第9話 女子中学校:そう、私には心強い友達がいる!
翌朝も学校は普通にある。
よりにもよって、その日はバーチャル登校ではなく、リアルで登校する日だった。
つばさの母の教育方針で朝のテレビはニュースと決まっている。
そこで流れるニュースはYAMATOで初めて確認された大規模なコンピューターウィルスの話一色だった。
「”サトラレ“は思考を読んでいるわけではありません」
コメンテーターとして呼ばれている専門家がそういった。
ウィルスの名前は“サトラレ”と付けられたらしい。お父さん曰く、かなり昔の漫画のタイトルだそうだ。
「一時期販売された犬の言葉を鳴き声で判断して言葉にするおもちゃのように、リアルで採取される利用者の心拍や体温、目の動きなどから、YAMATO内部のアバターがその感情を表現しているだけなのです」
コメンテーターは東京電脳大学の教授で、若い外観に似合わぬ白髪の男性だ。
「だから、短い言葉でしか、喋らない。ただし、それは本人の声で、周りに聞こえる音量で、と言う設定になっているようです」
フリップが出される。
そこに書かれているのが、発生される言葉であった。
「好き」「嫌いだ」「いいね〜」「ムカつく!」「えーん」「退屈だ〜」 の6つ。
「ご覧のように悪質なマルウェアかと言うと、そうでもなく、愉快犯のようなハッカーの仕業に見えます」
「それでも、社会的にどうなんですかねぇ。本音が出ちゃうってのは」
番組MCが当然意見する。
「人間、建前で生きてるから、本音が出ちゃっての昨晩からの混乱なんでしょ」
「目下、カクオンのサイバー犯罪対策室が分析し、アンチウィルスソフトの配布を行うと聞いていますが、当面の対策としては生体情報の取得をオフにしておけば、感染していても支障はないでしょう」
淡々と語る教授。なかなかにダンディーで見栄えが良い。大学も宣伝のためとばかりにテレビ局に送り込んできたのだろうと推測された。
「しかし、病気をお持ちの方とかは切るわけにはいかないですよね」
感情をこめながらMCが食いつく。
「このウイルスは大切な個人情報を抜き取ったりする悪意のある物ではないので、必要な方はそのことを承知で今のまま過ごせば良いでしょう。一般的には慣れていき、やがて共存していくと言うこともあり得ます」
「当面は生体情報をオフして、アンチウイルスアプリの対策待ちが良いと言うことですね」
ここまで朝のニュースで見たところで、つばさは学校へと出かけてしまった。
電車の中は、いつもと違って、降りる時間のアラームを設定してYAMATOに没入している人の姿があまり見掛けられなかった。
グラスでニュースや撮り溜めであるテレビ番組を見たり、イヤホンで音楽を聴いている人はいるが、YAMATOにダイブしているように思われる人が見掛けられない。
小泉劇場第二幕と謳われた小泉首相による激速通信革命により、日本の96%が超高速のインターネット回線につながったことでバーチャル空間と現実の融合は推し進められたという。この光景は10年位昔に戻ってしまったかのような印象だ。
それに電車は混んでいた。
YAMATOにインすることを嫌ったり、つばさの学校のようにアンチウイルス対策がなされるまで全員登校を緊急連絡網で回した学校があるためだろうと思われる。
「それじゃ、まるで、そのとしひこ君がこの騒動を引き起こした犯人ってことじゃないの?」
昼休みの食後に教室で、綾香と璃花子を前につばさは昨日の顛末を話していた。
「やっぱ、そう思う?」
朝から教室内は大騒ぎであった。
つばさが見ていた通り、テレビやネットのニュースでYAMATOに障害が起こっているのは知れ渡っている。
つばさの話はそんな中で他の生徒には聞かれていなかったようだが、十分に衝撃的な話である。
「あんたねぇ……」
璃花子が呆れたように声を出した。
「で、どうするの?」
「ど、どうするのって?」
