第8話 転生後の救い
** 回想終わり、転生後の現在 **
そうだ、そうして文字通り決死の覚悟で処刑を受けて、転生が成功したのに……それが自室に引きこもっていては話にならない。
今は父にせがんで借りた魔術大全の本を読みふけっている。少しでも早く魔術を習得できるようにと。
幸い転生後のこの体にも魔力は相当量巡っている。
初級魔法を軽く試してみたが問題なく使えたのだ。
俺はそうして魔術を勉強することで自身の心の均衡を保つ言い訳としていた。
そんな中――
コンコンと自室のドアをノックする音。
あれ、もう食事の時間だったかな?
「……はい、どうぞ」
目の前に現れたのは美しい少女だった。
長髪の艶やかな赤髪をたなびかせて、どこか心配そうにも見えるクリっとした宝石のような赤眼でこちらを見据える。
目が覚めるような美を備えているが、どこかまだ幼さも残した面差し。
身長はどちらかといえば低い方だろうか。
白を基調とした落ち着いた服装が彼女の美しい赤髪ともよく似合っている。
少女は幼馴染のエレナだった。
転生後、はじめて会うエレナとの邂逅。ウィルの記憶が染み渡るようにこちらも不思議とストンとすぐに腑に落ちた。
「なーにしてんの?」
「いや、風邪で休んでいるんだけど」
「んーー? ほんとにー?」
エレナは宝玉のような瞳を向けて、俺の顔をまじまじと見つめてくる。
俺はきまりが悪くなり下を向く。
幼少から付き合いのある彼女には俺の嘘は通用しないと分かっているからだ。
だが――そんな様子とは裏腹に、彼女が紡ぐ言葉の一つ一つ、まるで銀鈴のようなその声音は俺の心を心地よく震わせる。
「おばさんから聞いたよ。5日も休んでるんだって?」
そうか、母さんが心配して近所のエレナに相談したのか。
「中々、体調が戻らなくって」
「ふーん、そうは見えないけどねー」
言い当てられてドキっとするとともに罪悪感も感じる。
エレナは少し上目遣いとなって俺に尋ねる。
「ねー、覚えてる? 約束。私、ずっと待ってるんだけど」
「約束?」
エレナと約束なんてしていたっけな?
……まずい、エレナの頬が膨れはじめた。
「もー、忘れてる! 買い物に連れて行ってくれるって約束だったでしょ!」
そう言えば、話の流れでそんな約束をしたような……。
「ごめん、忘れてた……」
「もー、ほんとは体調悪くないんでしょ! 今から連れて行ってよ! ほら!」
俺はエレナに強引に手を掴まれてひっぱられる。
俺はそのエレナの柔らかく小さな手のひらの感触にドキッとする。転生前は家族以外の女性の手を握った経験などなかった。
心臓の高まりはそのままで、家の外へと連れて行かれる。
すると道を行き交う人々を見て――――俺は恐怖と不安から足がすくみそうになるが、しかし――
「へへへー、これでやっと買い物いけるね!」
エレナはしてやったりとでもいうような笑みを浮かべて嬉しそうな表情をした。
「………………」
そのエレナの顔を見た時、俺の胸に温かい感情が湧き上がってきた。
ウィルのエレナとの記憶がフラッシュバックのように俺の脳裏に去来する。その記憶はどれもウィルのエレナに対する温かい感情を伴うものだ。
彼女の笑顔、時に泣き顔。
初めて二人手をつないで帰ったあの日。
喧嘩をしたこともあったが、彼女との思い出に嫌なものは一つとしてない。
小さな頃からずっと俺に寄り添い、そして励ましてくれてきた存在。
そうか、俺はエレナのことが……。
すると不思議なことに先ほどまで俺の心を占領していた、道行く人々に対する恐怖と不安の感情が、綺麗サッパリ消え去っていることに気づく。
変わりに俺の心を満たしているのはエレナに対する温かな親愛の情であった。
「どうしたの?」
そうした俺の様子を不審に思ったのかエレナは問いかけてくる。
「いや、なんでもない…………その……ありがとな」
「えっ、どうしたの急に?」
エレナは嬉しそうにしながらも突然の賛辞に戸惑う。
「……っ」
急に恥ずかしくなった俺は照れ隠しで、今度は俺からエレナの手を取る。
すると今度はエレナがどぎまぎとうろたえる。自分から手をつなぎにいくのはいいが、俺から来られる心の準備はできていなかったらしい。
「じゃあ、行こう! どこに行く? 商人街かやっぱり」
「……うん!」
はにかんだ表情で頬を上気させながら手を引かれたエレナは俺の後に続く。
「いらっしゃい。いいもの揃ってるからじっくり見ていってねー」
商人街の一角。
色とりどりのアクセサリーやイヤリングが輝きを放ちながら並んでいる露天で、俺たちは足を止める。
「旦那、奥さんにはこれなんか見合うんじゃない?」
「えー、奥さんなんて! ねえ!?」
満更でもない様子でエレナは述べる。
「旦那は奥さんにいつも綺麗でいて欲しいと思うもんでしょ」
「ちょっと、やだー」
バンバンバンと照れながらエレナは俺の背中を叩く。なぜ俺を叩く?
