第26話 耳障りな嘲笑
少年は民家の間をすり抜け、途中、洗濯干しを倒し、水の入った洗濯用の桶を倒し、住民たちの怒号を後方から聞きながら逃げていく。
結構疾い、逃げ足は相当なもんだ。
ただこちらも脚力は剣術で鍛えられている。
ある程度の所まで少年に追いつくと――
《瞬歩》
俺は一瞬で少年の眼の前に立ち現れる。
「なっ!?」
少年は驚愕の表情で急ブレーキをかけ、そしてまた逆方向へ逃げようとするが――
《瞬歩》
逃げようとした方向に俺はまた瞬時に移動する。
「これは瞬歩っていうスキルだ。俺からは逃げられないよ。それに話を……」
後方から殺気を感じた俺は瞬間的にしゃがむ。
ブンッ!
振り返ると鉄パイプを手にした双子の少年の片割れがいた。流石貧民街の少年たちだ。一筋縄ではいかないらしい。
「に、兄ちゃんから離れろ! えっ!?」
俺は一瞬の内に少年から鉄パイプを奪い取る。
そして、奪い取った鉄パイプを遠くへ投げ捨てた。
「まあ、ちょっと話しを聞いて欲しい。いきなり投獄なんかしないし、君ら事情があってソーマの密売してたんだろ。大人しく言う事を聞いてくれたら悪いようにはしないから」
「う、嘘だ! そんな事言って俺たちの事、騙すつもりだろ!」
そう、見知らぬ大人を簡単に信じたりしないのは大変よろしい。だが俺は悪い大人ではない。どうするかな……。
「まず麻薬の密売はお母さんの為だろ。病気のお母さんに薬を買ってあげるため。逆に麻薬の密売でもしないと貧民街出身の君らに高価な薬を買えるだけのお金を稼ぐ手段も方法もない。ここまではあってるかな?」
「「……うん」」
ハモるように二人は同時に返事をする。
「兄弟団の子弟制度は知ってる? 俺は兄弟団の4階位で子弟を持つ事ができる。よかったら俺の子弟にならない? 高額ではないけどお母さんの薬を買ってあげられるくらいの給金は渡せる。薬屋もいい所を紹介してあげられるし」
アルフレッドの商会がいくつか薬屋をお得意先に持っていたはずだ。その中に確か評判のいい所があったし、顔が効いてもしかしたら割引などしてもらえるかもしれない。
「「えっ?」」
思いがけない提案だったのだろう。驚いた表情をした後、二人はお互いを困ったような顔で見つめ合う。
ある程度の仕込みは必要だが、前世の謀略の情報収集要因として俺は彼らを仲間に引き入れたい。
麻薬の密売は許される事ではないが、病気の母親を思いはばかっての行動だ。情状酌量の余地はあると思ってる。
麻薬の密売なんてやるくらいだ。度胸については問題ないだろう。
「本当は麻薬での密売なんかしたくない」
「でも今辞めたら……」
「安心して。胴元には君たちと母親には手を出ささない」
「「…………」」
二人は無言で顔を見合わせる。そして双方が頷き――
「……胴元は……ボスは貴族のルスラン=ベェルガー」
「ルスラン=ベェルガー!?」
「知ってるの?」
ルスランは前世の母方の親戚だ。確か一個下の歳の貴族で王都の魔術学園に通っていたはず。
前世は俺とルスランの接触はほとんどない。顔合わせくらいは一度したような気がするが、印象も記憶もほとんどない。
「ああ、一応知ってる。詳しくはないけど。だけどなんでまた貴族なんかと知り合う機会があったの?」
「ルスランの学園同級生の取り巻きが最初、ソーマの密売してて……。都合のいい密売人探してたみたいで貧民街で物売りしてた俺たちが声かけられて……報酬がよかったから……」
なるほど。ルスランの学園同級生の取り巻きという事はおそらく貴族だろう。だが貴族といえどまだ少年の学生。麻薬ソーマの販売など独力でできるものではない。
十中八九、まだ背後に黒幕がいると考えていいだろう。母方の親戚という事でベェルガー商会とももしかしたら関係があるかもしれない。
今世で俺はもちろんベェルガー商会との関係はない。これは思わぬ所から前世の謀略の糸口が見つかったのかもしれなかった。
