13 Day2 ほっとできる場所
エマは教会を訪ねていた。
式典で、シエンタの教会の聖歌隊が歌うため、段取りを確認する。シエンタ視察の折にはいつも教会に立ち寄るため、子どもたちも懐いてくれている。
トゥルバドゥールとのことで浮ついている気持ちを切り替える必要がある。このままでは、仕事ぎ手につかない。
そうは思ったものの、子どもたちとお喋りしていても、トゥルバドゥールの顔が頭をよぎる。
「エマさま、聞いてる?」
「ほたるの話!」
「今年はさ、見れなかったの!」
子どもたちに囲まれているのにぼんやりしていた。
「えぇ、ホテルのお庭が工事してたからよね?」
「そうなの。でね、来年は見れるかな、って思ってさ、工事が終わってから、見に行ったの!」
「お庭に?」
「そう! 門番のおじさんさ、クッキー持っていくとさ、お客さんいないときは、中に入れてくれるんだよ」
「まあ」
「そしたらさ、ほたるの川、なくなってるの!あれじゃあ、来年ほたる見れないよ」
「そうそう。来年出てくるほたる、どこ行っちゃうのか、エマさま、聞いてきてよう!」
「そうねぇ、川は埋めてしまったのかしら。どこか、お水を引いていたんだろうから、上流ならほたるが見られるかな、調べてみるわ」
「そうして! みんな楽しみにしてるんだもん」
教会を後にすると、馬車で商工会に向かう。道すがら、ホテルに引いていた水流が見当たらないかと、窓の外を眺めていたが、見つからなかった。
シエンタの古い地図か、ホテルの敷地の図面が必要だ。
ラトゥリア、シェラシア間に横たわる山脈のわずかな谷間を拡張し、橋梁を掛け、街道を造る土木工事はシェラシア主導で行われたが、シェラシアの国境からシエンタまでの間の宿場整備は、エマが担っていたと言っても過言ではない。
近隣集落で、小さな宿屋を営んでいたもののうち、より大きな規模で経営できそうな者には融資をし、領内から人の斡旋をした。
また、領地を持たない子爵家に廃れかけた宿屋経営を継承させたり、新たに開業をさせ、今後十年の税優遇をした。
引退した文官には宿場街の官吏を、引退した騎士爵には警備要員を、職を当てがい誘致した。
商家に対し、規模を見込める宿場街への出店を説得もした。
商工会には、これまでエマが助け、エマを助けた人々が式典に合わせて、エマに会いに来ている。
「エマニュエル嬢! 」
広間に集まっていた人々に歓迎される。
「お会いできて良かった。先月から大忙しだよ。シェラシアの各軍のシエンタ遠征にうちの宿場を使ってもらって、大繁盛だ」
「飲み食いの量が尋常じゃないからな」
「土産物も売上順調で仕入れを増やしてるよ」
口々に近況報告されるのを、一つずつ聞き、共に喜んだ。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
エマが帰った後も宿屋の主人たちのお喋りは続く。
「そっちの宿場はどうだ?」
「うちは、20部屋しかないからな、兵隊さん達は野営、お偉方だけ泊まって行ったよ」
「嵐だよな、あれは」
「全部で嵐はいくつ来た?」
「シェラシア王国軍だろ、辺境騎士団だろ、ミュゲヴァリ隊、アデニシャン隊。文官たちは、バラバラ来たから、助かったよな」
「あれな、各隊の滞在日、お嬢が裏で調整してんだよ」
「そうなのか?やけに按配がいいと思ったわ」
「うちは、1棟増築して、30部屋と、貴族用の続き部屋を3部屋。料理人もメイドも増やしたけど、閑散期が怖いわ」
「しばらくは、国境の通行料は凍結だからな、人の行き来はあるさ」
「式典の後はシエンタの秋祭りだ。もともと、あの山道を使ってでもシェラシア人は観光に来てたからな」
「今年の秋祭りは、いつもの何倍にもなるだろうな」
「うちは、もう貴族さまから予約きてるぜ」
「土産物店や商会も増えてるな。うちの宿でも品物を売れと言われたが、んな場所あったら、ベッドを置くさ」
「こっちは商家も、村に建物作り始めたぞ。宿場で仮住まいじゃ、金がかかりすぎる、とな」
「山道で商売してたやつらはどうだ?」
「最初は、流儀がわかってねえ、っと危うく村八分になるところだったが、今は落ち着いた」
「ウチのは、まだだな。俺らとはろくに口もきかねぇ。商売始める気配もあるんだか… 人の出入りはあるが…」
「まあ、場所が変われば苦労もあるんだろ。式典が終わったら、お嬢にまた相談するか…」
「お前んとこ、土産もん、在庫まだあるか?」
「土産って、あれか?兵隊さんモノか?」
「村の工芸品より、兵隊さんモノのハンカチが売れるんだよ」
「まあ、物珍しさだろな」
「ハンカチが余ってたら、回してくれよ」
「おい、アレは、村の女子どもが総出で刺繍してんだよ。勘弁してくれよ」
「だよな」
「兵隊さんたち、自分の制服が刺繍されたハンカチを買ってくんだぜ。家で嫁さんに刺してもらえばいいと思わねえか?」
「あれはよ、図案がいいんだよ。お嬢が王都の図案職人に作らせたんだよ」
「最近よ、貴族の家の下男が全種類買ってくのは何なんだ?」
「貴族のご婦人たちが使いぱしりさせてんだろ?」
「うちは、王都の商人が来たぜ。300枚なんてふざけたこと言いやがった。全7軍の指揮官服と下士官服で14種類をだぜ」
「兵隊さんの制服のどこがいいんだよ?」
「制服がそそるんだろ?」
「お前が、シエンタのアンナの店の給仕の足を見てるのと同じだろ?」
「あんな短いの、男はみんな見るだろ?」
「男は出てる部分を見るが、女は着てるもんを見るのさ!」
「ところで、お嬢は、なんか雰囲気変わったか?」
「いつもより、血色がいい気はしたな」
「この一年は、忙しかったからなあ。ちょっとは区切りもついたんだろ」
「お嬢がいないと困るが、いつまでも嫁がないでいいのか?」
「婿を取ればいい」
「兄さんがいるから、無理だろ?」
「商家なら、兄、弟の二夫婦でやるのはアリだが、領主だからなあ」
「商家でも、それやると跡継ぎで揉めてるさ。やらんに越したことはない」
「支店を持たせたりはあるだろ」
「領地分割できねえって」
「あれだ、喪服の乙女、って本当になっちまうじゃねえか」
「ま、俺らが頑張らなきゃ、安心して嫁に行けねえ、ってな」
2023年4月改稿しました。




