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第26話 シリウス:ついに相まみえるの?ハッカーXと!?

 天使の梯子と呼ばれる現象がある。

 太陽が低い時間帯に雲の切れ目から光が放射状に地上へと降り注ぐそれが始まった。

 このYAMATOにも神がいるのではないか、と思わせるような教会絵画を見るかのような荘厳さがあった。

 

 魔皇消滅の光と重なったそれは光の螺旋階段を作り上げていた。

 それは天界に続くのか、星界に続くのか。どちらにしても人が踏み入る場所ではないところへと続いているようだった。

 

「登ろか。次が最終階層や」

 

 カクオンの鎗田部長のアバターのネーネが疲れた顔で皆に声をかけた。

 生き残っていたのはツバサ໒꒱とすとらいかぁ、†てぃふぇす†にルドラ、そしてアリスリデル。それと勇者トシヒコで7名だけである。

 このあたりまでは、後にアリスリデルによってこの7人をラストセブンと名付けられて動画で配信されている。

 しかしながら、この後の70階層の動画は公開されていない。アリスリデルによれば、動画はカクオンにより記憶できない状態になっていたのだとか。ルドラが同行していたので、それもありある話だった。

 

 螺旋階段は光のフレームと透き通るステップに、美しく整備されて絡みつく緑の葉の植物が見てとれた。

 階段下から天へと続く光の道は軌道エレベーターのそれに似ている。

 

 実際に足を踏み入れると、自分で登ることなく、緩やかにステップが螺旋階段に沿って上昇していく。まるでエスカレーターのように。

 魔王城の上の空は魔皇討伐によって晴れ渡り、登るにつれて足元の方には雲の影と太陽の光に照らされたYOKOHAMAの街が見渡せた。

 

 それはさまざまなデザインが混ざり合い、パッチワークのように綺麗な世界が見えた。

 

「きれい……」

 

 一同から声が上がる。

 

「『このすべ』が『クリハン』と一線を画することになった美しい世界風景の創造は、その基本デザインをジェネレイティブAIに作らせたことにあるっス。世界中のデザイナーだけでは広い世界をカバーできなかっスから」

 

 ネーネと共に先頭を行くルドラがそう皆に言った。

 ルドラはAIの研究をインドでしていて、ヘッドハンティングでカクオンに来たのだそうだ。その研究はYAMATOのさまざまなシーンで利用されている。

 例えば、お店の店員は、まるで人間が対応しているかの如く、対応して返答し、注文を受けてくれる。一昔前のRPGのように同じような答えをする人形ではないのだ。

 現実空間のスペースも人件費も節約できる店舗なので、店子が増えるのは必然だった。

 もちろん、実現にはそのための天才級技術者が必要だ。

 それこそが『クリハン』を気に入って日本のカクオンに就職したルドラ・レディであった。

 ルドラの技術を取り入れた『この世界はすべての一瞬が美しい』はデジタル庁の小松崎美里の目にとまり、YAMATO構築へと繋がったのであった。


 束の間の空中散歩。

 ツバサ໒꒱は項垂れていた勇者トシヒコを奮い立たせて並んでこの階段に入り、この美しい光景を楽しんでいた。

 それは小さな子供の頃に連れて行ってもらった北海道美瑛のパッチワークの丘にも似ていた。

 子供のようにすぐにあちこちに首を突っ込むお父さんと、慎重派で出不精かつ口煩いお母さんと3人の旅行はコロナ禍くらいまではよく行ったものだった。

 

 ツバサ໒꒱は隣にいる勇者トシヒコを見た。

 としひこの表情はアバター越しに見ても暗そうだ。

 

「としひこ君、怖い? この上にいる人たちに会うのが」

 

 それとも、自分で魔皇討伐は成し遂げられず、師匠に会うからかとは考えてもいないつばさだった。

 勇者トシヒコは項垂れたまま足下に小さくなっていく魔王城にただだだ視線を向けていた。

  

「うん、ぼくがロストさせられずに生かされたのは、やっぱりハッカーXが師匠だからだってことじゃないかな、と考えると正直足がすくむよ。どう声をかけたらいいのかって」

 

「美里さんに会えたら、ただ喜んで飛び込んで行けばいいよ」

 

 つばさはそうとしか言えなかった。

 

「まだ、そうと決まったわけじゃないんだし、暗い顔して会うことないよ。そうだったらそうで、またそこから考えればいいじゃない?」


「……つばさちゃん」

 

 その言葉に勇者トシヒコの目が見開かれた。

 自分自身の作り上げたストーリーに自分で陥っていたことに気がつかされたからであった。

 

「それにロストしなくて良かったじゃない? こうして迎えに行けるんだし、勇者の対魔王バフが私にも効いてて、魔皇にも勝てたんだから」

 

 そう言ってツバサ໒꒱が勇者トシヒコに腕を絡める。

 

「つばさちゃん、ポジティブだね」

 

 そう言ってようやく笑う。

 

「君と出会えて良かった。魔皇も倒してもらえたし……」

 

「あはは! チームよ、チーム。全員がいなきゃ、魔王には勝てなかったんだから!」

 

 ウンウンとすぐ後ろにいたすとらいかぁもうなづいていた。

 

「むしろ、最後の最後で、綾音と私が役に立てて良かったって思ってるくらい」


「味噌っカスだったもんね、私たち。璃花子に申し訳なかったよ」

 

 すとらいかぁもそれに同調する。

 

 そうこうしているうちに天にぽっかりと空いている黒い穴が近づいてきた。

 

