うちの先輩はとりあえず『外堀』を埋めるところから始めるようで。
外堀を埋められている気がする。そんなこと思ったのはいつからだろう。
「だだいま」
「あ、お帰り恭くん。アイス食べる?」
今のようにリビングの扉を開けた瞬間に自然体で椅子に座っている先輩を見たときかもしれないし、さも当然のように先輩が我が妹に勉強を教えているのを見たときかもしれない。
「お兄お帰り~」
「恭くん何味がいい?」
「食べるとは一言も言ってないんだが?」
「食べるでしょ?」
「......バニラで」
おっけー、と手を上げなから迷いのない歩みで冷蔵庫へと足を運ぶ先輩。
さも当然のような足取りで。俺はその事にようやく違和感を覚え始めたのだ。
ソファーにドカッと座り、横目で先輩を眺める。
「結姉私の分も~」
「チョコだよね?」
「さっすが結姉分かってる!」
「ふっふっふ。もはや趣味嗜好は完璧に把握したといっても過言じゃないかな?」
「大過言だよ?」
結姉。つまるところ、姉。姉と呼ばれる程度には妹と仲が良いわけだ。うん。
妹とめちゃくちゃ仲良いじゃねぇか。
先ほどから妹と仲良さげに茶番を繰り広げているのは先輩である。
我が高校には帰宅部が存在しており、俺と先輩はそこに所属している。
帰宅部、という部活動の仲に先輩との繋がりができるのかと聞かれれば、まぁ一般的には否だろう。
帰宅部というのは自分の時間を大事にしたい奴らの集まりである。なので、皆速攻で帰るのだ。
何故先輩と繋がりができたかと言われれば、帰る方向が一緒で、別にそこまで生き急いでいるわけでもなく、話せば不思議と馬があったからだ。帰宅部としての活動(?)をしていくこと一年。親交が深まるのは当然といってもいい。
水瀬結。帰宅部の紅一点として有名である先輩である。
最近ようやく苗字呼びをお互いに止めた。彼女の仲で友人として認められたようで嬉しい。
嬉しいのだが、やっぱりなにかおかしいのだ。
自意識過剰にもほどがある。もし間違いだったら恥ずかしいことこの上ないが。
外堀を埋められているような気がする。
先輩が家に入り浸るようになってから半年。そしてこの違和感にようやく気づいたのが3日前。
「......」
「へい恭くん。私をそんなにまじまじと見てどうしたんだい?もしかして惚れた?」
「いやよく見たら先輩って美少女だなと」
「そう呼ばれることの努力を欠かしたことがないからね。褒められても私の手からはアイスしか出ない訳だけども」
「アイスは1日1本までです」
「知ってた。はい、バニラ」
手渡されたアイスを食べながら考える。
何故こんなにも先輩は我が家に自然に溶け込んでいるのかと。
もう自然も自然。この場にいるのが当然のような振る舞いなのだ。
いや、俺の考えすぎだ。あくまで気がする程度だし先輩をジロジロとみるのも失礼というものである。
「あ、ちょっとお花摘みにいってくるね~」
ここで先輩が一旦退室。ふぅ、と溜め息を付く。
なんだか先輩が同じ空間にいると気になって仕方ないのだ。これも所詮思春期男子の性というやつである。美少女を意識してしまうのは仕方ないことだろう。
「ねぇお兄」
「どうした妹よ」
「ぶっちゃけさ、付き合ってる?」
「は?」
いきなり妹に話しかけられたと思ったら、わけわからんことを聞かれた。
お前はいったい何を言っているんだ。そう視線で示すと妹は指先で髪をくるくるさせながら言った。
「だってさ、お兄と結姉めっちゃ仲良いじゃん」
「それは邪推と言うものだぞ妹よ」
「横に並んでると夫婦みを感じる」
「造語を使うな。お兄ちゃん付いていけないから」
妹は今年で中学3年生だったか。そりゃ思考は飛躍するし、造語も使いたがる年頃と言うやつなのかもしれない。妹の成長は早いものである。
「でもでもだって!」
「残念ながら俺と結先輩はそんな関係じゃありません」
「じゃあどういう関係なの?」
「それは――――――」
なんだろうか。俺はとっさに答えることができなかった。
俺は恐らくこの場で、ただの友人だと答えるべきだった。
「お花摘み終わったからゲームしよゲーム!」
唐突に先輩がお花摘みから戻ってきた。
どんなタイミングだよ、と思う明らかに意図的なタイミングすぎる。
「あ、結姉! あのねあのね!}
妹は足早に先輩に近づき耳元でこっそりと何事かを呟く。
それに先輩はうんうんと頷き、妹にたいして指を立てる。
「......」
俺の目の前で何事かが交わされている。疎外感がすごい。いったい彼女立ちは何を話していると言うのか。聞き耳を立てるのは簡単だが、彼女たちのプライバシーを侵害するわけにはいかないか。
先輩がゲームと言ったので、俺はいつものようにゲームの準備をする。
ここ最近の先輩のお気に入りはレースゲームである。多人数プレイ用の準備をしていると先輩は俺の隣に座ってきた。
