25 伊達男
エマたちが温泉郷からシエンタへ戻って三日。
相変わらず、アンリは忙しく動き回っている。カミーユがサムから聞いた特徴を元に描いた人相描きを元にシエンタ市内の捜索を続けている。
しかし、パンテーラスは毎日のように拠点を動かし、ジャックが踏み込む時にはもぬけの殻だった。
「これ、わざとやられてないか?」
「または、誰かが情報を漏らしているか?」
グランホテル・シエンタの別館、アンリの執務室でジャックが地図を見ながら項垂れている。
ジャックの今日の捜索は二件とも空振りに終わった。
「タイタンの取り調べではなんて言ってた?」
「パンテーラスの仲間は4人。互いに殿下の襲撃計画は明かし合ってないと」
タイタンは前頭領の仇撃ちのための襲撃だった。彼らも、パンテーラスが金で動いてるのは知っていたが、先を越されては前頭領に顔向けできぬ、と杜撰な計画のまま襲撃に至った。
船に同乗したのは、パンテーラスからの提案だった。タイタンらは気づいていないようだが、彼らは自分たちの計画を邪魔されぬよう、タイタンを近くで監視していたし、盗賊の私怨、つまり素人では王族の暗殺など成功しないと踏んでいた。
むしろ、同じ目的で似たような集団が同時に入港することで、捜査や警備を撹乱できるため、タイタン自体を囮として扱っていた。
「わざとだとすると、タイタンと同じ船で来た4人の他にも囮の集団がいる?」
「陸路で来てるなら、とっくに情報があるはずだ」
「ああ、あれ?エマ嬢の?」
「街道旅トークンな」
「最初に泊まる宿か料理店で貰う、街道沿いでしか使えない通貨だっけ?」
「トークンを受け取るときに、身分証か査証の提示を求めているし、トークンを使うときにも提示させてる」
「トークンを受け取らない、使わない人の割合は?」
「今のところ、ゼロ」
「え?」
「式典のときの、兵隊ハンカチを覚えてるか?」
「ああ!あれな、エマ嬢の制服好きが露見した…」
「… 今、あのハンカチの転売価格がどうなっているか知っているか?」
「いや」
「販売価格の十倍だ」
「え?」
「転売されても、全くシエンタの経済効果に繋がらない。というのもあって、今回は前回より簡素化した図案のハンカチをトークンを使い切ったときに無料で配っている」
「まさか… 誰がいつ、どこで何を買ったか利用したかの情報が手に入るってこと? ハンカチをダシに?」
「その通り。また、人々はまた価格が高騰するかもしれないと、限定ハンカチを集めているよ」
「エマ嬢、やり手だな…」
「情報こそが、商売と防犯の第一歩だと… 」
「身分証や査証の偽造は?」
「三日遅れだが、情報の照合をしてる。複数の偽造身分証を使うと、履歴が追えなくなるから文官が検知する。シェラシアから入国した場合だけだが、単一の偽造身分証の場合は、五日遅れで発行したシェラシアの履歴と照合できる」
「じゃあ、ラトゥリアに式典以前に入国してるか、ラトゥリア国民である場合を除けば、ほぼゼロ?」
「または、辺境騎士団の脱走兵でもない限りな」
「それはない」
「海路は?」
「それは穴だ」
「海運局はザルだからな。だが、港は先週、二か月遡って入国履歴を洗った。密航があればわからないが」
「多国籍の船乗りたちに身分証を求めても信頼性が低い」
「もともと船乗りは訳アリ者も多いしな」
「じゃあ、情報が漏れてる可能性は?」
「今のところ、捜索はアルファチームで全て空振り。明日はブラボーチームだ」
「ブラボーでも失敗なら、漏洩はない?」
「俺かお前がウッカリしてない限りはな」
「アルファメンバーの素行は?」
「精鋭だ。新入りがいるが… まさかと思うが確認する。忠誠心は疑ってないが、ウッカリがないとは言い切れない。脅迫されてる、とかな」
