第48話 俺は俺を救う
既に炎そのもののようなオリガ。その肉体は魔法で構成されたものではなさそうだが、剣でその肉体の奥深くに反魔法を巡らせる事でダメージを与えられたのだろうか?
原理はよく分からないがダメージが通るであれば攻撃あるのみだ。
俺は続けざまオリガに剣撃を加えていく。
「ぐっ、うわっ、や、止めろーッ!」
オリガはいつしか自身の姿形を維持する事自体が難しくなる。
「こ、このままでは私は消えて……し、死んでしまう! 炎の大精霊アグレル様。お、お助けよ!」
オリガのその呼びかけにより彼女の背後から、俺がうっすらと感じていた何かが一気に顕在化する。
オリガの10倍近くはあるのではないかという巨体がオリガを包み込むように顕現する。
オリガが言ったように炎の大精霊なのだろう。炎そのもののような半透明の巨体はジリジリと焼けるような熱気を周囲に放っている。
精霊の加護など神話の世界の話で現実にはないのかと思っていたが……。それならオリガの不死身の炎の肉体や、長命なども説明がつく。
ジリジリと身体が焼ける音がする。だめだ、大精霊の巨体に接するのではなく、同じ空間にいるだけで身体が焼けてくるようだ。
絶えず焼かれ続ける身体を治癒する為、俺は自身に治癒魔法をかけ続ける。
もう魔力も残り限られている。後は短期決戦で終わらせなければ、戦いが長くなれば、もう魔力がもたない。
「ホウ、フヒョオ゛オ゛ーーーーーーーッ」
大精霊は咆哮を周囲に放つ。
咆哮とともに大精霊のその熱も大空に波及していったようで、大空に散財していた雲々がすべて消え去る。咆哮後の大空に広がるのは澄み渡るような青一色だ。
俺は斬撃波として白魔法の反魔法の斬撃を飛ばす。大精霊のその身体は斬撃波が直撃した直後はその箇所が霧のようになるが、すぐに元に戻る。
大精霊は口から漆黒の獄炎を吐き出す。必死に避けるがその余りの魔力に俺はゾッとする。直撃すれば消し炭すら残らないだろう。
治癒魔法だけではもう間に合わない。俺は氷結魔法を自身の周囲に展開する。氷は一瞬で蒸発していくが、それでなんとか俺の肉体は持つ。
斬撃をいくつか飛ばすが、大精霊にダメージを与えられない。
魔力はもう残り少ない。
ギリギリまで追い込まれたその時――――
俺は自分の全身に白魔法をかけて身体を反魔法で包み込む。俺の全身は白く光り輝くようになる。
なんでこんな事をしたのか自分でも分からない。
完全に無意識下での行動だ。
だがその効果はてきめんであれほど熱く焼かれていた俺の身体はなんともなくなる。
俺はそのまま大精霊の透明な巨体内部に飛び込んで、内部のオリガに斬撃を加える。
「うぎゃあああああああッ!!」
オリガが悲鳴を上げる。
「グリョオ゛グリョオ゛リョオ゛オ゛オ゛ーーーーッ」
大精霊も大気が震えるかのような咆哮を放つ。
大精霊から――眩い、目も開けていられないような閃光が地上にいる人々の目までも届いた後――
大精霊の姿は消え去り、俺とオリガは力尽きて地面に降り落ちた。
降り落ちた俺たちの周りにいた民衆たちが蜘蛛の子を散らすように、俺たちから距離をとって離れる。
そして先程まで俺たちの戦いを観覧し、熱狂してた人々の間に静寂が訪れる。
倒れていた俺はヨロヨロになりながらその場に立ち上がる。
一方、オリガの方は白目をむき、完全に気を失っているようで戦闘不能となっている。
俺は無言で勝利のガッツポーズを取る。
すると処刑会場の人々から地響きのような歓声が沸き起こる。
「うおーーーーッ!! 神級の魔術師を打ち倒したぞーーッ!!」
「すげーーッ! 世界最強に勝利したー!!」
「世界最強の魔術師はマグレガー王国の白の魔術師だあーー!!」
……終わった。
次々とかけられる称賛の歓声に包まれながら、俺はやっと安堵する。
前世の今頃は首をはねられていた。
俺は……俺を……やっと……なんとか……。
湧き上がる喜び。
俺は天を仰ぐ。
