、彼女の表情は綻んでいるように見えた。片膝をついて、マウリアを見ながら決意表明をしていた、あの時のように。

 そんな彼女の顔を見るとマウリアが感じていた迷いは何処かへ去っていってしまった。だから、マウリアが言うべきだと思って心の中に隠していた言葉を口にすることに、もう抵抗など感じなかった。

「今まで上手く接する事ができなくて、ごめんなさい。少しだけ十六号さんを信用できなかったの……。貴方もただのアンドロイド兵器でしかないんじゃないかって」

 彼女の瞳を見ながら続ける。

「でも、違った。一緒に生活していて十六号さんはそんな人じゃないと気付いたの。誰よりも優しくて、純粋で、人間らしい……。私には十六号さんが今まで出会った人の中で一番信用できる存在に感じるんだ」

「お嬢様……」

「ずっと上手く接する事ができなかった私にこんな事言われて、困るかもしれないけど、もしも許してくれるなら、私はもっと十六号さんと仲良くなりたい。ずっと一緒にいたい」

「私は、人間ではありません……。まだ、感情という物も分からないのですよ?」

 ……戸惑っているようだ。でも、もう私も考えを変えようとは思わない。

 マウリアは十六号機の手を取った。彼女は少しだけ驚いたようだった。

「人間かどうかは、もうこの際そこまで重要じゃないです。私にとって、十六号さんはただただ

大切な存在なんだ」

「お嬢様……」

「どうか私の我儘を聞いてくれませんか?」

 これが世間一般での「友達」との会話なのかは分からない。しかし、それでも自分の思いをしっかりと伝えたつもりだ。

 少しの沈黙の後、十六号機は口を開いた。

「かしこまりました」

 返事はそれだけだった。それでもマウリアは満足した。目の前のアンドロイドが向けた顔で、自分の心は通じた事を理解したからだ。

 あまり表情を変えることのない十六号機の満面の笑みを、マウリアはその時初めて見た。



 マウリアが最も楽しい時間を過ごしたと記憶しているのは、十六号機が初めて満面の笑みを見せてくれた日からである。

 それまで彼女の間に作っていた壁を取っ払う事ができたから、マウリアは心の底から彼女に対して信頼を向けて接する事ができるようになった。それによって十六号機も確かな愛情をもって応えてくれた。家に帰ると彼女が微笑んで迎えてくれた。突然雨が降ってきた時は彼女が学校まで迎えに来て、大きな傘を二人で使いながら帰った。

 彼女と一緒に歩きながら、雑談をすると雨の憂鬱が消え去り、途端に楽しい気持ちになれた。

 だから「午後から雨が降る」という予報を聞いた時はわざと傘を持って行かなかったりした。彼女と送る毎日はとても楽しく、人生で一番の幸せを得て、マウリア自身段々と明るい性格に変わっていき、そのおかげで学校の人達とも上手く打ち解ける事ができるようになった。マウリアの生活は彼女のおかげで明るいものになったのだった。


<https://42117.mitemin.net/i7554029>挿絵(By みてみん)

 

 ある時マウリアは、十六号機に話しかけられた。一週間後にマウリアが誕生日を迎えるという時期で、誕生日にはその人にプレゼントを贈る文化を知って、急遽何が欲しいか聞いてきたのだ。


「何でも欲しい物をお申し付けください。」

 十六号機はこう言ってくれたが、マウリアはすぐには思いつかなかった。というのも、誕生日に父が帰ってきた事がなく、プレゼントを貰った事は一度もなかった。

「ごめん。もう少し考えてもいいかな?」

「分かりました」

 彼女の返事を聞いた後、マウリアは自分の欲しい物は何なのかを考えながら学校に向かった。


「何が欲しいか、と言ってもなぁ……」

 昼休みに、十六号機が持たせてくれたサンドウィッチを見ながらマウリアは呟く。朝からずっと考えているが、今までにない経験の中で結論を出すのは想像以上に難しい。昼休みくらいには思いつくと思ったが、

 トーストに挟まったトマトやバジルを見ながら無駄な時を貪っているだけだ。

「どうかした?」

「……え?」

 急にクラスメイトに話しかけられ、少しだけ驚く。彼女はマウリアの左隣りの席の人だ。そのため、他のクラスメイトと比べてなにかにつけて顔を合わせる機会が多く、自然と親しい間柄になっていた。十六号機と親しくなり、マウリアが明るくなった事で、最近はより良好な関係を築けていると思う。

