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第14話 YAMATO激変:ターニングポイントはいつでもひっそりと突然やってくる  

 綾音とは中1からの親友であった。

 可愛くて頭が良い医学部教授の娘の彼女が同じクラスでサッカー同好会に所属したのは偶然にしか過ぎないが、元々横浜の女子サッカークラブの下部組織でプレイしていた彼女のお陰で、つばさの学年は同好会の人数も多く、黄金世代を形成していた。

 

「整理するわよ」

 

 飲み物片手に綾音が人差し指を立てた。


「小松崎先輩はカクオンのYAMATO普及をデジタル庁の立場から推進した立役者で、ワシン坂リハビリテーション病院で障碍を持つ人たちにYAMATOを使ったスキルの講習を行っていたらしい……それでいいね」

 

 綾音の言葉につばさはうなづいた。

 

「そこで入院リハビリ中のとしひこ君は小松崎先輩に教えを乞い、彼女を師匠と呼ぶようになった」

 

「多分、そうだよね」

 

「小松崎先輩は何らかの理由でYAMATOから戻らず、意識のない体はワシン坂リハビリテーション病院で生命維持が行われることとなり、それを知ったとしひこ君は彼女の意識を探してYAMATO内を捜索し、つばさと知り合った」

 

「綾音が病院で見たなら、そうだと思う」

 

「そう、意識が戻らないのは深くYAMATOに入った場合らしいんだけど、理由はいくつかあるみたい」

 

 綾音はiグラスにメモを表示して、つばさと共有した。

 

「一つに何らかのバグで出るための方法が提示されなくなった」

 

 iグラスのメモに1)バグ、と書かれる。

 

「もしくは自分からもう現実には戻りたくないと何らかの方法で戻らない。これ、結構あるみたいよ」

  

 2)自己判断、と書かれた。

 

「そして、第三者、この場合はクラッカーのような存在に意識を幽閉されている場合」

 

 3)幽閉、と書く。これはカクオンの鎗田部長の時に、つばさが経験したことである。 

 つばさは身震いした。

 

「一方、つばさとデートしつつ、としひこ君は彼女を探し、何らかの工作を行っていた」

 

 そう言われて、ちょっとブスッとした表情を浮かべるつばさ。

 

「時を同じくして、YAMATO内のYOKOHAMAにサトラレが蔓延し始めた」

 

「それだけ聞くと、犯人はやっぱりとしひこ君ってことになりそうだよね、たはは……。でも、彼の印象ではそれはないと思う、思いたい」

 

 今度は綾音がうなづいた。

 

「そのサトラレはハッカーXなる存在に守られ、カクオンの対策チームに抵抗し、サトラレは未だに駆逐できていない。変異を繰り返して、残り続けているそうよ」

 

 そこで綾音はカフェオレをちょっと飲んでから続けた。

 

「YAMATOは日本が誇る有機スーパーコンピューター“那由多”にメインサーバーが置かれてて、アクセスも大変。一説では関係者の関与も疑われるわ」


 綾音がiグラスにYAMATOの現状に関するニュースを共有して映し出した。

 

「とにかく、YAMATOの信用は現在のところガタガタ。離脱した関係者から警察は洗い出ししているって言ってたけど」

 

 そう言われてつばさは頭を抱える。

 

「としひこ君は小松崎先輩からYAMATOでの仕事なんかについて色々教わっていた、んだから、サトラレウイルスを作ったのは彼だし、ますます怪しいじゃない!」


「だよね。でも、つばさの言う通り、第三者の手に渡ってしまったサトラレを何とかしようと彼が動いているなら、まず小松崎先輩を見つけるというとしひこくんのアイディアは良いわね」

 

 つばさは「何で」とわかりやすい顔をした。

 

「彼女、プログラミングに関しては天才らしいわよ。だいぶ変わり者だったらしく、独身だそうだけど」


 その時、お店の中にあるプロジェクターテレビがポロリロリンポロリロリンとなった。

 よく耳にするニュース速報の音だ。

 

「なんだろ?」

 

 グラスを操作してそのテレビの速報を見出す綾音。

 

「え? YAMATOでサトラレ感染者のデータ破損事例が頻発だって。無害じゃなかったの??」

 

「そ、そんな!?」

 

 慌ててつばさもネット検索をかけた。

 

 YOKOHAMA内部がオリジンモード移行後、サトラレ感染者がポップするモンスターなどによりHPがゼロまでダメージを受けると、アバターのデータが消える旨ニュースになっていた。

 

「これは悪意としか思えないね。YAMATOのYOKOHAMAサーバーを本気で人が入らないようにしているとか」

 

 グラス越しに綾音がつばさをじっと見る。

 

「もしかしたら……“那由多”の再起動でもさせようとしてるんじゃない? としひこ君が」

 

「どどどど…どーして?」

 

「バグで閉じ込められているかもしれない小松崎先輩をサーバーの再起動で解放することができるかもしれない」

 

「……」

 

