17 Day3 不憫な…
夕食の後、姉妹は兄の執務室に呼び出された。
ギヨームは、見るからに疲れた様子だ。
「急ぎの話がある。今日、大臣から伝えられた話だ」
ギヨームが話したことは式典の脅威についてだった。
ラトゥリアとシェラシアの歴史を遡ると、三百年前までは、二つの国は東に隣接する帝国の一部だった。
二又に分かれた大きな山脈が帝国を三分していたため、帝国の統治は不安定で、三百年前に内紛が起きた。
学芸都市リールを中心とした農業と工芸のラトゥリア地方、土木、建築技術で栄えたシェラシア地方は山脈を隔ててそれぞれ独立し、政情の不安定な帝国とは、今も付かず離れずの関係を保っている。
三国間に横たわる山脈には、内紛時の反体制派勢力の集落が点在しており、三国の商団、旅団からの掠奪を繰り返している。
今回の街道整備により、山岳地帯を使った交易路は衰退する。これは、反体制派にとっては死活問題となる。
街道敷設にあたって、度重なる妨害があったが、この式典においても妨害の予告と脅迫があったというのが、ギヨームが大臣に呼び出された理由だという。
「そこで、式典の警護に当たっている各組織から、討伐隊を出す。ドポムへの要請は、反体制派の拠点の洗い出し。至急、斥候を出すべき候補地を挙げる」
ギヨームは、頭をガシガシとかいた。取り乱さない温厚なギヨームには珍しい。それだけ無理を押し付けられたということだ。
「お兄様、本来の式典準備だけでも、首が回らないぐらいでしょう?」
「ああ… シエンタ市庁から人手を割きたいが難しい」
三人の間に沈黙が流れた。
初めに話を切り出したのは、エマだった。
「では、地形、土地の過去10年ぐらいの状況、最近の略奪事件の発生場所、あたりから候補地を絞る?」
「エマニュエル、頼んでもいいか?」
「勿論よ」
エマも、当然そのつもりだ。
「じゃあ、領館にある資料を誰かに取りに行かせよう」
「それには及ばないわ。私が今から行く。他の誰かでは領館で必要な情報を探し出すのに時間がかかるわ。私なら、すぐ用意できる。向こうで精査して、報告書だけ領騎士に持たせてシエンタに戻すわ。その方が早いじゃない」
「しかしだな、エマ、馬車で半日だ。それなら、僕が行く」
「お兄様は、ここに残って。お兄様じゃないと判断できないことがここにたくさんある。それに、私は自分で馬を駆るわ。知ってるのよ、お兄様、緊急事態に備えて駅家に軍馬を置いてきてるでしょ? そういう心配性で余念がないところが、お兄様の才能よ」
ギヨームはエマの提案にどう判断するか考えあぐねている。
しばしの間の後、ギヨームが答える。
「じゃあ、護衛を30分後に厩舎に遣わす。今、お前と議論する時間がもったいないからな。頼む」
「私は、山道の被害状況をシエンタ商工会と、ミュゲヴァリ側にもう一度確認するわ」
ジェニーも買って出た。
「私から商工会に明日の朝一番にここに集まるよう依頼するわ」
「ありがとう。ミュゲヴァリ伯爵には明日の朝、面会を依頼する」
エマとジェニーは頷き合う。
「本当にすまない。兄として情けない。人員のことはともかく、妹二人に頼る自分が。普通、貴族の娘は、もっと気楽な生活なのに。僕が頼りないから、エマは仕事漬けで嫁に出せないし… 嫁に出したジェニーだって、こんな風にこき使っているのがステファンにバレたら、実家と縁を切れと言われかねない… 本当にすまん」
兄の弱気が出てきた。爵位を継いでからはほとんど見せないが、本来の兄はこういうところがあるのだ。
「まあまあ、兄様。私たち、ずっと助け合ってきたんだもの。今に始まったことじゃないから、気にしないで」
「そうよ。やる時はやる。ドポムの力を出すのみよね」