「ゲームの準備の手際がいいね。もう私がやりたいものすぐに用意してくれるもん」
「まぁ結構一緒にいますからね。こんくらいは分かります」
「流石だね。そろそろゲームを始めようか。コントローラちょうだい」
はいはい、と適当に返事をして先輩にコントローラを手渡したところで、妹の姿が当たりに見当たらないことに気づいた。
「あれ、アイツどこ行きました?」
「ふっふっふ。彼女には今日の夜ごはんを肉じゃかに確約する代わりに一時的に退場してもらったのだよ」
「悪役風味な言い方......。てかまた作ってくれるんです?」
もちろん、と豊かな胸を張り当然のことのように先輩は答える。
ちなみにうちは両親共働きで家にいることの方が少ない。家事は妹と分担して行っているが、料理スキルと言うものはお互い持ち合わせておらず食卓の献立は卵焼きか野菜炒めかくらいだったのだ。先輩が来るまでは。
先輩はめちゃくちゃ料理がうまいのである。おまけに世話焼きである。
だから我が家の惨状を見かねた先輩が度々家にきては料理を作ってくれる。先輩が家に入り浸ってる理由の大半はこれだ。感謝してもし足りない。俺たちにとっては女神といっても差し支えない。ちなみに親公認である。
「そもそも私が作らなきゃ誰が作るのよ?」
「本当にいつも美味しいご飯ありがとうございます」
「まったく! 恭くんは私が居ないと駄目だね。まったく」
ふふっ、と口元を緩めながら可笑しそうに笑う。まったく、と二回言う必要はあったのだろうか。まぁ、先輩が楽しそうだから良いが。
「というか妹を退場させる必要はありました?」
「まぁ、そうだね」
唐突に先輩の肩が俺の肩に触れる。驚いて先輩の方を見ると彼女の顔はすこし赤らんでるように見えた。
「......伝わった?」
「何がですか!?」
「......にぶちんめ」
ジト目で咎めるように先輩は目を細める。責められる筋合いはまったくない。
何故なら、俺はいたって普通の高校生であるから。こんなときの対処法など分かる筈もない。
「それは冗談にしても! まぁここからは大人げない戦いだからね」
先ほどまでのムードを書き消すように彼女はテレビへと向き直る。
「私、このゲームだけは負ける気がしないんだよねぇ。実は私TA保持者なんだ」
「なるほど。結先輩が妹を退場させた理由が分かりました」
どうやら先輩は本気で戦いたいらしい。
「レートカンストまでいった俺の実力見せてやりますよ!}
中学校時代をほぼこのゲームに費やしてきた俺に勝てると思わないで欲しい。
今、仁義なき戦いが始まろうとしていた。意地と意地を賭けた戦いが―――――――、
――――――そして負けた。
敗因は明らかだった。
「ちょ、なんで結先輩スター二つ持ってるんですか!?」
「我ながら5位でこの引きは以上だね。まぁ日頃の行いの差だよ」
「どの口でいって――――――、って負けた?」
「負けたね」
勝ちを自慢するように先輩はニヤリと笑う。
「もう一回」
「勝てると思わない方がいいよ?今日の私はツイてる」
先輩の制止を振り切り挑むこと数回。全戦全敗である。
「なんかここまで勝てないのもおかしくないですかぁ!?」
「まぁそういうこともある。そろそろ私は夜ごはんの準備をしようかな」
そういって先輩は立ち上がり、台所へと向かう。
それに俺も続くように先輩の後ろを歩く。
「ん?どうしたの?」
「いや、任せっぱなしも悪いのでさすがに手伝いますよ」
そのくらい良いのに、と彼女は苦笑するが甘えてばかりではいけないのだ。曲がりなりにも彼女は客人であるのだから本来立場は逆な筈だが、野菜の皮剥きくらいは手伝わないと俺の気が済まない。
「別に良いのに」
「俺の気が済まないんですよ」
「ふふ、そういうとこ好きだなぁ」
彼女はやっぱり俺に笑いかける。先輩といる時間は、やっぱり楽しい。
彼女に言われるがままに料理を手伝う。そうしていると、時間はあっという間で。
「こうしてると夫婦みたいだなぁ......」
彼女がふと漏らした一言を俺が聞き逃してしまうのも、仕方がないことだった。
というかそもそも俺は先輩の横顔に夢中だった。
(先輩可愛い)
外堀どころか、内堀が埋まっていることに先輩は気づいていないようだった。
外堀はもう埋まりきってるしなんなら内堀も埋まってるからあとは告白するだけです。
ボソッと本音とか漏れちゃうタイプの可愛い先輩キャラを書きたかった。中3の妹をどうにか登場させたかった。それを考えながら書きました。
やっぱり自給自足だわ。
人工知能が人間と関わっていくうちに感情を取得する小説書きたい。書きたくない?書く(決意)
多分次回の投稿も早いと思います。そろそろハイファンタジーにも手だしたい。
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