 つばさは反論することができなかった。

 YAMATOを作り、それを使って社会的弱者の救済手段にしようとしていた小松崎先輩が、自分の意思で肉体を放置してまで入り込んで、こんなことしているとは考えにくい。


「そんなはずないよ。他の国のクラッカーが、小松崎先輩を拘束し、としひこ君の作ったサトラレを利用してYAMATOの信頼を失墜させている、と考えるのが普通だよ」

 

 じっくり考えて、そう、つばさは答えを絞り出した。


「そうよね。つばさが正しい。ゴメンね、変なこと言って」

 

 素直に謝られて、つばさは「いやぁ」と困った。綾音の言うことは正しい推測だ。

 リアルの彼を信じるつばさの方が色眼鏡で見ていると感じていた。

 

「ま、とりあえず、私は感染してないと思うから、ちょっとYAMATOを見てくるね。リアルの方はよろしく!」

 

 そう綾音が言うが早くヘッドセットを被った。

 

「うん、気をつけて!」

 

 つばさはマンションの入り口を眺められるようにして、iグラスに映してネットニュースを探る。


 オリジンモードは現在YOKOHAMAだけで起きていると言う。サトラレの感染は急速に拡大して、YAMATO全域に広がっているにもかかわらず、である。

 そこでサトラレの感染者のヒットポイントが0になるとアバターデータの破壊が生じるのが判明したと言うのだ。

 

 これは正直、信じられないリスクであった。

 アバターに紐付けされた銀行のデータから何から壊されてしまうので、再登録し直さないといけない。これはクラウドにデータを保存する今のYAMATOのシステムではとんでもない手間がかかる作業だ。それに完全に元に戻るわけではない。


 バックアップを手元の端末や別な場所に移すなどしていれば良いのだろうが、パスワードなどは既に過去のような簡単な英数字の組み合わせのような簡単なものは使われておらず、生体認証データを使うようになっていたので、YAMATO利用者のバックアップはYAMATOよ有機スーパーコンピューター“那由多”にされるようになっていた。

 それが問題であると警鐘を鳴らす識者も言わしたが、重要データのバックアップを簡単にする方法はいろいろ議論されながらも、問題が起きなければ良いのではないかと、なあなあになったまま運用されていたのであった。


 当面の対策はYAMATOのYOKOHAMAサーバーに入らないということになるが、海外からのアクセスの日本東側のポイントであるYOKOHAMAはかなりの発展を遂げたサーバーであったので、利用者も急な移転は困難という実情がある。

 カクオン保安部の対策チームは公式討伐隊を編成し、YOKOHAMAサーバー内の治安維持を開始していた。


 結果、繰り広げられたのは市街戦だったらしい。いるはずのないモンスターが湧き出てアバターを襲い始めているという。

 YAMATOは元々はゲームだったのだ。「クリーチャーハンター」、通称クリハンと言うカクオンの大ヒットゲームの派生ゲームにすぎなかった。

 

 物珍しさか経験値のためか、クリハンの猛者達もYOKOHAMAサーバーにわざわざ来て狩りをするという光景も見られていた。

 あっという間にその話題でニュースは埋め尽くされ、無鉄砲なプレイヤーと呼ばれる人たちの武勇伝的な写真がネット上に溢れ出し始めた。それとともに感染も拡大し、データ破壊の憂き目に遭う人もすでに結構な人数出ているようだ。

 

 なんだか、時間と共にYAMATOがやばく改変されていってる気がする。

 つばさはげんなりした。


「あっぶな!!」

 

 YAMATOにインしていた綾音が戻ってきた。

 

「どうしたの?」

 

 つばさの問いかけに綾音が引きつった笑みを浮かべる。

 

「感染、してたみたい、私も」

 

「ええっ!?」


「発症までタイムラグあるらしいんだよね。それで、今、危うくポップしてきたモンスターにやられかけた」

 

 一般人が狩りの装備を揃えて、戦闘の訓練を積んでいるわけではないから、あっという間にヒットポイントは0になる。


「で、そこまで行った理由なんだけどさぁ」

 

 綾音が乗り出してくる。

 

「カクオンの治安部隊やら一般プレイヤーやらが戦っていたら、フラグが立ったのか、出てきちゃったんだよねぇ……」

 

 キラキラした目で綾音は溜めた。

 そして、自分が撮った写真をつばさのiグラスに共有で送ってきた。

 

「魔王城が!」


 それはYAMATOにはないはずの建物であった。

 YOKOHAMAの海とOOSANBASHIを見下ろし、YAMASHITA PARKに隣接した場所に割り込むように玉虫色に輝く美しくも不気味な塔が建っていた。

 

「ちょっと、マリンタワーじゃない!!」

 

 そのデザインのベースは見間違えることなくリアルで建っている港町横浜のシンボルタワーのそれであった。

 

「新たに現れたそこのモンスターの密度が半端なく高いのよ」

 

 動画も出してきた。ワラワラと見物客のアバターがいる。危険があるほど首を突っ込みたくなる人の何と多いことか!