「分かった、安心して。貴族と言えど君たちに手出しはさせない。この件が片付いたら兄弟団の俺の子弟となって、密偵として働いてもらうから。とりあえずは、ルスランが住んでる所は分かるかな?」
「うん、いつも密売したお金とソーマの受け渡しをルスランの邸宅でやってるから。こっちだよ」
双子の二人の後についていく。居住地は貴族街だろう。貧民街からはちょっと距離があった。
「あれが、ルスランの邸宅。あっ! あれが、ルスランだよ! あの色白で中央の小太りの、ちょうと学園から帰ってきたみたい」
取り巻きと思われる学生を引き連れ、ルスランは我が物顔で街道を闊歩していた。
「よし! それじゃあ、後は任せて。一旦、帰って良いよ。この件が片付いたら、また俺から声かけにいくから」
「「うん! 頑張って!」」
またしても二人は息を合わせたかのように綺麗にハモって返事を返した後に立ち去っていく。
俺はルスランたちの通行を妨げる形で彼らの前に立ちはだかる。
「なんだ、お前は? 邪魔だ、そこをどけ!」
「あなたがルスランさんですか?」
「ああ!? 俺の事知ってるのか?」
俺は懐から兄弟団のペンダントを取り出す。
「兄弟団の者です。あなた、貧民街の双子の子供に麻薬のソーマの密売をさせてますよね?」
「き、兄弟団だと? お前平民だろ。俺を誰だと思ってる。貴族の侯爵の息子だ、無礼だぞ!」
「貴族の侯爵だろうと関係ないです。マグレガー王国法により王族以外への兄弟団の逮捕権は保証されていますので」
「ぐっ! 平民無勢が偉そうに俺様に講釈たれやがって! おい、お前、俺達が魔術学園の学生だと分かってんのか?」
「魔術学園の学生だからってどうしたと言うのですか?」
ルスランは取り巻きたちと顔見合わせた後に笑い合う。
「ははは、ルスラン様! やはり、無学な平民ですね!」
「お前が偉そうに話なんかできるお方ではないんだよ!」
「魔術学園に通っているという事は我々は魔法を扱えるという事だ。それがどういう意味を持つか分かるか?」
「魔法だったら俺も使えますが?」
「ははは、使えると言っても生活魔法だろう。薪に火を焚べたりするな。俺がいってるのは戦闘魔法だ。人のその身を焼き、凍らせるな」
「どうだあ、ちびっちまったかあ!」
「思い知らせてやろうかあ!」
ルスランと取り巻きたちは勘違いしているようだ。いや、普通に戦闘魔法も使えるんだけど。
勘違いしている人も多いが魔法は別に独学でも習得は可能だ。術式の理論理解は独学ではかなり厳しい。ただ難易度が高くなるというだけ魔法習得が独学で不可能という事ではない。
「それにルスラン様は王族とも懇意にされているんだぞ!」
「…………誰ですか?」
「先程、逮捕権がどうこう能書きたれてたもんな。聞かしてやろう。なんと、第2王子のブルータス様だ!」
「…………」
ブルータス!
その名を今世でも聞くことになるとは。
ブルータスとルスランとベルガー商会。
思わぬ所で接点が見つかった。やはり、奴は前世の処刑の謀略に絡んでいるのか?
王族が絡んでくるとは一旦真偽を確かめた方が賢明だ。王族には単純に警察権を行使できない為、攻め方も考えないといけない。
ただ王族だからといって無敵な訳ではなく攻めようはある。
「今日の所はこれくらいにしておいてあげます」
どっとルスランたちから嘲笑が沸き起こる。
「負け犬の遠吠えとはこの事だな!」
「おととい来やがれ! この下賤な平民風情が!」
言葉通りの意味なんだがまた勘違いさせてしまったようだ。
これは一時的な戦術的撤退にすぎない。
ブルータスにどこまで切り込めるかは分からないがルスランを逮捕するのはすでに確定事項だ。
まあ、いい。俺は踵を返してその場から立ち去る。
後方ではまだ耳障りなルスランたちの嘲笑の声が鳴り響いていた。
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