「新入り… レイノルズか?」
「ああ。お前、接点あった?」
「いや、いつも借りるのは、ブラボーだからな。ただ、ラウンジにいる時、近くにいるのを見かけた」
「ラウンジに出入りしてるのか、アイツ。そんな金は持たせてないはずだが…」
「怪しくないか?」
「怪しい」
二人は、ラウンジに場所を移すことにした。
ラウンジは人でごった返している。あと三日で秋祭りが始まる。グランホテル・シエンタも満室だ。
二人がラウンジに現れると、夫人方が集まってくる。
ラトゥリアの夫人方にとって、シェラシアの独身貴族はいい遊び相手だ。ラトゥリアでは、結婚後に恋人を持つことは咎められない。シェラシアでは、結婚後の浮気は御法度だが、未婚者は自由な恋愛が認められている。
エマニュエルと公然の恋人関係にあるアンリに秋波を送る女性はいないが、ジャックは数日間の遊び相手に持って来いなのだ。
二十代前半、未婚で遊び盛り。将校で鍛え上げられた体躯。よくいる赤髪に、ほどほどに整った顔立ち、ほどほどの爵位で、ハードルは高くない。
馬で一日程度の場所に駐屯しているから、秋祭りの後も会いたければ会いに来させることもできそうだ。関係が拗れたとしても、不規則な勤務だから、付き纏われることもなさそうである。
アンリはジャックへのご夫人方の熱い視線に気づくと、そそくさとジャックの元を離れる。
レイノルズがいないかと、バーカウンターからラウンジ全体を眺める。
「いいところに…」
人混みを掻き分けてやってきたのは、カミーユだった。
「…」
アンリがカミーユを見ると、襟元に移った口紅の跡がある。
「よしてくれよ。ジャック殿と同じ目に遭っているだけだ。僕はエマ嬢一筋だからね」
カミーユは給仕から酒を受けとると、アンリの隣のスツールに腰掛ける。
「いや… 一筋でなくて構わないんだが…」
「秋祭りの間の恋人探しの佳境だよ。今日は、ご夫人方の攻勢が激しい…」
「何か、例年と違うことは?」
アンリが冷ややかな視線を向ける。
「アレのことか?」
カミーユが視線を向けた先に、シェラシアの将校集団がいた。
「開通式典のせいだろうな… 将校の制服が大人気」
将校に混じって、レイノルズもいる。
「そばにいるのは、マクガルド子爵夫人?」
アンリがレイノルズにしなだれかかる夫人に目をつける。
「ああ、シェラシア東部の子爵だな。子爵は昨年亡くなっていて、未亡人なんだよ」
「なるほど…」
アンリは、何人かの夫人の相手をしているジャックを目で追いながら、カミーユの元から立ち去ろうとする。
マクガルドは、ナイム王領の管理を任されている貴族の一つで、東の内海に面した地域に拠点がある。二年前から整備を始めた港もマクガルドの管掌地域のはずだ。海賊らの活動地域に近い上に、国の東端から西端までとは、遊びの範囲が広過ぎる。資産にそんなゆとりがあるとは思えない。
「待て待て。僕に頼みたいこと、あるだろう?」
カミーユがアンリを呼び止める。
「ん?」
「探りを入れるぐらい、お安いご用だ」
アンリの返事も聞かずに、カミーユはふらりと人混みに紛れて行く。
「おい…」
万が一、パンテーラスと繋がっているとすると、危険がないわけじゃない。普段はとても賢い男だが、時折、無鉄砲で感情的になる時がある。
剣の腕前は悪くはないが、特筆すべきでもない。銃の扱いはエマにすら侮られるほどだ。武器は喋り、人の扱いというところか。それは本人もわかっているところだろう。
賢いが無鉄砲。誰かに似てると思ったとき、エマの顔が頭を過った。似ているから、エマに執着しているのか。もし、アンリよりも先にカミーユがエマに近づいていたら、二人は恋に落ちたのだろうか。あの夢のように。
アンリは無意識に首を横に振ると、ジャックの元へ向かった。