「決まってるじゃない。そのとしひこ君のこと忘れるの? それとも探すの?」
「そりゃあ、怖いけど、私的にはとしひこ君が犯人だとはどうしても思えないんだよね。だから、探したいとは思ってる」
綾香がニヤニヤとした顔でつばさを見ている。
「つばさはうぶだからねえ。初めてのデート相手を疑いたくないのはわかるけど、危ないってことわかってる?」
頭の良い綾香らしい指摘だ。彼女の助言にはこれまでも何度も助けられている。
彼女の言うことはいつも的を得ていた。
「朝の電車の中でいっぱい考えたの。もうやめようとも思った。でも、最後は正直に心の声に従うことにした」
つばさの目の周りは昨晩からの涙で少し赤くなり腫れていた。
「……私、としひこ君にもう一度会いたい」
それを聞いた綾香と璃花子がうなづく。
そう答えるのが、これまでサッカー同好会を実質引っ張ってきたつばさらしい。
「朝にフレンドリストを見て気が付いたの。としひこ君は自分がウィルス拡散の犯人ではないと知っているから、フレンドを切ってないんじゃないかって」
「だいぶご都合主義ね」
呆れたように綾香が言う。
「ご都合主義上等よ! 仮に、この愉快犯的なウィルス拡散の犯人だとしても、切れるはずの私とのつながりを切っていないのは、止めて欲しいからじゃない?」
つばさの目がキラキラと輝いた。
「だとしたら、私がやらないで、だれがやるって言うの!?」
「あんたねぇ……で、何か、あてはあるの?」
璃花子が聞いてきた。
「としひこ君が師匠って呼んで探していたのは、こまつざきみさとさん、といううちの学校出身の人らしいんだけど、その人に会えれば、弟子の彼に会えるんじゃないかな」
よーく考えて、つばさは口にした。
「こまつざきみさと……って、まさかあの小松崎美里?」
目を丸くして綾香が詰め寄ってくる。
「し、知ってるの?綾香」
つばさの質問に綾香が呆れたように言う。
「知ってるも何も、その昔、うちの学校から東大に入った天才じゃない! それもサッカー同好会の先輩! あんた、ほんとに知らないの?」
「は、ははは」
苦笑いするつばさ。可愛くて頭が良く万能な綾香だからこそ知っている情報ではないのか?と思った。もちろん、先輩に東大からプログラミングでデジタル庁に入りYAMATOに携わった女性がいるのは噂で走っていたが、それがこまつざきみさとだったとは。
「え? そうだったの? 私は他のことで知ってるよ」
璃花子も彩香に対して口を挟んでくる。
「YAMATOのクレジットに名前が出てる。デジタル庁の担当者が小松崎美里。ほら」
璃花子がスクリーンショットを送ってきた。
つばさとあやかとグラスで確認したが、確かに名前が載っている。噂はほんとうだったのだ。
「一介のゲームにしか過ぎなかったYAMATOに目をつけて、ここまでのプラットフォームに育て上げたのが、確か小松崎美里だったと思う」
ことゲームに関する璃花子の目の付け所はつばさたちとは違う。よく、こんなことまで見ていたものだと感心する。
「そろそろ5時限なんだがいいか?」
不意に後ろから先生の声がかかった。
話に夢中で、先生が来たことにつばさたちだけ気がついていなかったようだ。
慌てて席に着く3人であったが、先生の目は厳しい。
「小野口は放課後に教員室まで来ること。いいな」
と、つばさは言われてしまった。
また何か雑用でも押し付けられるのだろうか…この英語の持丸先生がよくやる軽い罰のようなものだった。
ちょっとばかりシュンとしてしまったつばさであったが、そんな授業中にカサッと小さな紙切れを降りたんだものが回されて来た。
開いて中を見てみる。
「わたしらはいつでもつばさの味方だよ」
璃花子の方を見るとニッコリ笑って合図していた。
メッセージを送れば誰にも気が付かれずにやり取りできるのに、昔ながらのやり方で応援してくれる親友らに、つばさも自然と口元が綻んだ。