 ……彼女ならこういう相談をするには適任かもしれない。

「……ねえ」

 マウリアは彼女の意見を聞いてみる事にした。


 クラスメイトと別れて、少し足早にマウリアは帰路に就く。家の前には少しばかり急な坂道があり、普段なら途中で息を整えるような場所もすっ飛ばして帰ったので、家のドアを開ける頃にはかなり息が上がっていた。

「おかえりなさいませ」


 いつものように十六号機が出迎えてくれた。額に汗を滲ませて必死に呼吸を繰り返すマウリアに彼女は少し驚いたようだった。

「ただいま。十六号さん」

 やっと呼吸が安定したマウリアはそう言って彼女に近づいた。

「ねえ。十六号さんはどんなものが欲しいの?」

 そしてこう続けたのだった。

「お嬢様……?」

 あまりにも予想外な言葉だったのだろう。十六号機は戸惑っている。

「誕生日に物を貰った事なんてなかったから、結構考えても分からなくて……。クラスメイトに相談したら、思いつかない時は、過去に貰って嬉しかったものをその人に聞いてみると良いって言われたんだ」

 クラスメイトは母が今までで貰ったプレゼントを本人から聞いて、自分もそれが欲しいと思った物を母に頼んだらしい。

 確かに良い方法かもしれない。「貰って嬉しい」と感じるのは、その物の価値を理解しているという事だ。価値が分かる人間が選んだのならば、それはその人が贈る、「その人にとっての最高の品」である。

「しかし、お嬢様……。私もそんな物を頂いた事がありません」

 当然である。そもそも「誕生日にプレゼントを贈る」という文化を十六号機もつい最近知ったのだから。

 増してや、あの父がそのアンドロイドを完成させた日を覚えていたとしても、その日を「誕生日」として祝う思考を持っているとも思えない。

「そう思ったから聞いたの。何が欲しいかって」

「……」

 かなり困惑した様子で十六号機は黙り込んでしまう。マウリアが結論を出すのに第三者の意見まで使った問いがそのまま帰ってきたのだから無理もない。

「……やはり私には分かりません。しかし、強いて言うなら、お嬢様が喜んでいる姿が、使用人としては一番嬉しいと感じます。お嬢様はどんな事が嬉しいのでしょう?」

(反則だよ)

 心の中でそう呟く。また振出しに戻ってしまった。


 しかし、再び思考を巡らせようとした時に、ふとマウリアは新しい考えが浮かぶのを感じた。

「思い付いた……」

 きっかけは十六号機の問いである。

(そうだ、私が最も嬉しいのは……)

「お嬢様?」

 マウリアの突然の反応についていけなかったのか、十六号機は更に困惑した視線を向ける。

「欲しいものが決まったよ。でも、今から用意しなくても大丈夫!」

 我ながら傑作とも言えるアイデアにマウリアは笑みを零す。

「今日のお嬢様はとても変です……」

 十六号機は終始困惑した様子だった。


 4


 十六号機が最も嬉しいと感じた瞬間は、彼女の主の誕生日に訪れた。

 一週間前に彼女に贈るプレゼントを決めるために欲しい物を聞いた時に、「当日に言う」と言われたきり全く答えが返ってこなくて少しだけ焦っていた。使用人である以上、極力マウリアの要求には応えたいのだが、いくら十六号機にも限度がある。当日帰って来る答えがとてもすぐには用意できない物だったらと思うと焦らずにはいられない。

「お嬢様……。もうあまり時間がありません。そろそろ教えてはくださいませんか?」

 登校の準備を進めるマウリアに、十六号機は言う。

「欲しい物と言うよりは、して欲しい事なんだけど……。本当に言われたらすぐにできる事だから夜に言いたいな。それよりも、もっと重要な事があるんだ」

「重要な事……?」

 あまり大がかりな作業が必要となる要求はこなかったものの、予想外の答えに心が落ち着く余裕がない。

(こんなに面倒な人だっただろうか?)

