表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/80

10 二つのソネット




 エマが目を覚ますと、サイドテーブルにはエマが眠った後に届けられたのか、カミーユからローゼンのチョコレートとカード、並んでアンリからのカードが置いてあった。


 明け方近く、アンリのうなされる声で起きた時には暗くて気づかなかった。




 アンリのカードを手に取ると、アンリらしくない弱音が書かれていた。



----

In our two loves there is but one respect,

Though in our lives a separable spite,

Which though it alter not love's sole effect,

Yet doth it steal sweet hours from love's delight.


Love,

H

----


 愛し合う僕たちは、二人で一つなのに

 僕たちを引き離そうとする罠がある

 それが僕らの幸せにとって代わることはないけれど

 僕たちの愛の輝きから甘い時間を奪ってしまう


 愛をこめて アンリ




 アンリが眠る前にこれを書いたのか、起きてから書いたのかわからないが、うなされるほど昨夜は気持ちが昂っていた。普段とは違う精神状態だった。



 カミーユのソネット18番に続き、36番だ。

 この詩は、詩人が恋人のために我慢をし、距離を置くことで恋人の名声を守ろうとする、距離を置いたとしても愛は変わらない、と謳ったものだ。


 この詩でアンリが二人に置き換えたのは、この部分だけなのだろうか。昨日からアンリはおかしい。隣にいるエマがアンリを見上げれば、いつだって微笑みを返す、それがいつものアンリだ。

 しかし、昨日はそうではなかった。わずかな違いだが気づかないわけはない。



 距離を置いても、愛は変わらない? 今の二人の関係を言っている?

 アンリがエマとの距離を置くべきだと考え、悩むような何かがある? それはカミーユの存在なのか。



 対して、カミーユのカード。


----

When thou shalt be disposed to set me light

And place my merit in they of scorn,

Upon thy side against myself I’ll fight

And prove thee virtuous, though thou art forsworn.


Your Friend,

C

----


 あなたが私の思いを打ち消し

 私の美点を拒むのなら

 あなたの言い分に合うよう自ら私の美徳を奪い取って

 あなたの正しさを示しましょう

 

 あなたの友 カミーユ



 これは、ソネット88番だ。

 わざわざ、あなたの友(・・・・・)と書いている。エマが望む通り友人となるということだ。裏も表もない。



 しかし、エマのためにシェラシアでの地位を拒んで、シエンタにやってきたアンリの心情のようにも聞こえる。


 アンリがエマと距離を置こうとする理由は、エマのために自分を将来を犠牲にしたくないと思い始めたのかもしれない、と不安が過ぎる。





 もう一度、サイドテーブルを見る。


 カミーユはカードを女中に託し、サイドテーブルに置かせたはずだ。一方、アンリは内扉を開けて自分で置いて行ったに違いない。アンリはカミーユのカードを見たのだろうか。


 アンリはエマが男性から恋文を貰うのは見たくないと言っていた。侍女に一言、アンリからではない届け物があってもテーブルに置かなくてよいと言うべきだった。思慮が足りなかったことを悔やむ。



 もし、アンリがこれを見たのだとしたら、カミーユの言葉をどう受け止めたのだろう。改めて88番を思い起こす。エマとカミーユの夜更けの会話を知らなければ、別の意味にも読めてしまうのではないか。


 エマとカミーユの間に愛が芽生え、それを隠し、エマの名誉を守るためにカミーユはどんな汚名をも被る気でいる、とも。あえて、友と名乗っているところもわざとらしく見える。





 明け方のアンリの様子を思い起こす。

 滝のような汗をかき、うなされていた。

 『愛してる。どこにも行かないで』


 アンリはどんな夢を見たのだろう。その言葉は、まるでエマを失うことを恐れているかのようだった。



 昨日の不審な旅団、煙幕弾、部屋割りの一悶着、深夜に届けられた菓子とカード、うなされたアンリ。


 何から話せばよいのだろう。何に心を傷めている?






 その朝はせっかく顔を合わせられたのに、アンリも昨夜の話には触れたくないようで、当たり障りのないことしか話せなかった。


 僅かな二人の時間は、全く心が満たされないまま過ぎてしまう。








引用

Sonnet36, William Shakespeare

Sonnet88, William Shakespeare


※ソネットの訳は、詩の送り手の引用の意図、置かれた状況、送り手と自分の関係性を汲んで、エマが解釈した意訳した内容です。



読んでいただきありがとうございます。


先が気になるな、と思われたら、ブックマーク、星マーク、いいね、などリアクションいただけたら幸いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