タイムトラベル入門 その三
起承転結のつもりがうまく機能してなくて、今回次回とボリュームがこれまでの二倍となっております。
あくまで中編規模なので明日の更新で完結です。
※ ※ ※
「それでは、今一度契約遂行に伴った手順を説明させて頂きます」
エオリアの難民キャンプを抜け、凸凹道を車で走ること十五分。助手席に座す依頼主に向かって前触れ無く声をかける。
「ご依頼は武装勢力・リヴェラの頭目、グエラマ・アガルタ二十五世への独占インタビュー。今年に至るまで二百三十のテロを指揮し、自国民さえ平然と手にかける『大物』。話をするためには相応の用意が必要となります」
彼が提示した案はこうだ。
自分が武装組織の下っ端、彼女をカネの取れる捕虜として他に紹介。潜り込んだところで側近たちを『無力化』し、必要な情報を聞き終えたら速やかに撤収。過去への干渉は最小限に留める、と。
「無力化って、出来るんですか? あなたひとりで」
「銃を持った手練二十くらいまでなら何とか。数が多いなら分散させ、お話の時間くらいは稼ぎます」
完全に自分が勝つ前提で話が進んでいる。いや、そのくらいでなければカネを払った意味がないのだが、発言を担保するものが無いのもまた事実。
「ご安心ください。55000クレジットを裏切るような真似は致しませんから」
強引に会話を打ち切り、ビノの目は再び荒野に向いた。古臭いタイヤが小石を弾き、質の悪いシートが尻を刺激する。ずっと同じ風景の中を、場違いな程に美しい純白の鳩が横切った。
会話の消えた気まずい沈黙。到着までは暫くかかる。イリーナは変わり映えのしない外に目をやったまま、運転手に対し話を振った。
「ビノさんは……。好きな人とか、いないんですか?」
「いましたよ」一瞬たりとも間を置かず、無感情にそう答える。
「今は居ません。任務中に死にました」
「死んだ……、って?」
「別に良いでしょう。独身男の身辺なんて」
ぶっきらほうに言葉を返し、この話はそこで終い。しかしイリーナはその言葉の端々に、無表情を気取る彼の顔に、どうしようもない寂寥があることを読み取っていた。
「そろそろ目的地前です。段取りの方、宜しくお願いしますよ」
これ以上追求しても、彼から共感は得られないだろう。きっと、何を言おうが分かり会えない。イリーナは『説得』を諦め、荒涼たる赤茶けた大地に目をやった。
※ ※ ※
「幾ら何でも乱暴じゃないですか」
「黙れ。貴様らに拒否権はない」
荒野を駆け抜け十五分。背の高い白くゴツゴツとした岩に覆われた目標地点を前にして、ビノらの載るトラックは二人の屈強な男たちに阻まれた。
「拳銃一丁にマガジンひとつ。財布には札が五枚……。よそ者にしてはカネモチじゃねえの」
モスグリーンのベレー帽に薄汚れた軍服。腰に提げた小銃はそれぞれ二丁。どちらも筋骨隆々とした巨漢であり、明らかな嫌悪の目を此方に向けている。
「答えろ。ここへ来た目的は何だ」
「知らない奴だな。ロリシカのスパイか?」
ビノはイリーナに静止を求め、向こうの検めに嫌な顔一つせず受け入れる。争う必要がないからだ。彼らが旧態依然とした探りを入れようと、身元が割れるものが見つかる事は無いだろう。
「見てわかりませんか? 敵国の捕虜ですよ。旅行中に独りだったのを拉致して来たんです。リヴェラの威光を内外に示すべく、辱めの後救済すべきと考えまして」
言って上着の下から手帳を取り出して渡し、両の手を高く上げる。組織に与することを描いた書類と血判。当然偽装であるのだが、一兵卒如きがひと目で見破ることなど不可能だ。
イリーナは無言で首肯し、布で顔を隠して俯く。傍から見れば、既に逃げ場無く詰んだ風にしか見えないだろう。
「不穏な点は特にない……」
