第20話 横浜中華街:夕食は中華街の美味しいお店で彼と一緒に!?
「つばさちゃん!?」
奥俊彦は目の前にいる少女を見て思わず聞いてしまった。
少し癖のある肩までの髪に眼鏡の可愛らしい女の子だが、会ったことのある娘ではない。しかし、自動ドアを出たところで俊彦を見て名前を呼んできたのだ。
化粧っ気のない彼女の目は大きく見開かれ、俊彦を知っていると確信を持って視線を送っていた。
まさかと思ったが、俊彦からは無意識に推測したのであろう声が漏れていた。
「ごめんなさい!!」
すると、つばさが突然頭を下げた。
「リアルで押しかけてくるキモい女の子で!」
下げた頭をすぐに上げる。
「でも、伝えたかったの!」
その瞳の光の強さが俊彦には眩しかった。
「迷惑なんかじゃないって!」
事故にあって家族と愛犬を失い、長い入院生活の間に自分が無くしてしまった熱量をつばさは持っているのだと俊彦は思った。
彼女はリアルの家を知っていたわけではない。
しかし、ここにいるということは、YAMATOでの言葉の端々から推測してたどり着いたのだ。
その彼女にどう声をかけたら良いのか、俊彦は迷って言いよどんだ。
「へぇ……ふぅん……」
その時、電動車いすの俊彦の後ろから女の人の声がした。
どことなく俊彦に似ていて身長が結構高いスレンダー美人だった。もちろん、リアルの俊彦も韓国系アイドルとはいかずとも十分に見栄えが良い。
「もしかして、としくんのリアルなガールフレンド?」
ニヤニヤと二人を見た。
「うるさいな、マキ姉」
俊彦が後ろの美人をキッと睨んだ。
「お姉さんですか!? はじめまして! 小野口つばさといいます!」
つばさが今度はお辞儀で頭を下げた。
名前を聞いて、真希には心当たりがあるような顔をした。
「あら、話してないの? としくんの従姉妹で橘真希よ。よろしくね、つばさちゃん」
真希の長く艶やかな黒髪がサラリと揺れる。
つばさはどちらかというと華奢なタイプではなく、髪も癖っ毛なので、こういうタイプの美人には憧れを持っていた。
メガネで癖っ毛はつばさの小学生時代からいじられ続けたコンプレックスなのだ。
ワタワタしてまた頭を下げる。
「夕食まだかしら? 良ければあなたも一緒にどう?」
真希の言葉につばさは夕食のことを忘れていることに気がついた。
グゥ、と途端にお腹が鳴る。
「あは、それってオッケーってことね」
勝手に話を進める真希に俊彦も何か言いかけたが、言いとどまって観念したようだ。
真希は言い出したら聞かずに、何倍もの説得の言葉が返ってくるタイプだからだ。
「ち、ちょっと待ってください!」
つばさは慌ててお母さんに電話した。
「お母さん? 友達とご飯食べて帰るから、遅くなるけどいい?」
電話の向こうのお母さんは何をしているのか音声だけではわからなかったが、なにやら他の人とネットでいろいろやりとりをしている最中らしかった。
「あ、良かった。こっちもちょうどご飯作るどころじゃなかったの。でも、早く帰ってきてね」
とだけ返事が来て通話は切れてしまう。
口うるさいつばさのお母さんにしては珍しいことだったが、どうせ位置情報サービスでつばさの位置は把握できるのだから、とたかを括っているのだろう。綾音と出かけたというのも信頼を得ていることの一つかもしれない。
「これで大丈夫です!」
つばさが明るい顔で俊彦と真希にオーケーサインを出す。
正直なところ、俊彦は気まずそうな感じで微妙な表情をしていたが、真希が肩に手を置き後押しをする。
真希の方をチラリと見て、少し俊彦はうなづいた感じがした。
「じゃあ、あたしのお勧めのお店に行きましょ。すぐ近くよ」
頭を抱えるような仕草の俊彦だったが、すぐに気持ちを切り替えたらしく、iグラスで店に連絡を行い「3名、これから、席だけで」と呟いた。
「ありがと、としひこ君」
俊彦の電動車椅子の横にサッと寄って、つばさは耳元でお礼を言った。
ファサッとつばさの髪が揺れる。
俊彦は従姉妹の真希とは違う女の子の匂いに気がついて顔を赤くした。
ここはYAMATOではなく、リアルの世界なのだと。すると、退院後に風呂にはなんとか自力で入ったものの、ちゃんと臭くはなくなっているのかと自分の匂いが気になった。
「行こう。ちょっと行けばお店だから」
そう言って静かに電動車椅子を進める。
つばさと真希は並んでその後を追いかけるように歩き始めた。
「つばさちゃんは高校生?」
「中3です! 学校は御三家でもエリスじゃないとこで……」
「あら? あたしは学校なんて気にしないわよ。大切なのは学校じゃなくて人柄と胆力よ〜」
なかなか珍しいことを言うお姉さんだとつばさは思った。従姉妹だからか苗字が違う。
いや、その時気がついたが、左手の薬指に結婚指輪をしているので、すでに結婚して苗字が代わっているのだろう。夫婦別姓に関してはなかなか議論が進んでいないのだ。やってしまえば良いのに、とかつばさは思っていた。
