第1話 出会い:女子校の文化祭で見つけちゃったのよっ!!
この世界はすべての一瞬が美しい。
空はいつも青い中にも不思議な七色の色彩で美しく輝き、建物はきれいなデザインが競われるように並んでいた。街は緑で溢れ、道はきれいに彩られている。
雨の日も風の日も、いやな気分になることく、そこにいるだけで美しい光景を堪能出来る世界。
バーチャルリアリティーで作られた世界YAMATOは、おおよそ現実と遜色のない生活をそこで送ることが出来た。
始まりは美しい世界を冒険しながら旅して写真を撮ることだったという。ちょっとの冒険とちょっとの成長と、圧倒的に作り込まれた美しい世界を楽しむ、ゆるいゲームだったそうだ。
ゲーム世代以外をも取り込む魅力のある美しい世界とその旅の素晴らしさに密かな人気だったものが、テレビで紹介されることによって爆発的に広まるのはよくある話だ。
今の街には学校があり、商店があり、遊戯施設があり、役所までもある。
世界を移動するのは一瞬で事足りた。行きたい場所を登録しておくか、地図上から選択して「ヤタ! 学校にトランスポート!」といえば移動できる。
もちろん、YAMATOのYOKOHAMAにも交通機関があり、学校も所定の場所に建っているので、ゆっくりと時間をかけていくことも、早送りで移動することも可能だ。
ちなみにヤタというのはこの世界の案内役的なマスコットゆるキャラで、レモン色の八咫烏である。
このヤタに音声で伝えることで、大抵のことはできてしまう。
現実世界はある時から繰り返される驚異的なウイルス感染症のために環境が一変し、実際の旅行や飲食で人と接する事を避けるように政府と民間の双方から叫ばれるようになった。
そして、電子マネーの普及や電子決済、デジタル庁の創設などの社会環境が後押しして、YAMATOに現実の電子決済機能が追加され、バーチャルな商店が立ち並ぶのに時間はかからなかった。
銀行でも現実の商店でも、YAMATOで決済ができ、バーチャル内のものはバーチャル内で、現実の商品は配送業者が現実で送ってきてくれるから出かける必要がない。
バーチャル内でも現実と同様の商品を手に取って、試用までしてみることが出来るのは大きい。
もちろん、そのバーチャルの使用は現実の製品の能力に応じた基準で、偽造データでよく見せることは出来ないように厳格な基準が設けられているので安心だ。
企業も学校も、一昔前で言うテレワークにほとんどが移行している。
何しろ、通勤時間がなくなるので、家にいてバーチャルセットに座ってログインさえすれば今までの仕事の環境とかわらぬ会社で働くことができる会社員は楽だ。
もちろん、体育や家庭科などの実技を伴う授業などは学校でせねばならないので、通学する投稿日が各学年ごとに設けられていたし、実務の仕事をする職業は相変わらずではあった。
それでも、職種の配分がだいぶ変わり、ソーシャルディスタンスが保てるような社会作りがある程度は実現できるようになっている。
飲食は配送が充実し、現実の飲食業は配送業者とタッグを組んで届けることが主体になった。もちろん注文はYAMATO内で行って、電子決済で事が足りる。
駅前でなくとも良い人が増えたため、住宅は分散化し、人が多く危険な首都圏を離れ、地方に移り住んだ人も多い。
そんな環境の中、女子中学生つばさは苦悩していた。
中学3年ともなれば、普通は高校受験の時期ではあったが、つばさの通う女子中学は横浜御三家の一つに数えられる中高一貫校である。
持ち上がりなので、受験の悩みはもう3年は無用だ。
お年頃なので、そろそろボーイフレンドの一人でも欲しいのではあったが、あいにくとつばさの通う学校は女子校で、出会いは皆無であった。
横浜にある私立小学校に通っていた頃の同級生は大抵が都内や県内の有名中学に進学してしまっているので、会うことはない。いや、会えるわけがない。手痛い失恋の想い出が小学校時代の旧友らとの再会を躊躇させていた。
大船や山手にある横浜御三家の男子校に通う従兄弟らにも、紹介してほしいなどとは口が裂けても言えない。
だいたいが、頭の良いやつは性格が悪い、小学校時代の経験から、つばさはそう思い込んでいた。
ならば活路は文化祭に見出すしかない。
つばさの所属するサッカー同好会は弱小同好会だったし、丘の上の校舎では広いグラウンドもないため、事実上のフットサル同好会でしかなかったが、毎年のグラウンドで行われるドリブルタイムトライアルは来場者に概ね好評であった。
スペースの関係もあり、リアルで行う日とe-SPORTSの普及によるバーチャルのYAMATO内で行うトライアルを行っている日がある。
どちらも入場に関してはキリスト教系の女子校らしく入場券の配布や身元のチェックなど厳格であったが、先日の文化祭のとき、不思議なことがあったのだ。
それはYAMATO内の学校の部活ブースで受付をしている時だった。
通常、YAMATO内の人はハンドルネームと本名の両方が見えるような仕組みになっている。
YAMATOは厳格な本人チェックがあるので、偽名は名乗れないようなシステムとなっている。もちろん、普段はハンドルで表示させることが可能なのだが、よく目を凝らすと本名が見えるのだ。
ところが、その日訪れた男子中学生はハンドルが表示されるだけで、本名を見ることが出来なかった。
ちょっと〜。かっこいいじゃない!!