「よかろう。行って良し」
慇懃無礼に冷静沈着な態度が気に食わないが、それが通行を妨げる理由にはならない。
「有難う御座います」
ビノの側も会釈をし、拳銃を返してもらう。あとは再びエンジンをかけ、足早にここを去るだけなのだが。
「ひとつ、宜しいでしょうか」
向こうが構えた銃を下げたところで、ビノから飛んだこの質問。当人らや、助手席のイリーナからも嫌な顔をされるものの意に介さない。
「あなた方がお持ちになられている銃……。AK-47でしたよね。取り回しも良く量産に向く。数で押すならこれに勝るものはない」
「だから何だ」
「好きなんですよ。こういうのを見ると興奮してしまうタチでして」
などと宣うが、ビノの口調はどこまでも冷ややかだ。
「曲がりも無いしよく冷えている。まだ慣らしをかけていないようですね。派遣されて何日です? 実戦のご経験は」
だんだんと、周囲の空気が張り詰めてゆく。どちらも既に解っているのだ。相対する者が『ふつう』じゃないことに。
「兄さん。余計な詮索はやめときな」
「あんたらの命が今どこにあるか。解らない訳じゃ無いだろう」
下ろした銃の撃鉄を弄び、威圧的にそう振る舞う。なれどビノは。依頼人を助手席に乗せながら、この鼻持ちならない態度を崩そうとしない。
「失敬、失敬。ではお言葉に甘えさせて頂きます」
言ってにこやかな笑みで身を屈め、彼はエンジンキーに手を伸ばす。やっと離れてくれるのか。周囲の三人に安堵のため息が漏れ――。
「"トメノスケ・ブラスター"を小銃に改造とは。『レコンキスタ』の悪趣味には辟易しますな」
バレている!
この言葉を契機とし、二人の男は同時に銃を向け、『ふたつある』引き金のうち手前側を引かんとする。
だが押し込む指に力が入らない。それもその筈、彼らふたりの顎先は赤銅色の弾丸によって刳られており、身体がアタマの指令を受け付けない。
顎から口腔の間に留まった弾丸は真紅の光を放ち、男たちの頭部を制作中途の飴細工めいて溶かしてしまう。この輝きは発熱か。尋常ならざる熱を浴び、兵士ふたりの首から先が露と消えた。
「な……ななな、何なの!?」
「ご安心ください。彼らは二流以下。この程度なら目を瞑っていても殺せます」
「ちが、ちがう……。そうじゃなくて」
「溶岩弾を視るのは初めてですか? 着弾の瞬間三千度の熱を発し、対象を都合よく消滅させる特殊な弾丸です」
「いや、だから! それじゃなく!」
どうしてこんなに話が噛み合わない? ビノは倒れ伏した首無し死体を仰ぎ見て、ようやくその意図を理解する。
「連中は過去改変を目論み、私たちと同じ時代からやってきた犯罪者です。放っておけば2003年に良くない影響を与えますし、何よりお客様に危害を加える可能性があった。正当防衛ですよ。ご気分が優れないのでしたら飴か何かを」
「いや、良いです……もう……」
マニュアルを丸暗記しているかのようなマシンガントーク。正当防衛? あれが? 煽ったのは此方なのに? 法の及ばぬ過去であっても、そんな話があって良いのか。
「アー……。少し耳を塞いでいてください」
悪びれる様子は微塵もなく、拳銃の弾倉を素早く交換。イリーナにそう促すと、即座に銃口を頭上に向け、弾丸を屋根越しに解き放つ。
「ひ、いいいいっ!?」
ガス管が破裂したかのような音を響かせ、車内に広がるケミカルな火薬の匂い。顔をしかめ、視線を外に向けたイリーナの目に、白い皿のような円盤が複数飛び込んで来た。
「い、今のは」
「奴らが所有するドローンです。持ち主の死亡で、すぐ近くに居た我々に銃口が向きました」
「けど! そんなの一体何処に」
「気付きませんでしたか? 追われていたじゃないですか。車を飛ばしてすぐに」
