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16 模擬戦



 あれきり、アンリが社交の場に現れることはなくなった。海賊の捜索に専念している。だから、エマはエマのすべきことをする。



 きみはきみのすべきことを、僕は僕のすべきことを



 かつて、アンリに言われた言葉だ。二人で一緒にいるとしても、それぞれの役割を全うする、そんな意味で交わした。



 役割が違っても、やりたいことが違っても?





 エマは、ガルデニア領内の騎士や予備役をシエンタの警備のために増員し、シエンタ市内の巡回を増やした。

 ギヨームはすぐさま引き返し、シエンタの対策に当たってもらう。しかし、警戒する相手の情報が少な過ぎて、エマもシエンタへは具体的な指示が出せない。


 式典のときのような対策本部はないが、実質はアンリが担っているようなものだ。ジャックの部下の一部を街道から温泉郷に回すよう手配し、第三王子の警備に当たらせた。



 ジャック経由で聞く情報では、似顔絵の賊が温泉郷近くの納屋に滞在した形跡は見つけたが、捕獲には至らなかった。


 シェラシアの第三王子パブロは昨年、海軍の将校研修で海賊の船団に遭遇した。砲撃で威嚇射撃をしていたが、不慣れなパブロの指示により、砲撃手が混乱し船団の一艘に命中させた。

 どこで調べたのか、射撃指示を出したのはパブロだと特定し、タイタンという海賊一味は報復を狙っている。その船に、先代の頭領が乗っていたからだ。



 また、もう一つの海賊、パンテーラスの動向は不明のままだ。エマたちが遭遇した集団にはいなかったため、別行動だと考えられるが、移動途中を狙って山道に潜んでいるのか、シエンタで待ち伏せているのかわからない。

 こちらは、物盗りのタイタンよりも遥かに脅威だ。


 



 アンリ自身も第三王子の警備を指揮することになって、いつ寝室に戻っているかもわからない。アンリが元々やる予定だった仕事の大半はダニエル、ジル、エマが肩代わりした。



 朝、エマが目覚めると、サイドテーブルにカードが置いてある。



----

For then my thoughts, from far where I abide,

Intend a zealous pilgrimage to thee,


Love,

H

----

 

 僕のいるところから遠く離れ、

 僕の心はきみのもとへと巡礼する


 愛をこめて アンリ




 エマはクスりと笑う。

 今度はソネット27番だった。夜、疲れて寝台に潜り込むが、疲れていても心は巡礼するかのようにきみのことを考えてしまい眠れないという詩だ。引用の長さといい、本来の詩の恨みがましい部分を省いているところがアンリらしい。いつものアンリだ。



 碌に話す時間が取れないため、アンリなりにエマを気遣ってくれている。

 花やカードを用意する時間は、睡眠に充ててほしいと書いたカードをエマは用意したが、せめて寝顔ぐらい見せてほしい、と返事があった。




「エマ嬢、そろそろ時間ですわ。中庭へ行きましょう」

 エマの部屋にジルが呼びに来た。


 温泉郷の催しは、辺境騎士団の模擬戦と夜会だけだ。第三王子には、市中散策も自粛してもらったが、残る二つは外せない。



 ジルもエマも不安はあるが、ホストとして笑顔でゲストをもてなすのが仕事だ。鏡の前で口角を上げる練習をし、闘技場へ向かった。




「エマ嬢、つい先程戻って参りましたよ」

 中庭に並んだ椅子の最前列にニーレイが陣取って待っていた。

 事態のどこまでを知っているかはわからないが、いつ会っても落ち着いている狸親父を見ると、少し安堵する。


 ニーレイはエマとジルを両脇に招き、小声で話し始めた。


「全く、港行きは難儀でしたが、この通り。荷は全て無事。ジャック殿は件の船… 海賊が乗り合わせていたというやつですな… それを見つけて調べると言うので、一足先に帰ってきましたよ」

 確かに、馬で往復したようだ。しきりに尻と腰が痛いと摩っている。


「ジャックはまだなの?今日の最初は、ジャックの出番じゃない!」

 ジルが慌てる。


「いや、私よりジャック殿のほうが数倍速く馬を駆りますからな。間に合わなかったら、減俸ものだとわかっているでしょうしな」


 とは言え、間もなく始まるというのに、もう到着しているのだろうか。職務の堅実さには定評のあるジャックだけに、何かのトラブルがあったのではと勘繰る。


「仕事だけはね、よくやる男なんだけどね」

 エマと同じことを考えていたジルが口に出す。


「おや、ジル様、だけはね(・・・・)とは、手厳しい」

「他のことは、どうでしょうね?」


 第三王子のいる貴賓席は、エマたちの席の真後ろの雛壇にある。おそらく、アンリもそこにいるに違いない。



「今日は、新しいおもちゃのお披露目もあったんですがね… 騒動でお蔵入りですよ。残念です」

 ニーレイは緊張感なく、喋り続けている。

「おもちゃとは?」

 ジルが問う。

「シノワズリの茶器の仕入れで見つけた音だけの花火ですよ。火をつけて地面に投げると、バチバチと大きな音が鳴るんですよ。爆竹と言いますがね。アンリ殿に、銃の発砲音と紛らわしいからと言って禁止されましたよ」




「ダニエル様がお出ましだ。もう始まりますね」

 ニーレイが中庭に現れたダニエルを指差す。観客から大きな歓声が沸く。元々はギヨームの役目だったが、先にシエンタに戻ったため、ダニエルが代わりを申し出てくれた。



 ダニエルが手を挙げると、歓声は鎮まったが、ダニエルの声が聞こえるほどではない。貴賓席に向かい挨拶をした後、客席に何か言うと、また観衆は沸き立った。


 ダニエルが話し終えると、一組目が入場する。


 模擬戦の一組目は、辺境騎士団の代表、つまり貴族の将校対王侯貴族のデモンストレーションだ。甲冑を身につけ、剣技の美しさを表現する。

 二組目以降は、甲冑は使わず、騎士団による実践的な剣闘模擬となる。



 将校と腕に自信がある青年貴族の対戦だ。ジャックは将校として出るはずなのだ。先ほど、ダニエルが二人の名を告げたはずだが、エマたちは聞き取れなかった。


「エマ嬢、アンリはどこに?」

 ジルが耳元で囁いた。


「わからないのです。護衛についているはず」



 中庭の中央で甲冑の二人が向き合うと、それぞれが兜を外す。


「ああ!」

 エマとジルの叫び声は、歓声にかき消された。


 二人は、アンリとカミーユだった。

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