まなざしに焦がされる
※作中に爬虫類への給餌のための虫が出ます。苦手な方はご注意ください。
あなたはいつもそうだ。
そうやって、思わせぶりな視線で僕を惑わせる。
「いらっしゃいませ」
ひんやりとした店内に入ると、温度のない声に出迎えられた。ちらりと目を向ければ、僕に背を向けた店員さんの姿がある。
細くて、女性にしては高めの身長の店員さんは、踏み台もなしに上段の水槽のふたを開けてピンセットを差し入れている。
冷たい金属が挟むのは、生きたコオロギ。クラスメイトの女子が見たらきゃあきゃあうるさく騒ぐだろう、虫だ。
身体をピンセットでつかまれたコオロギは、六本の足と触覚をうごめかせているけれど、それを手にする店員さんの表情はいつも通り、何を考えているかわからない無表情。
その横顔がまるで爬虫類みたいだ、なんて。思ってしまったのはいつだったっけ。
「エサやり、見ていきますか」
店員さんの横顔をぼうっと見ていたら、不意に声をかけられて肩が跳ねる。まるで、水槽に入ってるはずのトカゲが机のうえに寝そべっていたのと目が合ったような衝撃。
店員さんが不思議そうでもない、ただこちらを見ている、というような顔で僕を見ていた。
「エサやり、見ていきますか」
同じことばをくり返す店員さん。
疑問形ですらない。笑顔も添えられない。ただ、水槽越しに見つめる人間を見つめ返す爬虫類の眼だ。
「ええと……はい。見ていいですか」
何と答えていいのかわからなくて、僕はもごもごと頷く。
実際、飼ったばかりのトカゲのエサやりの参考にしたいから、見せてもらえるのはうれしい。あと、店員さんのそばに行けるもうれしい。
いそいそと近寄る僕を待たず、店員さんは次の水槽のふたをずらしている。
いつも通り愛想はないけど、僕に声をかけてくれたということは、僕がこのあいだこの店でヒョウモントカゲモドキを買ったことを覚えてくれているのかもしれない。そのときに、勇気を出してエサの相談をしてみた覚えもある。
「……どこが好きなんです」
「え」
黙々とコオロギの脚や羽をむしってトカゲたちに与える店員さんを見ていたものだから、ちいさなつぶやきを聞き逃した。
「どこが好きなんですか」
僕に向き直った店員さんがもう一度言って、わずかに首をかしげる。長い髪の毛がすこし遅れて彼女の背でゆれた。
「あ……眼が」
思わず言ってしまってから、僕は我に返った。
眼が好きだなんて。店員さんの眼を見つめていたからうっかりくちにしてしまったけれど。
今の流れで聞かれたなら、明らかに爬虫類の話に決まっている。
だというのに、店員さんの眼が好きだなんて、僕はなにを答えているのか……!
ひとりで泡を食って顔を赤くしたり青くしたりしていると、店員さんがぱちりと瞬きをした。爬虫類のような、温度のない眼をゆるく細めて笑う。
あなたのまなざしに熱がないのだとしたら、僕を燃え上がらせるこの熱さはどこから来るのだろう。
僕はエサを食べ損ねたトカゲのように、間抜けにくちをはくりと動かすばかりだ。
イラスト、猫の玉三郎さん制作「まなざし」