 思わずそう思うくらい、回りくどい最近のマウリアの言動に十六号機もさすがに混乱してしまう。

「十六号さんの誕生日を今日にしない?」

 想像していなかった。こんなにも意味不明な文章を彼女は初めて聞いた。

「申し訳ございません。仰っている意味が分からないのですが……。」

「ああ、ごめんなさい。十六号さんには誕生日はないって前教えてもらったからさ」

「当然でしょう。私は人間ではありませんから」

「だからと言って、一緒に生活している人の誕生日が祝えないのは寂しいなって前から思ってたんだけど……。十六号さんが嫌じゃなければ私のと一緒に祝いたいな」

(……本当に彼女は変わった人だ。人間じゃなくてもそう思う)

「わかりました。お嬢様がそう望むのであれば……」

「わあ、よかった」

 彼女は笑顔を見せて喜ぶ。

「もしかして、それがして欲しい事ですか?誕生日に望むものとしてはあまりにも特殊すぎると思うのですが……」

「違うよ。それは夜に言うって言ったじゃない。これはただの我儘」

 彼女は何を考えているのだろう?アンドロイドの自分には当然分からないが、人間でも、きっとドクトルでも、この答えは容易に出せないのではないだろうか?

「だから今日もいつも通り過ごしててよ。夕食もバースデーケーキを二人分用意してさえくれれば、あとは何でも良いからさ。楽しみにしているよ」

「は……はい」

 思わず困惑した相槌を打つ。彼女の真意は分からなかったが、もう彼女の要求どおりにするのが最良だと、十六号機は考えるのをやめた。

「それじゃあ、行ってきます」

「い……いってらっしゃいませ……」

 笑顔で駆け出していくマウリアを、十六号機は苦笑いを浮かべながら見送った。


 終礼が鳴る教室内は授業中と打って変わって、がやがやと騒がしい。机上の物を鞄にしまい込むと、

マウリアは教室を後にする。授業が一講時終わる度に、その授業の道具を鞄にしまうタイプなので、

 最後の授業が終わる頃にはマウリアはすぐに下校できる状態になっている。マウリア以外にも帰宅部の生徒は一定数いるが、それでもマウリアは際立って早い。最近は仲の良い人ができた影響で学校に暫くいる事が増えたが、今日はみんな部活があるらしい。

「さてと……」

 学校を出て、マウリアは少し速足で進む。家に帰る前に用意しておきたい物がいくつかある。

「十六号さんは今どうしているかな」

 そんな事を口にしながら進む。ふとした時に、十六号機の事が頭に浮かぶくらい、彼女の存在が大きくなっている事に、マウリアは少しだけ笑う。これほどまでに彼女を大切に思う日が来る事を、彼女と出会った当初は想像もしなかっただろう。

「今日はきっと、私の人生の中で最も特別な日になるはずだ」

 そんな確信に目を輝かせて、マウリアは走り出した。


「おかえりなさいませ。お嬢様」

「ただいま。十六号さん」

 買い物に時間が掛かってしまって、家に着いた時にはもう外は暗くなっていた。

「お嬢様。昼頃にお嬢様宛てにお手紙が届きましたよ」

「そうなの? 珍しい……。誰からだった?」

(何か特別な要件がある人でもいただろうか?)

 マウリアは考えを巡らせながら、十六号機の答えを待つ。

「はい、ドクトルからです」

「本当?」

 予想外の答えに思わず大声を出した。今までそんな物を貰った事など一度もなかった。

「こちらに」

 十六号機が差し出した封筒に手を伸ばす。封筒に書かれた字は、少々歪な筆記体だったが、間違いなく父の筆跡だった。中には誕生日を祝う旨の文章と今日その場に帰れない事に対する謝罪が書いてあった。


「お父さん……。誕生日なんて忘れていると思ってた。」

 少しだけ嬉しく感じる。

 そんなマウリアに十六号機が続ける。

「あと……、小包つきでもう一通届きました。」

「え?誰から?お父さん以外なら私の誕生日を祝う人なんて……」

 マウリアには親戚はいない。家族も父だけである。

「ええ、モイラ・ジェルミナという方です。私の知らない方なのですが、ドクトルやお嬢様と関わりがある方では……」

「嘘! 本当に?」

 十六号機が話し終わる前に、マウリアは大声を上げていた。

「お母さんの名前だ……」

 マウリアが生まれてすぐに交通事故で亡くなった、母からの手紙だった。慌てて父の手紙に再び目を向けると、母が、マウリアが生まれる前に、十六歳になった彼女に向けて用意していた物も一緒に届くという事も確かに書いていた。