「え……」言われて注視してみれば、皿は不可思議なブロックノイズを発し、ばちばちと火花を散らしている。そこに投影されているのは。
「あの、白い鳩……!」
画像がだいぶちらついているが、あの白さを間違えられる訳がない。あんな前から尾けられていたというのか。
「どうやら、ノンビリしている暇は無さそうですね」手にした銃を布の下に収め、アクセルを思い切り踏み込んで。
「依頼の達成を優先します。シートベルトを締め、姿勢を低く保ってください」
車が跳ねるように加速したその後ろで、地表の凸凹が砂利を吐いて破裂した。ちらと背後に目をやれば、『全く同じ』白い鳩がこちらを目指して羽ばたいている。
「あれ全部、敵……ですか?」
「舌を噛みますよ。余計な詮索はなさらぬよう」
隣に客を乗せているにもかかわらず、その客がシートベルトで真っ二つになりそうな程に荒い運転。
命がかかった局面で汗さえかかず、淡々と仕事をこなすこの胆力。彼は一体何者なのか。どうしてこんなに飄々としていられるのか。
だが事態は彼女に考える余裕を与えてはくれなかった。駄々広い荒野の中、車を走らすその眼前に、見覚えのあるブロックノイズが複数。
「困りましたね。囲まれていたようです」
ビノは急ブレーキで車を停め、銃に別のカートリッジを挿入した後、左手首に手を触れる。形状記"録"合金製のそれは、押し出された『余剰分』がところてんめいて剥がれ落ち、ブロックノイズを発して消え失せる。
彼らの視線の先にはカーキの軍服を纏った屈強な男たち。放射状に八……いや九か? 細かなブロックノイズが衣服を離れ、空と混ざって融けてゆく。
「ようし、そこを動くなよォ!」
「少しでも妙な真似をすれば撃つ! これを以て最後通牒とする!」
光学迷彩で姿を隠し、此処で待ち構えていたのだろうか? いや、むしろ誘い込まれたという方が適切か。こうなれば目的を問う必要はない。
「話を付けてきます。暫くお待ちを」
「ででで、でも……」
「先程も言ったでしょう。二十人くらいなら殺せると」
動揺するイリーナを掌で御し、車を降りて連中の真中に向かう。右手は背中に回っており、ホルスターに差した銃の引き金に指を触れている。
「人死にが出たんで何かと思えば……。勤労な"キーパー"様のご登場とはな。わざわざご苦労なこったぜ」
「身分を知った上で呼び止めるとは肝の据わった御仁のようで。その対価が何か、解っておいでですか?」
向こうはいずれも小銃をビノに向け、彼も右手を構えたまま。睨みを利かすが、互いに取り下げる様子はない。
(前方に三、横に二、背後に三)
敵の手勢は時計回りにトラックを囲い、改造小銃の口をこちらに向けている。対してこちらはひとり。不利だどうのというレベルではない。
だのにビノは、面倒臭そうに息を吐き、慇懃無礼な態度を微塵も崩そうとしない。
「何をされに来たかは……。聞くまでもなさそうですね。助かります。アガルタ二十五世はこの先にいるので間違いないと」
「だが、お前は此処で死ぬ。文字通り、道半ばでな」
一触即発。引き金に触れた右人差し指が合図を今か今かと待っている。
「抵抗はお止しなさい。武器を捨て、投降するのなら、こちらも人道的に対処しようではありませんか」
「言うねぇ兄ちゃん、あんた一人で何が出来る? その言葉、タマと一緒に返してやるよ!」
敵が拳銃を抜かんとしたその刹那。ビノの手は既に的を捉え、鉛玉を脳天に撃ち込んでいた。
弾丸は真中のひとりを貫いたのち、耳の穴から『二つに割れて』、両隣のこめかみに命中。一拍遅れてこちらもダウン。
そして瞬時に身を屈め、交差する左右がフレンドリーファイア。屈めた身体を戻すことなく、右脇を通してニ発目の鉛玉。喉の柔肌を貫いて上へと登る弾丸が、開いた口より隣立つ敵へ。最後の一人から左目ごと視力を奪い取る。
