第16話 サーカス団の目の玉
その日の夜、俺はエレナをサーカスに誘った。
急な誘いではあったがエレナは喜んでついてきてくれた。
「うわぁー、すごいウィル! きゃあ! 火の輪をくぐったわよあの猛獣! よく言うこと聞かせられるわね」
エレナはこういった出し物を見るのは初めてらしく目を輝かせている。
俺は前世、王族の経験で何度かこういった出し物を見た経験はあった。
猛獣以外にも小人に巨人など、人間についてもユニークな人々が多く、人間離れしたような玉乗り、ブランコ、曲芸も見せる人などもおり、観客たちを大いに湧かせている。
「それでは次はスタンプサーカス団の団長とともに魔獣の登場になります」
魔獣は団長に引かれて登場する。
「皆様、どうも今宵はスタンプサーカス団にようこそ」
「スタンプ……サーカス……団に……ようこそ」
おおーという観客たちのどよめきが起こる。
どうやら魔獣は人語を解するだけでなく、喋るようだった。喋る魔獣など聞いたことがない。大変珍しい種だ。
「すごい! 喋ったよウィルあの子。魔獣って喋れるの?」
「いや、魔族で人型のものがしゃべる事はあるけど、魔獣は聞いた事ないな」
舞台上に団員たちによってまた火の輪がセッティングされる。
「ではエンハンス、お前もこの火の輪を華麗にくぐるんだ!」
「いやだよ……こわい……団長がやれば」
どっと観客たちから笑いが起こる。
「くぐればお前の好物のバナナをあげよう!」
「ほんとに……?」
「ほんとうだとも!」
エンハンスと呼ばれた魔獣は器用に火の輪をジャンプしてくぐる。
「じゃあ……バナナ」
「んっ?」
団長はすでにバナナを頬張りすべて口の中に入れている。
「嘘つき……バナナ……よこせ」
団長は火の輪をくぐりながら逃げ、その後を魔獣は追う。観客たちの歓声と笑い声が起こる。
そこまで面白いのか目に涙を溜めているような人もいる。
隣のエレナの耳にはこの前にプレゼントしたイヤリングが輝きを放っている。
その後も様々な演目が続いていった。
「ああー、面白かった。ありがとね、ウィル今日は誘ってくれて」
「楽しんでもらえたんなら誘ったかいがあったよ」
「それにこれってあれじゃない。その……」
「ん?」
「その……デー」
「おすわり! その後は回って、回って!」
サーカス団のテントの裾から元気よく指示を出す声が聞こえてきた。
俺とエレナがその声がした方向に目を向けると少女が大型犬に芸を仕込んでいるようだった。
先程、サーカス団員が呼んでいたユーナという少女だ。
「ワンっ!」
大型犬はおすわりはしたものの、その後の回ってという指示は無視して少女の顔を舐め回している。
「ちょっ、違うって、回って、回って!」
「お嬢ちゃん、何してるの?」
エレナがユーナに前かがみになって尋ねる。
「今、ラッキーに芸を仕込んでるの! それでユーナも舞台に上がってサーカス団の舞台の一員になるの!」
「ワンっ!」
知ってか知らずかラッキーと呼ばれている大型犬もユーナの隣に座って元気よくこちらに向けて挨拶をするように吠えた。
「へー、エライなー、お嬢ちゃん。ユーナちゃんっていうんだろ?」
「うん、私ユーナ! お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃんはウィルだよ。でこちらのお姉ちゃんがエレナ」
「エレナよ、よろしくね」
「ウィルお兄ちゃんにエレナお姉ちゃん、よろしく! ユーナね、頑張って稽古してね、サーカス団の目の玉になるんだよ!」
「目の玉?」
エレナが首をかしげる。
たぶん目玉の事を言っているのだろう。
そこに先程の団員がたばこ休憩に行くのか通りかかる。
「おっあんた、観に来てくれたんだな、ありがとな。おい、ユーナ。お前もう遅いんだから寝ろ!」
「いや! ユーナ、まだ訓練する!」
「ワンっ!」
「もう、遅いんだからダメだ! 子供はもう寝る時間だ!」
「いやー、ユーナも役に立つー」
「ユーナ、もう寝なさい」
先程の演目で魔獣と出演していた団長が現れた。
「パパ……」
「ほんとはもう眠いんだろ、ほら」
団長が差し出す両手にユーナは素直に抱かれる。
「よいしょ。じゃあ、寝室へ行くか。また近所の犬を連れてきて。すまんが、ラッキーを近所の家に戻しておいてくれ」
「了解、団長」
団長に抱かれたユーナはすでに眠そうだ。
うつらうつらとしながら団長に抱かれたユーナはテントの中へと消えていった。
俺は帰り道、ユーナについてエレナに説明する。
「へー、孤児でトラウマがあるんだね。それであんな遅い時間も頑張ってたんだ。小さいのに偉いな。健気で可愛かったねー」
「ああ、団長もいい人そうだし、いいサーカス団なんだろうな」
「また、来年も来ようよ」
「ああ、いいよ」
「約束だよ!」
その日は満月で月明かりが明るく、まるで昼間のような明るさの下、俺たちは家路に向かうことになった。
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