という邪まな理由からゲームを案内したときに本名を確認しようとしたので、気がついたのはそんな事をしたつばさだけだったようだ。
気になったつばさは彼のメールボックスにメッセージを送ってみることにした。
このあたりは昔のSNSからのつながりで、メッセージを送るのはブロックでもされていない限り誰もが可能な仕様だ。
まあそれでもドキドキものでメッセージを送るかどうか、ちょっと躊躇はしたものだったが。
「こんにちは。昨日文化祭のサッカー同好会ブースで案内させていただいた『くまポン(女子)』です!」
くまポン(女子)はYAMATO上で使用しているつばさのハンドルネームである。
「魔王としひこ…くんって名前、ハンドルだよね。本名が表示されなかったんだけど、そんなアプリつけてるの?」
これに対して驚くことに返事がさっき届いた。
「メッセ、ありがとう。YAMATO内を散策するのは先日が初めてだったのですが、本当に楽しかったです。プライバシー保護のためのアプリを自作してみました。ここだけの話で内緒にしてね」
嬉しいぃ〜〜!!
返事が届いて、つばさは有頂天となった。
YAMATO内で行動するアバターは現実の写真をもとに登録し、マイナンバーカードや銀行口座、クレジットカードとも紐付けして造られる唯一無二の存在である。アバターの外観も多少の修正は入るものの、概ね本人と遜色がないと言われていた。もちろん、そこはビジネスが入り込む余地があり、アバターの外観の修正アイテムの販売などもされているから、絶対というわけではないが、現実の魔王としひこにもかなり期待が出来た。
速攻、フレンド申請のボタンを押した。
「YAMATOに入ったことがなかったの!? 信じられない!! 私で良かったら案内するよ!」
そう直ぐに返信を返した。
「それって、おかしくない?」
YAMATO内の教室で同じサッカー同好会の親友である綾音が言った。
黙っていられず、つばさが話してしまった結果であった。クラブチームの下部組織に所属している同好会のストライカーであり、成績優秀眉目秀麗という完璧超人を自認する彼女の鋭い指摘であった。
「な、なによ。私なんかに返事をくれる男の子がいることがそんなにおかしい?」
このあたり、つばさの自己評価の低さ、自信のなさが出てしまっていた。
「違うよ、自作アプリ、ってところ。つばさは黙っていればまあまあ可愛いんだから自信持ちなさいよ」
綾音がつばさの胸に拳を当ててくる。入学以来の友人で、おべんちゃらは言い合わない間柄だ。
ぽっちゃり系だった小学生時代につばさは一念発起し、ダイエットに励み、中学生になってからはくるくるしていた天然パーマの髪の毛にストレートパーマをかけて可愛くなれるよう心がけていたのだから。
「YAMATOのセキュリティーは物凄いのよ。それこそ、日本屈指のプログラマーが24時間セキュリティーにあたっているようなバーチャルプラットフォームなんだから、そのシステムを書き換えられるなんて考えられないよ」
同様のバーチャルサービスはそれこそ数多くあったが、マイナンバーカードや銀行口座と紐付けられているYAMATOは制約が大きい。
逆に言えば、だからこそ現実と遜色ない世界で人々は交流しあえているのだ。
そういう煩わしいことが嫌な人は、もっと別な本名を晒さなくて良いバーチャルプラットフォームに入れば良いのだ。
もっとも、現実世界の代用品ともなっているYAMATOほどの利用者がいないのが現実で、なんだかんだ言いつつも、ほとんどの人がYAMATOを利用していた。
制約に応じた便利さもずば抜けているからだ。
「うーん、もしかしたら、ベータ版のゲームか何かのNPCなんじゃないの? AIで動いているやつ」
ゲームが得意で同好会の頼れる司令塔の璃花子がそう言ってきた。大規模戦闘ゲームに毎晩没頭している彼女はその筋で有名らしい。
元々がゲーム要素のあるYAMATOなので、いろいろな実験もされていて、あり得る話だった。
でも、文化祭で案内したつばさとしてはあれがAIだとはにわかには信じがたかった。
「AIかぁ。としひこくんがそうだとは思えないけどなぁ……」
とは言いつつも、素敵な男性キャラを攻略する乙女ゲームの進歩は目覚ましく、そのAIの性能アップ目的でリリース前にテストされている、と言うのはありえる!
ここはいっちょ、ゲーム感覚で攻略もありかな、そうつばさは思ってしまった。いや、そうでもしないと、恥ずかしくって、男の子となんか話していられないかもしれないからだ。
そんな雑談をしていると、いつの間にか先生が教室の斜め前にある登壇台に立っていた。
「おはよう!授業を始めようか」
体育や家庭科のない日はバーチャルにYAMATO内の学校に自宅から登校するので、この日は文化祭後の最初の授業の日であった。
YAMATOでも現実の教室とほぼ同じ環境で授業を受けることが出来るのは驚異的だ。
ただし、先生の授業はAIの録画が主であった。説明の上手な鉄人教師による面白い授業を配信する会社から購入された授業が流され、担任や教科の先生は理解不足の生徒の補足や質問対応に専念することが出来た。
教材を用意するのもバーチャルなのだから容易で、先生の負担も少ない。
普段なら真面目に授業を聞く方のつばさであったが、この日はメッセージボックスが気になってノートを取るのも遅れがちだった。
授業の資料は後からでも見直せるが、自分で書き整理した方が頭に入る。
こんな日に限って、教室の窓の外の空には虹色のオーロラが輝き始めていた。
この空の下にとしひこくんはいるのだろうか? それとも今はリアルでどこかの学校の教室で授業を受けているのかも。
緑に覆われたレンガ枠の窓の向こうには、どこまでも美しい空が広がっていた。