 しかし、地中からワーム型のクリーチャーが、空から翼竜型のクリーチャーが襲いかかって来ると、何人ものアバターが消滅し、人だかりは散った。

 もちろん、綾音も脱兎の如く俊敏に逃げ、ログアウトしたところで動画は終わった。

 

「あれは間違いなくいるわね、ラスボス的なヤツが」

 

 綾音が自信満々につばさにそう言い放つ。

 

 そんな折、綾音に電話がかかってきた。

 なにやらやりとりしていたが、通話を切ると、綾音は申し訳なさそうな顔になっている。

 

「つばさ、ごめん!」

 

 両手を合わせ、頭を下げる。

 

「うちの両親がもう帰って来いって言って聞かないの」

 

「無理しなくて良いよ! 私一人でも大丈夫」

 

「むしろ、今日は付き合ってくれてありがと。感謝してる」

 

 綾音が帰った後も、つばさはマンションの入り口に目を向けて、としひこらしき少年が姿を見せないか見張り続けた。

 

 時にはワンパークにトイレを借りに行ったり、飲み物のお代わりを注文しに行ったりしたが、それほど目を離していたわけではない。

 出てくるのは裕福そうな家族や外国人が結構いたが、としひこは一向に姿を現さなかった。

 

『確かにそうそう家から外には出ないよね』

 

 そう思って自分の推測を信じ続けた。

 マンション入り口の扉の前には、ワンパークへ上がるエレベーターがあるので、よくワンコを連れた人が通る。

 結構、そのワンコらを見ているだけで心が和んだ。

 

 やがて、日が陰って、外が暗くなってきた。

 父も母も心配する時間だ。

 塾に行くので、これよりも遅い時間になることは当たり前ではあったが、休日に出かけて夕方までに帰らなかった日はなかった。

 

 ………。

 

 時間の経過と共に焦りや疑念が頭を占めるようになってきた。

 このマンションじゃないのかもしれない。

 隣のコンビニの上や周辺にもマンションは多くある。

 大体、彼が本当のことを口にしている保証がどこにあった?

 いや、彼は言わなかったことはあっても、嘘をついていたことはなかった……はずだ。

 

 でも、つばさはまだ若く、迷い多き年頃であった。

 綾音のように自分に絶対の自信があるわけでもない。

 

 4時間もこんなところにいて、諦めかけていた。

 やっぱり現実は思い描いたようには上手くいかない。

 

 当てが外れているのかもしれない。ただ、出てきていないだけなのかもしれない。会えないかもしれないが、会えるかもしれない。

 

 でも、いざ、会えたとしたら、どんな顔をして会ったらいいのだろう? どんなふうに声をかけたらいいのだろう? 現実のとしひこ君にガッカリしてしまう自分がいるかもしれない。

 

 頭の中が次第にグルグルしてくる。

 

「お客さま、そろそろ閉店になります」

 

 気がつけば、もう18時になろうとしていた。

 外は陽がもう完全に落ちて暗く、外のコンビニの灯りがやけに強く見える。

 夜という時間は、出歩くことに慣れていない女の子を喰らい尽くしてしまうかのようにつばさは感じていた。

 

 もう帰らねばならない時間。

 そう、つばさはまだ女子中学生でしかない。それも夜遊びなどしない生真面目と言っても良いタイプである。


 その時、エレベーター乗り場の奥にあるマンションの居住者専用の自動扉が開いた。

 自動扉の静かなモーター音であったが、不思議とつばさの耳に響く。

 

 なぜだかわからないが、空気が、いや気圧が変わった気がしたのだ。もちろん、錯覚に違いない。

 

 でも、次の瞬間、つばさの瞳孔は大きく開いた。

 それは目の前の光景をすべて残さず取り込もうとするかのように。

 雑多な物音や、カフェのTVモニターで流れる音などはすべて消え去り、つばさは静かに進む電動車椅子の音を聞いた。


 携帯と連動した音声入力に自動運転機能までついたウィルの最新型軽量電動車いす。

 乗っているのはまだ若い青年であった。

 つばさの鼓動が早くなる。

 その心音が車椅子の静かだが周囲に気づかせるような音と重なる。

 

 YAMATOのアバターは現実の写真をもとに登録されるので、外部要因の修正が入るにしても、概ね現実のそれを彷彿とさせる外観になっている。

 逆にアバターはリアルの外観を容易に結びつけてくれる。


 バーチャルリアリティーでしかないYAMATOが現実の置き換えとしてのプラットフォームとして成り立っているのは、リアルと離れすぎないようにした工夫がいくつも散りばめられているからだという。

 YAMATO内で出会った仲間とのリアルでのオフ会がスムースに行くという話はよく聞くし、恋愛から結婚へと発展することも多いという。

 

 だからこそ、見間違えているということはない。

 

 先程までつばさが感じていた絶望は吹き飛んでいた。


「としひこ君!!」


 つばさの声がマンション入り口のホールに響き渡った。

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