ビスマスの虹
少年には、絶えず大切にしていたものがありました。
それは、ビスマスという鉱石でした。ビスマスには虹色に光るという言い伝えがありましたが、少年は一度もその光る姿を見たことがありませんでした。
偶然少年のおとうさんとおかあさんが小さい頃から一つずつ持っていて、「お前が宝石のような存在だから、お前がこの石を持っていると、よりお前自身の輝きが増すと思うんだ。」と言われ、少年はビスマスを、おとうさんおかあさんから二つもらいました。「このビスマスは、お前を助けてくれるよ。いつかビスマスが虹色に輝いて、お前を守ってくれる。」おとうさんがそういっても、ビスマスとかいう石はちっとも光りません。そんなことよりも、と少年は直に守ってくれるおとうさんとおかあさんに抱きつきました。
しかし、おとうさんとおかあさんはいつの日か、ぽっくり死んでしまいました。家はとても貧しかったもので、おとうさんとおかあさんは小舟を使って栄えた港へ共に働きに行っていました。ある日その舟はとつぜんの嵐でひっくり返ってしまいました。
少年は、おとうさんとおかあさんの「いってくるね」という声に、「いってらっしゃーい」と返したときから、ずいぶんと時間が経ちました。少年は早くおとうさんとおかあさんにおかえりのぎゅーをしたいとおもっていました。
いつまで経ってもおとうさんとおかあさんは帰ってきません。
少年はさびしさで胸がいっぱいになりました。
どこ?どこ?どこへ行ったの?
少年には、とても早すぎました。
少年はたえられずに、ビスマスを持って家を飛び出し、近くの村をくまなく探しました。その村をでて、隣の、そのまた隣の町まで行きました。そこでも諦めず探しつづけました。あるとき、そこらをふらついている、ある物売りにたずねたところ、
「おたくの親は多分死んだよ。このまえぼろっくさい舟がうちの近くに漂流してきて、そこに刻まれていた苗字がお前さんの服に書かれている苗字と一緒だ。舟だけ流れてきたんだから、たぶんおたくの親は海に沈んだよ。何を今さら、そんな昔のことをたずねているのかね。」
少年は、そんな物売りのことなんて信じられるわけがありませんでした。流れる涙をそのままにしてその場を去り、町を出て、また隣の町へ行きました。あらゆる町を探しました。「その名前なんて聞いたこともない」という答えしか帰ってきませんでした。海を越え、山を越え、少年は探し続けました。
二つのビスマスをしっかと握りしめて、雨の日も風の日も、日照りの激しい日にも、少年は歩き続けました。
とうとう少年は力尽きて、砂漠のどまんなかで倒れてしまいました。
大切に持っていたビスマスも、真っ暗な夜での、疲れてぼやけた視界で、よく見ることができません。
そのとき、おとうさんとおかあさんの顔をはっきりと思い出しました。
抱きつきたいと思っても、その姿は一瞬にして消え、暗い暗い闇の中が広がっているだけでした。少年はさびしくてたまらなく、力なき身体でうずくまりました。その中でも、おとうさんとおかあさんの顔が思い出せただけでも、さびしさは少しやわらぎました。いつでもこころの中にいてくれる。少年は安心して、体の力を抜いて、ゆっくりと体を仰向けにしました。数え切れないほどの星が、しんしんとかがやいていました。遠い遠い彼方を眺めながら、少年はくちびるをわずかに微笑ませて、一筋の涙を流し、その小さい命の灯を消しました。
やがて、少年のほおをつたった涙が、ビスマスの上にこぼれ落ちました。
するとビスマスは、とつぜん虹色に輝きだし、何もない夜の砂漠を、ビスマスの光が青紫色に染め上げ、少年の身体をつつみこみました。
少年は体が軽くなった気分がしました。自分の手から、虹色の光がこぼれ落ちるのをひしひしと感じて、とてもうれしくなりました。七色に光るビスマスに、少年は顔いっぱいに笑みを浮かべながら、七色の光が創り出した虹の中へ消えていきました。
虹の中で、少年はおとうさんおかあさんと出会いました。家族みんな、涙を流しながら、胸いっぱいに抱き合いました。「いっぱい苦労させちゃったね。もう、離ればなれにはならないよ。これからも、ずっとずっと一緒だよ。」
ビスマスはいつまでも、いつまでも虹色にかがやきつづけました。
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