「あまり、慰めにならん慰めをありがとうな。頼むよ」
エマは、急ぎ執務室を出て準備に向かった。
着替えて厩舎に行くと、四人の騎士がいた。二人はガルデニア領の騎士、トマーシュとその従騎士だ。残る二人はシェラシアの騎士だ。二人は外套を着て目深くフードを被っている。
「替えの軍馬に限りがあるから、四頭、四人で行きたいのだけれど、何故騎士が四人なの?」
フードの騎士の顔は分からないが、この顔触れでは指揮は自分だろう、とエマは考えた。
シェラシア騎士の一人が、フードを取り、答える。
「マイ・レディ、シェラシアの辺境騎士団ジャック・マーロウです。情報がまとまり次第、途中、離脱して先にシエンタに戻ります。こちら、同じく辺境騎士団のジャン・ピエール・ベルナールです。先の任務で顔に傷を負ったため、ご無礼お許しください」
もう一人はフードを取れないという意味だろう。
「ジャック・マーロウ、爵位や階級をお持ちでは?」
「本件、エマニュエル・ドポム嬢の指示に従う命が下されております。不測の事態となった場合は、我々に判断を委ねて頂きますが。我々に配慮は不要です。ジャック、ジャン、とお呼び下さい」
ジャン・ピエール・ベルナール。平凡過ぎる名前だ。 苗字のない平民に無理矢理、苗字をつけたのかと思うほどだ。
ジャンは、一礼する。
「五頭は補給できない駅家がある。ジャンは、留守番では?」
「シェラシアとしては、ご協力頂くエマニュエル・ドポム嬢の安全のため、是非ともお力添えさせて頂きたく。なお、配備している馬は、先立ってシェラシアからガルデニアに献上させて頂いたもので、ガルデニア産の馬より、走行距離も耐荷重も速度も上回ります。ご安心下さい。エマニュエル嬢は、ジャン・ピエール・ベルナールが同乗いたします」
ジャンの上官がジャックということなのか、ジャックが答える。
断れない話のようだ。
トマーシュを見遣ると小さく頷いた。トマーシュが良いと言うなら、その方が良いのだろう。エマは承諾し、出発した。
かなりの速度を出して進む。エマはあまりの速さに、舌を噛まないよう口を閉じ、振り落とされないよう馬にしがみつくしかできなかった。
エマが自分で馬を駆っていたら、この速さは到底出せなかっただろう。良い助太刀を得た。
途中の休憩では、馬の性能に感激したトマーシュに、シェラシアの馬を領内で繁殖するよう懇願された。シェラシアの騎士とも話しはしたが、その時も、ジャックだけが答えた。ジャンは上官から喋らないように命令されているようで、少し不憫だ。
馬の交換のあと、エマは馬に乗る時、不憫なジャンに声を掛けることにした。
「ジャン、ありがとう。私を乗せていると疲れるでしょう?他の人と交代してもよいのよ?」
ジャンの顔は見えないが、口を開くのを躊躇っているようだ。
「上官の目があって、話しにくいのならば気にしないで。精一杯やってくれていること、感謝しています。引き続き、よろしくね」
ジャンは無言でエマを馬に乗せ、自分も馬に乗る。
シェラシアの軍の統率に感心する。ジャンは本当に一言も喋らない。
出発の直前に、背後のジャンが動き、耳元にフードが近づいてきた。
「私があなたを落とすことはありません。力を抜いて、あなたの体力を温存して下さい」
喋った。
びっくりして、振り返ろうとすると、フードが頬に当たり、一瞬、息遣いを感じる。フードから溢れた髪が、月明かりで白く煌めいた。
ジャンは、エマの藍色のストールを巻き直し、エマの髪をストールの中にしまうと、馬を駆け始めた。
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2023年4月改稿しました。




