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41 おまけ 男同士の後日譚



 アンリがシエンタに滞在し始めて二ヶ月後。

 ジャックは、シェラシア辺境騎士団を代表し、街道の治安維持協議会に参加するため、シエンタを訪れていた。


 訪問期間中は、グランホテル・シエンタでも良かったのだが、式典以来、ゆっくり話のできていないアンリのシエンタの屋敷に滞在することにした。



 アンリもジャックと同じ会議に出るのだが、終わればすぐ別の仕事に向かうアンリは多忙で、仕事場も市庁舎の会議室で同じ、帰る屋敷も同じなのに、なかなか話す時間が取れない。


 会議を終え、夜、ジャックがアンリの屋敷のラウンジでくつろいでいると、アンリが屋敷に戻ってきた。

 アンリは、ラウンジに顔を出す。


「少し、飲むか?」

 従兄弟から、酒に誘ってくることは珍しい。ドランジュ兄弟は、兄は酒好きで酔うまで飲む。弟の方は、酒は嫌いではないようだが、いくら飲んでも酔わない。酒は口実なのだろう。


「ああ」

 ジャックが返事をすると、アンリは近くの長椅子に腰掛け、グラスを差し出す。


「どうだ?シエンタの暮らしは?」

「まあな。初めてやる仕事も多いし、慣れないが楽しい。何より、エマも、月の半分ぐらいはシエンタにいるしな」

 今までのアンリなら見せなかったような柔らかい笑みだ。



「エマ嬢、今は領都か?」

「ああ、明日来る。協議会の最終日だしな」



 グラスをくるくる回しながら、アンリが話し始めた。

「お前が来たら、聞こうと思ってたことがある」


「なんだ?」

「シェラシアとラトゥリアの違い… というか」

 珍しくアンリが単刀直入ではない。面白い話が始まる予兆だ。


「言葉も人種も変わらないが、文化はかなり違うよなあ… 昔、本当に同じ国だったとは思えないぐらい…」

「そうなんだよ」


 アンリは、床を見つめたまま言う。

「実は、ギヨームから、エマのことで、度々言われていることがあるんだが…」


 アンリはなかなか言葉が繋がらない。

「ああ、なんだ?」

「『節度を持って』の度合いがわからん」


 ジャックは、口に含んだウイスキーを吹き出しそうになる。

 この従兄弟は女性関係はからきし疎いのだ、と思い出した。度合いについて即答できるが、面白いのでこのまま喋らせてみよう、とジャックに悪戯心が湧く。


「シェラシアでは、結婚は最後の人であることが、大事だよな?」

「その通り」

 ジャックは、油断すると吹き出してしまいそうで、できるだけ短く答えることにした。

「だから、思春期から結婚するまでは、まあ自由じゃないか」

 それくらいは知っているらしい。


「夜の相性も含めて、婚前に確認して差し支えないからな。結婚後の不貞や離婚が認められない分、慎重になるさ」

 このあたりが、シェラシアの独特の部分だ。女性のほうも積極的だし、貴族の親も勝手に婚約を決めてくることは許さないが、醜聞にならない程度の遊びは許容する。


「ラトゥリアは、逆だろ? 最初の人であることが大切で、結婚した後に恋人を持つことも当たり前だし、夫人も一人とは限らない」

「そうだな。より前時代的だよな」


 アンリは、ふう、と息を吐き出してから話し始める。

「… そこで、ラトゥリアでいうところの、婚前の節度、ってどこまでを言ってるのか、って問題なんだが…」


 やっぱりな、とジャックは思う。思った通り、面白い話だ。



 知っていても、簡単には教えてやるつもりはない。

「ちなみに、今はどうなんだよ?」


 アンリはグラスに口をつけ、答える。

「手の甲に口づける、ダンスを踊る。何度か抱擁した…された…」

 アンリの口調は、極めて真面目だ。


「かなり健全なほうじゃないか? むしろ、それはほとんど他人同士だな」


 アンリは、一度、顔を上げジャックを見る。

「なるほど… 他人… 口づけは?」


「今、婚約してるようなものだろ?問題ないだろ?」

「…」


「というか、してない方が驚きだよ!月に半分は、一緒に過ごしてるのに?」

「…」

 想定を遥かに下回る進捗に、笑いが溢れそうになるのを必死に堪える。


「気持ちが通じ合って、家族の反対もなく、一番浮かれる時期だよな… ギヨーム殿の言ってる節度、は多分、口づけまでで留めておけよ、ってことだよ」

 



「なるほど… それは、服から出てる部分、ってことだよな…」

「そりゃそうだろ!」


 13歳から男ばかりの寄宿生活をしていて、何故こんなに疎いままなのか… 誰か教えてやらなかったものか…と、ジャックはこの高潔な騎士を見る。高潔すぎて、下世話な話を持ちかける友人もいなかったのか。


 シェラシアの貴族の息子たちは、これまでも、山岳路を通ってシエンタの秋祭りに来ていた。それは、ラトゥリアの男性慣れしていない若い女性と戯れる絶好のチャンスとなる。男子学生たちは、シエンタ旅行を、「()()を学ぶ旅行」などとも称しているほどだ。

 さすがに、高位貴族には手を出さないし、子爵、男爵家のご令嬢などを相手に問題にならない程度の戯れに留めるわけだが。



「手とか、顔とか、足とか? 唇も?」

「足?!」


「足首と言う意味だが?」

「唇に口づけせず、足首が先? どういう状況でそうなるか、想像つかんわ」


 アンリは布張りの椅子に沈み込んでゆく。

「…」

「… まあ、頑張れな。明日、来るしな」


「ああ」

 心なしか、浮ついた感じの返事だ。



 ジャックは、すっかり空になったアンリのグラスにウイスキーを注いでやった。




 最後まで、読んでいただきありがとうございます。


 ブックマーク、⭐︎マーク、いいね、などリアクションいただけたら幸いです。


 エマのドキドキを少しでもお裾分けできていたら、いいな…と。


 また、お目にかかれたら、嬉しいです!



2023年4月改稿しました。

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