「あたしだって小泉首相の母校出身なんだから、ほら、六浦にある」
たしか大学までの一貫校で、偏差値はさほど高くないところだった。入学式の挨拶で校長が新入生に「本校は皆さんが望む学校ではなかったかもしれません」と口走ったと言うのを叔母さんから聞いたことがある。
しかし、小泉首相は若くして総理になり、日本を再生軌道に乗せた立役者なのだから、偏差値だけが全てではなく人間を育てる教育が行われていると言われるのはその通りなのだろうとつばさは思った。
「お邪魔じゃありませんか?私がいて」
「大歓迎よ。としくん、思い切って退院してきたはいいけど、ほんと、何にも生活の準備も、今後のことも考えてなかったんだから」
「ええっ!?」
「ま、生活には困らないけどね、としくん自分で収入あるもんね」
「マキ姉!」
恥ずかしそうに俊彦が止めるのも構わず、真希はつばさに近寄って耳元に語りかける。
「この子が作ったアプリ、『マイライブラリー』って、結構売れててね。普通に生活する分には当分大丈夫なくらい稼げてる」
それを聞いてつばさは目を丸くした。
乱立している電子書籍を整理してバーチャル空間の本棚に並べ、本を読もうとすると当該アプリが立ち上がり読むことが出来るようにしてくれるサポートアプリであった。
ゆったりしたソファに座り、円筒形に並ぶ本棚が真っ暗な空間の中の周辺空間に浮かんで見えるあれだ。
お父さんの『マイライブラリー』の本棚を共有させてもらっているのでよく見に行くのだが、それこそ本が多すぎるために床から空まで本棚がそびえ立ち、上が見えないくらいになっていて圧巻だった。
優れているのは検索機能で、本棚は瞬時に並び替えることが出来るし、読みたい本はかんたんに色んな角度から検索できる。
レビュワーの記載からAIがキーワードを拾い出し、漠然とした内容の問いかけでもお目当ての本をピックアップしてくれるのも良い点だ。
持っていない本は最安値で購入する方法を教えて実行してくれ、リアルの本がほしければ、そこから注文して家に配達してくれるようになっていた。
電子書籍提供メーカーも潰れて問題になったことがあるため、大手から零細まで、どこから買うかも指定できる。
本好きには痒い所に手が届く仕様が受けて、価格の安さも学生で簡単に買えるアプリだったから結構な普及度合いを見せていた。
「売れたのはマキ姉の手腕が良かったからだよ。かなりうるさくダメ出し…アドバイスを貰ったし、実際の事務はマキ姉の会社でやってもらってるしね」
「まあねぇ」
真希が得意げに顎に指を当てる。
その爪が七色に光った。
「あ、真希さん、そのネイル、すごく綺麗!」
つばさが真希の指先を見て目を輝かせた。
真希の少し長く伸ばしている爪には立体的に蝶が浮かび上がっており、美しいグラデーションで彩られていたからだ。
「わかるぅ? あたしの会社の作品なの」
そう言って、指先をひらひらとさせる。
「爪の形状をスキャンして3Dプリンターで立体的なデザインを乗せて、その上で着色のプリンターを重ねてるの」
「あ、それってプレアラ横浜で見た…」
つばさのお父さんが買っている『プレイアラウンド横浜』という隔週間の情報雑誌でそのネイルのお店が元町にあることをつばさは思い出した。
「そうよ。としくんがアプリを作ってくれたのよ〜。持つべきものは優秀な弟よねぇ」
俊彦は聞いていないのが、少しうつむき加減で電動車椅子を勧めていた。
真希は従姉妹のはずであったが、あえて弟と呼んだような気がした。
そんな話をしている間に、目的の店に着いたようだ。
『昇龍楼』という市場通りにあるお店。赤い看板に金の文字。中華街のお店はどうしてこう賑やかなのかな?とつばさは思うが、これだけ派手でも周りが同じように賑やかだから、逆に馴染んでいるところが面白い。
中はコンクリ打ちっ放しの床で、狭いながらも良い雰囲気であった。特に犬連れでご飯食べている人がいるところなど、びっくりしつつ、嬉しかった。
雨の日でも愛犬ファルコと食べに来られるではないか。
手早く真希が注文して、驚くほど早くに注文したものが運ばれてくる。
それまでの間は、主につばさは真希と話し込み、ネイルを格安でやってもらう約束を取り付けていた。友達も連れてくれば同じ価格でやってくれるという特典付きで。
料理はどれも美味しかった。
特に銀色の鍋のような皿に盛られた本場香港XO醬焼きそばは、硬めの細いストレート麺にもやしとニラと細切りチャーシューと鷹の爪で、なんと美味しいことか。しっかりした火の入りと野菜のシャキシャキ感、味付け全てが素晴らしく、つばさは虜になった。 自家製焼き餃子もぷっくり大きく皮が厚めで、中の餡も肉汁に溢れ、そんじょそこらのお店のものとは違って美味しいのだ。
格安コースばかりで観光客目当てな店が並ぶ中、格安コースメニューがないからかそんなに混んでないのに美味しい。
お父さんは知ってるのかな?
