18 ラウンジで咲く花
模擬戦が予定通り終わるとラウンジでは噂の花が開いていた。
本戦以上にデモンストレーションの対戦カードの話で持ちきりだ。
「まさか、今年の見どころのアンリ対カミーユの対戦が見られるなんて!」
「アンリ様は騎士なだけあって、見事でしたわ」
「カミーユ様のあの挑発的なところも素敵」
「カミーユは普段剣など握らないくせによくやったよな」
「ガルデニア伯爵の妹に良いところを見せたかったのか?」
「相手が悪い」
「ガルデニア伯爵の妹はどちらを選ぶんだ?」
「選ぶも何も、アデニシャン伯爵の弟と婚約秒読みだろ?」
「カミーユなら、奪い兼ねない」
「この前、人気のない回廊で口づけなさってるの見てしまいましたの。もうお芝居の一場面のように美しかった!」
「ラトゥリアのご令嬢にしては、やるなあ」
「それじゃあ、ベントレ卿、無理じゃないか?」
「これで、ベントレ卿になびいたら、エマニュエル嬢にガッカリだな」
「私はアンリ殿を応援しますわ」
「シェラシアで生活するなら、ベントレ侯爵家の方が有力では?」
「ベントレ卿は、浮き名を流して来たからな…」
「遊びと割り切ってる感じですわよね」
「今回は真剣みたい。あんなベントレ卿は初めて見ましたわ」
「ベントレ卿は、王からエマニュエル嬢を中央に連れて来るように言ったとか?」
「同じことを、アンリ殿にも言ったのだろうな…」
「アンリ殿は、一度侯爵を断ってるわ」
ラウンジにジルがやってくると、人々は一瞬お喋りを止めた。
かの有名な、夫の不貞を許さぬ嫉妬深い妻である。
ジルがラウンジの奥のソファに腰掛けると、数人の貴族らが集まってくる。
集まってきたのは、ジルの親友たちだった。
「ジル、エマ嬢は大丈夫かしら?」
「大丈夫よ、ありがとう」
皆が聞き耳を立てているため、夫人らは長椅子で膝を寄せ合って内緒話をする。
「思いの外、真剣ね… ベントレ卿…」
「そうなの…」
「なんだか、一昔前のアデニシャン卿みたい…」
「あら、それ私も思ったわ」
「アデニシャン卿があなたを口説いたときも、こんな風に噂で持ちきりだったもの」
「あら、そうだったの?私、領地にいたから知らないわ」
「アデニシャン卿も、人気があったのよね。共学の寄宿学校を出ていたから、女性が放っておかなかったわ」
「ふふ、今は私のかわいい子猫ちゃんよ」
「噂で聞いただけだけれど、義弟殿もすごかったんでしょ?」
「血ね」
「それは、ドランジュの血? シェラシアの血?」
ジルたちは笑い声を上げる。
「お役に立てることがあるとは思えないけど、何かあったら、エマ嬢をお助けするから」
「ベントレ卿がもっと嫌な男なら、やれることもあるんだけれど…」
「そうね… 絆されちゃうのよね… 憎めない…」
肩を落とした三人の視線の先には、カミーユが青年貴族たちと談笑する姿があった。
「カミーユ、無理したな」
「いや? 楽しかったよ」
カミーユは、寄宿学校からの友人に囲まれる。
「本気なんだろう?」
「君の父君から圧力を掛けてもらったら?」
「その手は使うつもりはない」
「何故?」
「それで手に入る相手じゃないからさ」
「ラトゥリア側に手を回せば?」
「外堀を埋めてもな… 」
カミーユが欲しいのは、恋人でも妻でもない。エマの心だ。
「ああ… かのベントレ卿カミーユが恋煩いか… 嵐が来る?」
「雪が降る?」
シェラシアでは女性を選びたい放題のカミーユの苦難を揶揄う。
「心の中では嵐が吹き荒れているし、冷たい雪が降っているよ」
カミーユはぼんやりと窓の外を見つめる。
「君は、いつまでに結婚しろって言われていないのか?」
「あと、二、三年かな… 」
「どこも、親が言うのは22歳ぐらいを目処に、というのが一般的じゃないか?」
「まあな…」
シェラシアでは、寄宿学校を17歳から20歳の間に卒業する。留学したり、履修する専門課程の数などで卒業時期は人により異なる。カミーユはこの夏に卒業している。
カミーユも年内には配属が決まり、外務大臣の元、高官の端くれとして王宮に入り浸る生活が始まる。そしてやがて、国外を飛び回るようになり、いずれは友好国に駐在することにもなる。
今のチャンスを逃せば、エマを訪ねてシエンタに来るなどは、簡単にはできなくなるだろう。
アンリのように、無理矢理に職を解いてもらわない限り。
しかも、それも実績があり、国王の覚えめでたいからこそできた荒技だ。相手であるエマが、国王が一目置く外国貴族だったから、という理由もある。二番煎じは難しい。そうこうするうちにアンリと婚約を決めてしまうだろう。
「だからか…」
街道開通式典で、アンリがエマを口説き落とした話はシェラシアでも噂になった。断片的な噂を繋ぎ合わせていくと、力技の短期決戦だったようだ。
カミーユもアンリが夜会でエマに耳飾りを贈った現場にいたが、一週間であそこまで距離を詰められたことに驚いた。
アンリもまた、時間との戦いだった。
出足の遅れが、この差? アンリとて、街道開通式典より前からエマを狙っていたわけではないだろう。
「タイミングが悪かった、ってそんな理由じゃ納得できないんだ。悔やんでも悔やみきれない」
独りごつカミーユに、親友らはため息を吐いた。