 つばさらの会話を微笑ましく見ていた一番後ろのアリスリデルが先頭で上の方にいるカクオンの二人に聞いてくる。

 

「この上の階にハッカーXがいる、であってるのよね?」

 

 それに対してネーネと共に先頭を上るルドラが答える。

 

「そうっスね。囚われの姫となっている小松崎美里嬢とハッカーXがいるはずっス」

 

「もう逃げちゃってるんじゃないの?」

 

「カクオン技術部の実力を、甘く見ないで欲しいっス。もう、袋の鼠っスよ。ログアウトで逃げられてたまるかっ!」

 

「危険はないのかしら? 最後の悪足掻きをするんじゃ?」

 

「ドゥルガーの塔の最終階60階には敵はいなかったけど、何があっても私とアリちゃんが対処するしかないわ」

 

 †てぃふぇす†が口添えをした。

 相変わらずのクールビューティーな口調で。

 

「確かに70階層に何が待ってるかはまだわからんで。気ぃ抜かんといてや」

 

 ネーネのアバターの鎗田部長が先頭に立ちながら皆に言った。人柄のためか、おどけた口調のためか、嫌味な感じではなかった。

 

「とは言っても、サトラレのYAMATOへのアクセス権は停止コードによって剥奪されているっス。これ以上の改変は出来ないから、心配ないかと」

 

 ルドラがそう言ったことで、皆の緊張が少し和らいだようだ。

 そのタイミングでツバサ໒꒱が†てぃふぇす†をじっと見る。

 

「それはそうと、†てぃふぇす†さん! さっき、私のこと、つーちゃんって言いませんでした!?」

 

「!!!」

 

 冷静沈着が売りの†てぃふぇす†がちょっとたじろいだ感じがした。

  

 そのタイミングで、一行は天に開いた穴へと入っていった。

 

 一気に周囲が真っ暗になる。

 いよいよ、70階層であった。

 

「しっ! 静かにしてな」

 

 鎗田部長が全員の会話を止める。

 最終階層である70階層の名はシリウスと視界の端に表示が出た。

 山奥で夜空を見るかのような暗闇で、空には満天の星が煌めいている。

 冬の大三角のシリウス、ベテルギウス、プロキオンがよく見える冬の夜空だった。

 

 敵は、いない。

 

 少し離れた地上にモニターに囲まれた小さな司令室のような場所があるだけだった。

 いくつものモニターがぼんやりと光り、その中で一生懸命にキーボードを乱打している女性が一人。


「美里師匠!!」


 真っ先に駆け出したのは勇者トシヒコだった。

 

 どんな危険があるかもわからないと鎗田部長から言われていたのに。慌てて†てぃふぇす†とアリスリデルが走りはじめ、ネーネとルドラも警戒しつつ後を追った。

 一番最後にツバサ໒꒱とすとらいかぁが走り出していた。

 

「Who!? 奥くん!?」

 

 ゲーミングチェアに座って周囲のモニターにかかりっきりになっていた女性が声を上げた。

 

「Why!? なんで貴方がここに!?」

 

 かなりの驚きっぷりだった。

 

「小松崎女史!! すぐに今の作業をやめるんや。君が相手にしてるのはカクオン技術部やで!」

 

「Eh!?」

 

 鎗田部長の声がけに小松崎美里のアバターは立ち上がった。

 周辺のモニターがアラート音を発して文字で埋め尽くされる。

 そして画面が次々と赤くなっていき、アラート音が止まるとともに正常の青い画面へと順次戻っていった。

 

 ネーネがサングラスの鎗田部長に、ルドラが白衣のようなコートの男装女性のYAMATOのアバターに姿を換える。

 もうこの場に危険はないと判断したようだ。

 『クリハン』のアバターを持っていないとしひことつばさ、彩音はもちろん、そのままの姿であったが。YAMATOのアバターを公開していない†てぃふぇす†とアリスリデルは『クリハン』のアバターそのままであった。

 

「部長、YAMATOの制御を取り戻したっス」

 

 ルドラが報告する。

 

「ということは、やっぱり師匠がハッカーX!?」

 

 としひこが頭を抱えた。

 

「What!? 何を言っているの、貴方達。カクオンのお二人まで出張ってきて」

 

 小松崎美里は本当に何が起きているのかわかっていないようだった。

 彼女のアバターは『クリハン』のそれではなく、YAMATOで見られるリアルに準じた外観のものだった。肩までの緩やかなウェーブがかかる髪のスーツ姿の女性。

 たしかにつばさの先生である持丸先生世代の感じがした。

 

「YAMATOが正体不明のハッカーXによって乗っ取られてん。支配権を取り戻そうとするカクオン技術部に対し、ハッカーXはリアルタイムで応酬し続けてな」

 

「No way! わたくしこそ那由多をジャックしようとしているクラッカーから今の今まで守り続けていただけです!!」

 

 美里さんとの会話がすれ違っている。

 

 そんなときにつばさが声を上げた。


「美里さん! その子は、誰ですか!?」


 後ろから見ていたつばさは気がついたのだ。

 この場にはもうひとりいた。

 小松崎美里の影に隠れるように小学校3〜4年くらいの中性的な子供が隠れている。

 

「Oh well! 紹介しないといけなかったわ」

 

 小松崎美里が隠れていた子供を立たせて前に出させる。

 不思議な子供だった。

 浮世離れした印象を受ける美しい子。


「この子は那由多」

 

 美里の声には自慢のような色合いが含まれていた。


「YAMATOのメインサーバーの有機コンピューター那由多の自我よ」

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