食べ歩き大好きな父をつばさはチラリと思い出した。食い道楽で太っちょの父のことだから、きっと一人で食べにきているに違いない。
お腹も満たされてきた頃、真希が俊彦に視線を向けた。
ばつが悪そうに俊彦がつばさに切り出した。
「つばさちゃん、YAMATOでは理由も話さず、おかしなことに巻き込んでごめん」
そう言って俊彦は深々と頭を下げる。
「としひこ君が謝ることなんてないよ! 私、楽しかったんだから!」
逆に謝られたつばさの方があたふたしてしまった。
「そりゃ、いなくなっちゃった時は、とっても悲しかったけどぉ…」
モジモジとするつばさに真希がにっこりとした。
「つばさちゃん、あたしもさっきとしくんから話しを聞いてたの」
俊彦は頭を下げたままだった。
「なぜ、としくんがあんなことしたのか、ちゃんとつばさちゃんには話してあげた方がいいって、みっちりと諭したところだったのよ」
そう言って、自分だけが頼んだビールのジョッキをグイッと一気に飲み干す。
「この子、頭は良くてもまだ高1だからね」
プハっと真希は一息ついた。
それと共に俊彦が頭を上げる。
「ぼくは師匠を止めなければいけないと思う」
「その師匠って、YAMATOを立ち上げた小松崎美里さん?」
「つばさちゃん、よくわかったね」
「で、でも、その止めなきゃって、どういうこと? 美里先輩は今、入院してるんじゃないの?」
「YAMATOに入って、意識が帰ってきていないだけだよ。病気なわけじゃない」
そう言われるとつばさはちょっと考え込んだ。
医学的なのか科学的なのかはわからないけど、現象としてそういう人がいて、ワシン坂リハビリテーション病院で生命管理されているのは確かだった。
それを見て、俊彦は続ける。
「今世間を騒がしている“あれ”を作ったのはぼくだって言ったよね」
つばさがコクリと頷く。サトラレのことだ。お店の中で人の目があるので直接的な表現を避けたのだろう。
「もっと人はストレートに感情を表現して言えないことを言えるようにしてやろうと作り、大雑把なベータ版のプログラムを師匠に提出してあったんだ」
「え? じゃあ、“あれ”って未完成品だったの?」
驚いてつばさがつい割って入った。
「そうだよ。生体モニタリングと連動して、その変化から感情を類推して声に出すようにしたけど、それだけだとどうなるか、はもうわかってるよね」
うんうんとつばさはうなづいた。
「ちょうど、入院が長いのに回復が進まず落ち込んで、周りともうまく噛み合わなかった時に勢いで作っちゃったんだよね」
迷惑! でも、そんなの作れちゃうところが天才なのかしら。
「そんなころに、病院で体が動かない人にこそバーチャル空間での仕事を訓練すると良いって師匠が定期的に教室をやってて、いろいろ教わっていたから預けてみた」
「それがなぜ表に広まったのかしら?」
確認するかのように真希が聞いた。もうすでに聞いていた内容で、つばさのために確認しているのだろう。
「ハッカーXが師匠を捉えて、持っているプログラムを起動したと考えたい……」
俊彦は真剣な眼差しでつばさを見ながら言葉を発した。
「でも、こうも考えられる。ハッカーXが小松崎美里師匠自身だということも」
「まさか!」
つばさは驚いた。YAMATOを作った功労者がYAMATOの信用を失墜させるような事件を引き起こすなんて。
「この瞬間にも、ハッカーXとカクオンの水面下での戦いは繰り返し続いているんだけど、その攻防のプログラムをこの前見たら……」
俊彦は目を閉じてため息をついた。
「そのプログラムの癖は師匠のものだった」
俊彦が言った衝撃の事実は、当然、つばさを混乱させた。
作った人間が終わらそうとしている?
作った人間だからこそ終わらせようとしている?
「だから、ぼくは師匠を見つけて、真意を問いただして、今やっていることを止めたい」
真希はすでに聞いていた内容らしく驚いていない。
まさにその時、つばさのiグラスの端にメッセージが受信された表示が出てきた。
先に帰った綾音からかと素早く見たが、意外な別の人からのものだった。
メッセージの内容を確認しつつ、つばさは俊彦に改めて向き合った。
「としひこ君、それなら良い方法があると思う!」