「お母様からの……」

 十六号機は驚いていた。

「私も写真でしか見た事ないんだけどね……。十六号さんみたいな美人さんだったよ」

 そう言ってマウリアは受け取った手紙を読み始めた。とても可愛らしい字で書いており、父の字よりもかなり読みやすかった。

 死因は交通事故だったが、そもそもかなり病弱な人だったためにマウリアが十六歳になるまでは生きられるか分からなかったらしく、手紙には読んでいる頃にはもうこの世にいないかもしれない事が最初に書いてあった。

 その後には、便箋三枚にわたってびっしりと文章が書かれており、父同様に少し口下手なようだったが、途轍もなく深い愛情がそこに綴られていた。小包には、フリーサイズのワンピースが入っていた。

 ファッションデザイナーだった母が彼女のために一から作成したものらしく、父が作った特殊な包装紙のおかげで全く傷んでいなかった。父からの初めての手紙と、亡き母からの初めての愛情に、気付いた時には、マウリアは泣いていた。

「お嬢様?」

 嬉し泣きというものを知らないのだろう。十六号機はかなり動揺しながら歩み寄ってきた。

「大丈夫だよ」

 涙を拭い、笑顔でそう答える。

「これは、めちゃくちゃ嬉しいって言うんだよ」

「め……?」

 聞きなれない言葉に困惑する十六号機を尻目に立ち上がる。

「さあ、早く夕食にしようよ!」

 そう言って彼女の手を引っ張る。

(そうだ、次はいよいよ私が十六号さんに渡す番だ)


 二人で食事を楽しんだ後、バースデーケーキにキャンドルを刺す。十六の形をしたキャンドルに火をつける十六号機に、マウリアは十六号機のケーキを渡す。

「二十三?これは何の数字ですか?」

「十六号さんがそのくらいに見えるから……。ごめん、もう少し若い方が良かったかな」

「……?いえ、大丈夫です」

(そもそも私には年齢などない。キャンドルを刺す必要があるのかすら微妙だ)

 マウリアの行動には疑問が残ったが、その後は問題なく食後のティータイムを二人で満喫した。

「そろそろ良いかな」

 二杯目のカモマイルティーを飲み終え、マウリアが言う。その言葉に十六号機も彼女の方に顔を向ける。

「お嬢様の欲しい、いえ、私にして欲しい事とは何でしょう?」

 いよいよ彼女の答えを聞く時が来た。すぐにできる事と言っていたが何なのだろう?

 やはり実際にその瞬間が来るともやもやとした感覚がする。これが「緊張する」と表現する事を、十六号機は最近マウリアから教わった。

「じゃあ、言うよ?」

(もったいぶっているようだが、早く知りたい。本当に出会った頃と比べてお嬢様は変わったと思う)


「十六号さん。私と友達になってください」

「……はい?」

 予想外。いいや、考えもしなかった。

「仰っている意味が本当によく分からないです……。どういう事ですか?」

「そのままの意味だよ?十六号さんは私にとってもう本当に大切な存在だから」

 迷う事なく口にする彼女の顔を見ると何だかくすぐったく感じる。この感情は何というのだろう?

「お気持ちは本当に嬉しいのですが、私は貴方の使用人ですよ?それに、アンドロイド兵器と人間が友達になるというのは……」

 上手く言葉を選べない。一体どうしたのだろう?

 狼狽する十六号機にマウリアはこう続けた。

「だって、十六号さん言ったじゃない。私が嬉しいと感じる事は何かって」

「あ……」

 十六号機はなんとなく、マウリアが望む事を理解した。

「私は、心から大切な人が友達になってくれたら嬉しいな」

「お嬢様……」

「あ。お嬢様禁止ね」

「え……?」

 マウリアの発言に十六号機は、多分、今までで一番驚いた。

「友達だもん。マウリアって呼んでよ。十六号さんの友達になる約束。これが私の欲しい誕生日のプレゼント」

 本当に言っている。嘘偽りなく。

 アンドロイド兵器である十六号機にこの要求は受諾できるのか、それは十六号機自身、よく分からなかった。しかし、自身に対して、曇りのない本心からの笑顔を向ける彼女の姿を見ると、きっと、不可能な事ではないように思えた。