そう、遂に俺は俺を…………。
だが今は感傷に浸っている場合ではない。
まだやるべき事がある。
前世の俺、ルーカスは魂が抜けたように放心している。現実を受け止めるのに今しばらく時間がかかるだろう。
貴賓室の方へ顔を向ける。
そこには苦々しげに俺を睨みつけている、王と第1王子のテオドール、第2王子のブルータスの姿があった。
そして俺は民衆に向き直り、片手を上げて大声で宣言する。
「神級の魔術師を打ち倒した白の魔術師としてここに宣言します!」
騒然としていた会場内が俺の言葉の続きを聞こうと、シーンとなる。
「私、兄弟団員のウィルは第7王子の後見人となり、第7王子のルーカス殿下は私の庇護下に入るものとします。ルーカス殿下に対立する者は私と対立する者、ルーカス殿下を害する者は私を害する者です!」
おおーーーと民衆は若干の驚きと共に俺のその宣言を受け止める。
一方、王はわなわなと、ことごとくその狙いを潰してきた俺に対して強い憎しみの視線を向けてきている。
今の宣言は王たちによってルーカスを暗殺させない為の牽制だった。これで第7王子のルーカスに安易に手出しをするものは出ないだろう。
前世の俺を処刑しようとした王族たちについて、このままで済ますつもりはない。
だがそれは後でもいいだろう。
「ウィル、先程の戦いの最後の方では君は白く輝き、まるで神のようだったよ。あの輝きは一体? っておい、何処に行く、ウィル!?」
俺は浮遊術で処刑場の上空へと逃げる。
もう十分称賛は受けた。
疲れたし、一人になりたかった。
そもそも人が多い場所は苦手だ。
俺は後ろ髪を引かれている人々を残してその場から浮遊術で去っていく。
◇
王都郊外の大木の傍ら。
処刑場を抜け出して、俺は大木により掛かる形で寝転がり、大空を眺めている。
前世も同じように人気のない所で一人で空を眺めてゆっくりすることを至福としていた。
転生してもそういった所は変わらないらしい。
その時――
走ってここまでやってきたのか、はあはあ……と息を弾ませている人の息づかいと気配を感じる。
その後、その人は寝転がっている俺の隣に座る。
俺はその人物を寝転がった状態で見上げる。
「お疲れ様」
エレナは俺にそう微笑みながら言う。
太陽の後光に照らされたその姿は冗談抜きに女神のようだ。
俺はモゾモゾとエレナの膝の方へと移動して、膝枕をしてもらう。
ああ、これは至上の幸福だ。
いくらお金をかけようと、いくら権力があろうと、いくら人気があろうと味わうことができない類の。
「ウィルがやりたかった事はあれで達成できたんだよね」
エレナは俺が転生してきた事や転生の目的も知らない。だが、思い詰めたように必死に努力している俺の様を見て、何かしら内に秘めた思いがあるというのは予想がついていたのだろう。
「ああ、達成できた。エレナのおかげでもあるよ…………ありがとう」
「そんな、私なんか何もしてないし……でもよかったね! 達成できたんだったら。でも、今度からは一人で抱え込まずに私にも少し相談してね」
「分かった、今度からは困った事があったらエレナには相談するな」
「うん……」
エレナはそう返事をすると俺に優しい瞳を向け、そして俺と同じように大空を見上げる。
まだやるべき事は色々と残っている。
だが一時の休息、至福の休息を今は存分に味わいたい。
転生してからおよそ一年。
全力でここまで走り抜けてきた。
転生直後は人が怖いとすら思っていたのに……エレナに救われ……剣術大会で勝利し……兄弟団に加入して……そう考えると色々と感慨深いものがある。
前世のあの時、処刑の時に感じた、深い井戸の底から光を求めて力の限り叫ぶような魂の慟哭から。
俺は、俺を……救った。
大空にはいつの間にか大精霊が消し去ったはずの雲が復活しており、雲々が空を悠然と流れていた。
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