第3話 待ち合わせ:やっぱり彼って、不思議じゃな〜い?
YOKOHAMAステーションは右も左も上の階層も下の階層も人でごった返していた。現実世界の横浜駅とは対照的だ。
20時よりも15分早くつばさはそこにポップした。
観光都市YOKOHAMAの起点はやはりこのステーションなので、ここから出かける人が多い。
「ヤタ! 魔王としひこ君が来たら教えて」
そう言っておいて、この後の計画のためのおさらいを始める。
YAMATOは距離的な制約を取り払った世界とも言える。
だから、現実世界とは地図が異なっていた。
KANAGAWAエリアにはYOKOHAMA,KAWASAKI、SHOUNAN、HAKONE、SAGAMIの5つのステーションがある。
プレイヤーと呼ばれる現実世界の人間はVRマウントを頭にかぶって、YAMATO内にINするとまずは現実世界の住所に則したステーションにポップする。
つばさの場合は縁っことは言え横浜市に住んでいたので、アバターを作った初回はYOKOHAMAステーションにポップするようになっていた。
もっとも、今ではお父さんがYAMATO内に家を買ったので、ポップはそこにするように設定されている。プライバシーのある空間で、鎌倉と横浜の境目にあるマンション暮らしの現実世界にはない一軒家になっている。
YAMATO内の地図の上ではYOKOHAMAステーションから海側に歩いていくとある丘の上の住宅地に家はあった。海と港を見渡せる素敵な家である。
地図上の入り口は共通で何家族もこの家に住んでいるはずだが、レイヤーが違うのでデジタルの世界で干渉はしえない。だいたいがわざわざステーションから歩いて家に入るものはほとんどいないのだ。
買い物や銀行のいろいろは個人のウィンドウを開いて好きなところからアクセスできるし、YAMATO内の移動はウィンドウ上の地図から指定でも、音声でヤタにお願いしても瞬時に移動できる。
車などの乗り物を乗り回したり、美しい景色を楽しんだり、偶然のなにかに期待してブラブラしたりでもしないかぎり、住宅街を歩く者などいないから人の気配はほぼなかった。
この日もいつもどおりYAMATOにINすると、海の見えるYAMATOの家の自分の部屋にポップした。
すでに夜になっており、港を彩る色とりどりの照明が美しく窓の外に見える。
YOKOHAMAは港をモチーフとした美しい景色を見られる場所であった。
特に漏斗状に空の虹が地上に降りてくるように見える、海に浮かぶOOSANBASHIはその美しい景色の中心として有名だ。
現実と同じく、YOKOHAMAのデートスポットは多い。
つばさは食べ歩きが趣味であった父が今だに買い続けているYOKOHAMAの情報誌をiBOOKSでざっとおさらいして詰め込んでいた。
ネット上の本は1ページ1ページめくるように見ることも、スクロールさせてみることも、検索することで読みたい情報だけ収集することもできるので便利だ。音声で聞くこともできる。
いくつかのスポットにつばさは絞り込んだ。
まずはなんといってもOOSANBASHIである。
現実世界の大桟橋はクジラを模して作られた施設であるが、YAMATOの港の中央に位置するOOSANBASHIは正に巨大な宙に浮くクジラの外観であった。
海外からYAMATOに来る人々の地域チュートリアルを行う場所としてのアクセスポイントで、YOKOHAMAの散策からYAMATOの旅を楽しむ海外の人は多く、鯨の内部にはそのための施設も充実している。
YAMATOと同様のサーバーは各国ごとにあり、言語をはじめとした仕様にそれぞれ差異があったりするのが現状で、外国からの客は東日本エリアのYOKOHAMAと西日本エリアのKOBEに集中してポップするように作られていた。
セキュリティに関連している、とつばさは聞いたことがあったが、詳しくは知らない。
ただ、新しい外国のアカウントが来ると、虹色の光が空から鯨の頭に降りてくる。数が多いので、その光は連なって、光の漏斗のように見えるのだ、と言うことは知っていた。
現実世界をモチーフとしたスポットとそうでないスポットがある。
現実世界にあるものと同じようなスポットとしては、華僑らによって作られたYOKOHAMA CHINA TOWN 、港の見える丘と山下公園がくっついたような景色が良いYAMASHITA PARK、デジタル水族館と遊園地の集合施設HAKKEIJIMAなどが代表格である。
移動の制約がないので、どんどん回って行こうと思う。
一方で、現実世界にはない3大アトラクションも気になるところだ。
みなとみらいに本社を置く自動車メーカーの四菱重工主導の近未来カーレーシングサーキット。
昔はやった地球連盟と新帝国による巨大ロボットによる戦争をテーマにしたガンボーイに乗って戦えるガンボーイバトルフィールド。
小説『MORNING STAR』が原作で、剣と魔法の世界で特殊能力と持つ星将や鉄騎という魔道ロボットがシチュエーションに応じた戦いを繰り広げる大規模Massively Multiplayer Onlineの暁の戦場。
これらは時間がかかるので、それだけで1日過ごせてしまうだろう。行くかどうかはとしひこ君の希望次第と心に留めておく。
そして、最新の話題のスポットで外せないのがYOKOHAMA CUBEである。
YAMATOは現実世界に即して造られ、人は地面を歩き、現実とほぼ変わらぬ生活をしている。
景観の問題なども含め、空を飛ぶことには大きな制約があるのだが、CUBEは施設内を自由に飛び回ることができる迷路のような商業施設で、そこには上も下も自由に行けると言う面白さがあると言う。
と、その時、つばさは急に肩を叩かれて頭を上げた。
「え?」
振り返れば、そこにいたのはとしひこ君だ。
情報を集めるのに夢中になったからなのか、ヤタはとしひこ君が来たことを教えたことに気がつかなかったのだろうか?
突然の出来事に心構えができていなかったつばさは真っ赤になった。いらないことに、心拍の上昇を感知したVRデバイスが、YAMATO内のアバターの顔を真っ赤にして、ボフッと蒸気が出るエフェクトを発動したのだ。
余計な事を!!とは思っても後の祭り。
「び、びっくりした!」
と、誤魔化す。
「待った?」
と聞いてくるとしひこ君の格好はデートと言うよりも白ティーにジーンズと、この前の学園祭の時と同じで普段使いの気軽なものだった。没個性的だが、素材が良ければかっこいいから許される。
「全然!今来たところ!」
そう言うありきたりな返答をしたつばさだったが、気合の入りすぎを懸念して、青いワンピースに白いふわふわのシャツという比較的シンプルな格好で正解だったようだ。唯一、頭の上に天使の輪が控えめにうっすら細く光る飾りをつけていた。学校ではないので、こうしたお洒落もありなのだ。
少し離れることがあっても、目印になると思ったからでもある。
総じてお似合いの二人じゃない!?
と、つばさは思うことにした。