「別に返していただかなくて結構」殺し損したフレンドリーファイアの額にそれぞれ弾を撃ち込み、念には念をとこめかみを穿った二人に再度の一発。
「もう、頂戴しましたから」
一秒あったか、なかったか。圧倒的不利をまたたく間に片付け、カラになった銃をホルスターにしまう。
発射から三秒の間だけ、脳波で自由に弾道を操作出来る弾丸。徒党を組み、向こうがひとりと舐めた時点で、彼ら九人に勝ち目など無かったのだ。
(待てよ)
あの時視たのは九人だった。前後に三人、左右に一人ずつ。残りは何処だ? 撃ち漏らしは無かったはず。
「ビノさん!!!!」
答えはすぐに見つかった。守るべき依頼人――。イリーナの載る車の方角より放たれた銃弾が、ビノの右胸から血肉を抉り取る。
「間抜けな野郎だぜ。馬鹿正直に全員顔を見せると思ってたのかぁ、ア?」
わざわざ声で居場所を報せてくれるとはありがたい。これで撃ち返せるなら御の字なのだが。ビノは心中そう独り言ち、下半身を光学迷彩で覆い、銃を片手に運転席を陣取るバラクラバ帽を睨む。
「空っぽの『今』にすがる石頭のキーパーさん。そこで見てなよ、この俺が歴史を変える様をさ!」
既に無力化したと思っているのだろう。奴の銃は自分ではなくイリーナの方を向いている。続く展開を問う必要はない。胸を撃たれた人間が、この距離から人質を救い、状況を好転させることなど不可能だ。
「馬鹿。今貴方。聞き違いでなければ、馬鹿と仰っしゃりましたか」
普通ならありえない。やはりやつらは二流以下だ。向こうには聞こえないと知りつつそう呟き、ビノは左手に嵌めた時計に手を触れ、短針を右に一回転。
「この局面で、馬鹿はあなた方九人しかいない筈ですがね」
その"変容"を目にできたのはイリーナだけだ。バラクラバは既に興味を無くし、車のキーを回しエンジンをかけている。
いや、きっと話したところで信じてもらえまい。目の前の人間が砂となって風に攫われたなんてことは――。
「嘘……だろ?!」
攫われた砂は一瞬で車の運転席へと移送され、ヒトの姿を形作ってゆく。虚を突かれ、銃口をイリーナに向けていた時点で勝ち目はない。発射された38口径の弾丸が額を穿ち、そのまま気管を一直線。内の臓を尽く破壊し、尻の穴から席を貫いた。
「お怪我は、ございませんか」
「は……はは……は……」
至近距離で人死にを目の当たりにし、イリーナの感情が閾値を越えた。『もう笑うしかない』とはこのことか。ビノが手早く死体を引き摺り下ろし、首から上を『処理』する様を、彼女はただ無心に見つめていた。
「申し訳御座いません。怖かったでしょう」
「ええと、その」
何事もなかったように運転席に座し、無事を尋ねるビノを見て、イリーナはどう答えるべきか判断に迷う。これが今そこで殺しを行った人間の態度か。オンオフがはっきりし過ぎている。
「何故、私にあんなことが出来たか……ですね?」
うまく言葉が継げないのを緊張のせいと判断したか、ビノの口から飛ぶ雑談。
「この『お守り』は"タイムスタンプ"。先んじて時間を"記録"しておけば、遡ってその地点にジャンプ出来るんです」
「は、あ……」
和ませようとしているのは解るが、そんなことを教えて何になるというのか。
あの軽口は嘘じゃなかった。このひとは、本当に二十人くらい余裕で仕留められるのだろう。乱暴な言葉も行動も無いのに、自分に銃を向けた連中よりもずっと怖ろしい。
(でももう、後には退けない)
巡り合わせが悪かろうが、彼がどんな人物だろうが、そんなことは関係ない。やるしかない。やるしか、ないのだ。
イリーナは心中そう呟いて、迷いを内に追いやった。




