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第8話 ダブルムーン:ロマンチックな夜にロマンチックでない出来事

 まるでベールを一枚潜り抜けたかのような感覚。

 この感覚は体験したことがつばさにはある。

 そう、YAMATOにある家に入る時の感じだ。

 

 途端に、目の前にいる黒服がキョロキョロとして慌て出した。


「消えた? 馬鹿な!?」

 

 としひことつばさは目の前にいるのに、まるで見えていないかのようだ。

 

「もう大丈夫。こいつらが気がつく前に早く外に出よう」

 

 としひこの言葉につばさは頷き、二人して屋上を目指して歩き始めた。

 先程までと違って通路にいる人達に当たらない。

 いや、すり抜けている!!

 

「としひこ君、これって、どういうこと!?」

 

 つばさの問にとしひこが笑った。

 

「どうしたんだと思う?」

 

 う、と詰まったが、つばさもそこは考えた。

 

「……お絵かきソフトのレイヤーに似てる……」

 

 頭フル回転で上へと急ぎながら言葉を続ける。


「YAMATOの家も同じで、レイヤーが違うから同じ建物に住んでいても、お互いが目に入らないんだってお父さんが言ってた……」

 

「当たり!! つばさちゃん、さすがだね!」

 

 としひこは本当に感心したようだ。

 

「今のこれはメインのレイヤーの映像と音を残しながら、違うレイヤーに移動したんだ」

 

 そのまま2人は何事もなく屋上の出入り口まで進み続けられた。

 

「ぼくらは裏側と呼んでる」

 

 こんなことが出来るなんて、としひこは凄いな、とつばさは感心することしきりだった。

 自然と視線は出口ではなくとしひこに向かっていた。

 

「レイヤーが違えば、こちらからは見えても、向こうからは見えないようにも出来る」

 

 そうとしひこが言った時に、2人の頭の方向がグルリと変わった。外に出たのだ。

 

 途端に2人の上を色とりどりの光が広がった。

 夜空を彩る光のショーが今夜はYOKOHAMAで繰り広げられていたのだった。

 ドローンを使って現実でも繰り広げられるショーはYAMATO内では現実の制約がないだけにより広範囲に、美しい演出を持って行われる。

 派手すぎず、夜空に色とりどりの光点が模様を描きつつ、形を次々に変えていっていた。

 

 その美しい夜空に一瞬気を取られたが、すぐに買ったばかりで身に付けさせたとしひこの黒いジャケットの腕につばさはしがみつく。

 そして、言葉を紡いだが、それはこの美しい夜空の話題ではなかった。

 

「としひこ君、聞いていい? 『ぼくら』って言ったよね。黒服に追われていることといい、なんだか私、わからない!」

 

 つばさの言葉にとしひこもつばさを見つめ返す。

 一瞬の沈黙。

 その直後にザーーーーーッと夜空に広がる光が流星のように流れ、2人の顔を照らして浮かび上がらせた。

 

 としひこは冷静ないつもの顔ではなく、泣き出しそうな顔をしているようにつばさには見えた。

 

 そして、つばさから少し離れると、両手を合わせ、頭をさげる。

 

「つばさちゃん、ごめん! 君を巻き込んでしまって。ぼくら、と言ったのは師匠とぼくのことなんだ」

 

「師匠……?」

 

「今現在行方をくらませているぼくの師匠と同じ学校の君なら、行くところが似てると思ってお願いしたのが失敗だった」


「そんな!失敗なんて言わないでよ! としひこ君は変に思うかもしれないけど、私、ワクワクしてたの!」

 

 ナイアガラの滝のように無数の流星が空を覆うように流れ、昼間のような明るさとなって、真剣な翼の顔が照らされた。

 

「平凡な私からすれば、YAMATOのシステムにまでいろいろ干渉できるとしひこ君は、すごいなって思ってたの。これ、本当のことだからね!」

 

 その言葉を聞いて、としひこは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐにまたかなしいかおにもどっていた。

 畳み掛けるようにつばさが言う。

 

「もし、良ければ、リアルでも会ってみたいな……なんて、思ってたの!」

 

 全ての流星が流れ落ちた。

 翼の言葉に呼応したかのように明るかった周囲が暗転する。

 暗がりでぼんやりしたシルエットだけが浮かぶとしひこは震えていた。


「ありがとう。でも、ぼくに会わない方がいいと思う……」

 

「どうして……」

 

 暗闇だった夜空に鮮やかで大きな光の花が花火のようにポツリと咲いた。

 二人も照らされて、泣きそうなとしひこの顔が暗闇の中に浮かび上がる。

 

「リアルのぼくは事故で下半身が麻痺していて車椅子に乗っているからさ。だから、きっと、君は幻滅する」

 

 その告白につばさは当然驚いた。

 

「ぼくがはじめてYAMATOにINした時に、大地を踏みしめる感覚があったことがどれだけ嬉しかったことかわかる?」

 

 夜空の光の花が次々に咲いては消えていく。

 

「師匠を探してつばさちゃんの学校に行った時に、ボールを蹴って走るつばさのタイムトライアルに挑戦したくなったからさ」

 

「なお……治らないの?」

 

 つばさがなんとか声を絞り出す。

 

「もう半年経っているから難しいらしい」

 

 としひこはそう言いながらも無理に笑顔を浮かべた。


「それだけじゃない。この騒ぎの元のウィルスを作ったのはぼくなんだ」

 

 その笑みは自虐的だった。

 

「え?」

 

「だから、ぼくと一緒にいてはいけない。君に必ず迷惑がかかる」

 

 つばさはその告白に言葉を失った。

 何を言って良いのかわからない。

 頭の中が驚きでフリーズしてしまったかのようだった。


「つばさちゃん、ありがとう。君のことは忘れない」

 

 夜空の光の花は夜空全体を覆うほどに咲き誇った。花火のフィナーレのように。

 としひことつばさもその光に包まれた。

 

「でも、君はぼくのことなんか忘れた方がいい」


 光が消え去った後に、つばさの目の前からとしひこの姿はなかった。

 その時の感覚は覚えがある。

 つばさのレイヤーが元に戻ったのだ。


 光が消えた夜空には満月が輝いている。

 いや、それだけではなく、緑がかった小さな月がもう一つ浮かんでいた。

 今宵はダブルムーン。二つの月が空に浮かぶイベントの日で、最後にとしひこ君とこのショーを見て別れるプランだったことをつばさは思い出した。

 

 なんてロマンチック!

 

 完璧な計画だと思った。

 でも、現実はそううまくいかない。

 

 バーチャルの世界であっても、YAMATOはやはりもう一つの現実に過ぎないのだ。

 乙女ゲームや空想のように、ハッピーに物事は進まない。

 

 つばさはその事実に呆然としつつ、ログアウトした。

 気がつけばリアルの自分の部屋で、ヘッドセットの下の自分の顔には涙が溢れていた。

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