その後、エレナはいろいろと迷いながらもイヤリングを一つ選び、俺が代金を支払う。
俺は最近、教師見習いの仕事をはじめ、多少は賃金を貰っている。ある程度、自由にできるお金ができたらエレナにプレゼントを買って上げる約束だったのだ。
「どう似合う?」
エレナは嬉しそうに俺に聞いてくる。
「ああ、似合う。綺麗だよ」
俺は本心を述べたのだが、そんな自分が急激に恥ずかしくなる。
エレナも褒められなれていないのだろう、うつむき頬を赤らめていた。
その後、出店の屋台が並ぶ通りを歩いていく。
先ほどのような装飾品から雑貨やお菓子などの食べ物からお酒、飲み物などさまざまな品目を売る出店が並んでいる。
そんな中、エレナの視線が一つの屋台に釘付けになっていることを俺は気づく。
そのお店はキャンディーショップだ。
さまざまな形の色んな色で装飾された大きめのキャンディーが売られており、子どもに人気がある。
「キャンディー買うか?」
「えっ? 別に……あれは子どもが食べるものだし……」
「欲しそうにしてるじゃん」
「べべべ、別に欲しそうにしてないでしょ!」
「ほら、買ってあげるから」
俺は代金を支払い、大きなキャンディーを受け取る。
「しょ、しょうがないわね。もったいないから貰って上げるわよ」
エレナはキャンディーを受け取るとそれを美味しそうに舐めだした。
子どもの頃からそういう所、変わってないなーと思いながらその様を見ていると。
「……私のこと、子どもだと思ってるでしょ」
エレナは俺の心の声を言い当てる。
「いや、そんなこと、思ってないよ」
「いーや、絶対、そう思ってる!」
「あー、お姉ちゃん一緒」
その時、子どもたちの集団がエレナと同じ様にキャンディーを舐めながら並んで歩いてきた。
「な、何が一緒なの?」
「キャンディー舐めてる所ー」
「大人なのにキャンディー舐めてるー」
「お姉ちゃん、何歳ー?」
俺たちの会話を聞いてたのか子どもたちはエレナをからかう。
エレナが怒った様子を見せると、子どもたちは蜘蛛の子を散らすように走ってその場から逃げていった。
「……まったくもう! ちょっとウィル、何笑ってるのよ!」
「ははは、いやーごめん。微笑ましくてさ」
「もうー!」
エレナはそう言って頬を膨らませながらも、まだキャンディーを舐めている。キャンディーを舐めることを止めることはできないらしい。
その様を見て、俺はまた笑ってしまった。
いつしか、俺はほんの少し前まで、他人への恐怖に悩んでいた事すら忘れてしまっている自分に気づく。
エレナのおかげだった。
幼少の頃から俺のことを受け入れ、そして励ましてきてくれた存在。
俺にとってかけがえのない大切な存在だ。
――そうだ、今度こそ本気で生きよう。
俺は決意を新たにする。
今度こそ後悔がないように、自分で自分が誇れるように。
謀略に関わっていた奴らに逆襲して。
そして俺は俺を、今は何も知らずに王宮で過ごしている前世の俺を必ず処刑から救うのだ。
他の誰でもない、俺自身の為に……。
「もうー、また笑ってる!」
ポカポカと俺を叩いてくる、エレナに向かって、
「ありがとう」
再度俺は小さな声でそう呟いた。