「かしこまりました……。違う、わ……わかった。マ……マウリア」

 気付いた時にはそう口にした。それを聞いて彼女も満足げに微笑み頷いた。

「さてと、次は私がプレゼントを渡す番」

 マウリアは、ややオーバーに口にする。なんとなくこっちの方が優先度が高いように十六号機は感じた。

「あの……次は一体何を……」

 正直もうお腹いっぱいだ。自分を受け入れてくれる友達というだけでも、十分にうれしいプレゼントだと思うのだが。

 戸惑っている十六号機にマウリアは何かを差し出した。


 一枚の写真だった。雲一つない快晴の空だけが写っている。撮影者は多分、真上にカメラを向けたのだろう。

 ラピスラズリの染料を一面に広げたような、ただただ、美しい青だけの空間が写されていた。

「綺麗……」

 思わず口にする。

「ハワイの空だよ。本物はまだ見た事がないんだけど、いつか見に行きたいんだ」

「この写真がどうかしたの?」

 そう聞くとマウリアは答える。

「十六号さんって呼び方さ……。何だか堅苦しいなって思うんだ。せっかく友達になれたのに、その呼び方だといまいち仲が良いって感じがしないんだ」

(とは言っても、現に私は十六号機である。これ以上に的確な呼び方なんてないと思うのだが)

「写真の裏にね、書いてある単語を見て欲しいんだけど」

 そう言われて、写真を裏返すと、確かに何か書いてある。

「ラ……ニ……?」

「そう、ラニ。ハワイの言葉で空を意味する言葉なの」

 そう言った後に、彼女は続けた。

「貴方の髪……その写真の空みたいだったから……」

「……つまり、これは……」

 そこまで聞いて十六号機は彼女の方へ顔を向ける。

「新しい、貴方の名前」

 笑顔でそう答えるマウリアに、十六号機も自然と笑顔を向ける。大切な友がくれた自分だけの名前。誇りに思わずにはいられなかった。

「ラニ……私は、ラニ」

「お誕生日おめでとう。これからもよろしくね。ラニ」


 十六号機の最も嬉しいと感じた瞬間は、彼女の主の誕生日に訪れた。

 そして、ラニの最も嬉しいと感じた瞬間は、彼女の誕生日に訪れた。


 マウリアの誕生日を祝い、彼女を寝室まで送り届けた後、ラニは自室にある通信機とモニターを起動する。

 マウリアの使用人になってから、彼女の父親、ドクトル・ジェルミナに定期的な現状報告を月に二回ほど行っており、今日がその日だった。

「やあ、十六号機。報告を頼むよ」

「了解」

 いつも通り、必要事項を淡々と報告し、それをドクトルはただただ、無言で聞き続ける。そんな作業のような時間が数分ほど流れた。

「ご苦労。引き続き、娘を頼むよ」

「了解」

 ここまでが、いつも通りのやり取りで、いつもはラニの方から通信を切る。

 しかし、今日は話したい事があったため、

「ドクトル、あと少しだけよろしいでしょうか?」

 通信は切らなかった。

「珍しいね。どうかしたのかな?」

 そこからは、ラニは何分も喋り続けた。初めての親からのプレゼントにマウリアがとても喜んでいた事、マウリアから誕生日を貰った事、二人で互いに誕生日を祝った事、マウリアと友達になった事、そして、

「私だけの名前を、ラニという名前を貰いました」

「そうか……」

 暫く話を聞く事に徹していたドクトルが口を開く。

「では、これからは僕もそう呼ばせてもらうよ。確かに良い名前だからね」

「はい」

 それから、暫く会話は続く。

「君がマウリアと上手くやっているようで安心したよ」

「はい」

「マウリアの友達として、これからも、あの子を支えてやってくれ」

「はい……」

「君がいてくれて良かった。あの子を、よろしく頼むよ」

「……はいっ!」

 その瞬間ラニは自身の頬を伝うものに驚いた。限りなく人に近付けて作られているとは言え、自分にこんな機能があったなんて知らなかった。

「どうした?」

 ドクトルの問いに、迷わずラニはこう答える。

「何でもありません。ただ、め……めちゃくちゃ嬉しいだけです……!」

 ボロボロと涙を流しながら微笑む彼女を見るドクトルの表情が、少しだけ綻んだ。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