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タイムトラベル入門 その一

ここからがほんばん。本日から四夜連続くらいでタイムトラベルSFてきななんかを語ってゆきたいと思います。

若干えぐめ。

 雨合羽の上から空を見やる。大人はこの先に太陽があると言った。その輝きでヒトに活力を与え、生きる糧を与えると。

 けれどここ二十年で現れたのは灰色の空だけ。陽は厚い雲と鈍色の雨に遮られ続けている。


 この星はもう終わりだ。誰もがそれを解ってる。けれど、自発的に死のうとする奴なんていない。

 もう未来に希望を持つ者はいない。有るとすればそれは過去。

 だから人はここへ来る。現実の憂さを晴らすために。

 この時代に産まれたことを、後悔したくないから。


※ ※ ※


 ロールシャッハ・テストというものをご存知だろうか。インクの染みを紙に垂らして折り曲げ、その模様がどう見えるかで各人の性格を診断しようとするものだ。

 ただ、此処での『それ』は性格診断には用いない。色も模様も絶えず変化し、おどろおどろしい紋様を天井に投影し続けている。


「おかえりなさいサンジェルマン伯爵。今回の旅はどうだった?」

「やめてください。柄じゃないですから」

 ロールシャッハの不気味な紋様の下、二人の男女が靴音を鳴らして先を行く。どちらも首から下を総て覆う白銀にラメの入ったタイツスーツを纏い、その上からコートのようなものを羽織っている。

「その様子じゃ、向こうもあなたの時間じゃなかったみたいね。ご愁傷さま」

「いちいち癇に障る言い方するの、当て付けですか? 歳に対する」

 男性はカーキのジャケット。短く切り揃えられた髪は総て白髪で、両の瞳は白目と黒目が反転し、この世の生き物ならざる風体である。対して女性は紺のボレロ。長く伸びた黒髪を右肩から下ろし、両目は金と銀のオッドアイ。こちらも常識的な姿とは言い難い。


「それで。仕事というのは?」

「警護よ。2003年・中東のエオリア。そこの軍事政権へインタビュー。学校の研究レポートの為ですって」

「冗談じゃありませんよ。子どもの宿題に体を張れと仰るのですか」

「その分払いは良いわよ。行き帰りで55000クレジット。無傷ならボーナス上乗せ」

 時々、自分たちが何の仕事に従事しているかわからなくなるな。楽しげに微笑む上司を横目に、ビノは心中そう独りごちる。"武器"の研究開発に専守防衛。公金は半月と持たずに底をつき、収支の天秤は五ヶ月連続『支』に傾いたまま。55000という金額を逃したくない気持ちも理解できる。


「断っても追ってくるのでしょう。不承不承ながら……」

「ホントぉ? いやァ助かるわー。それじゃ、早速案内するわね」

 こちらの言葉を半分に、上司リリアが左人差し指を十字に切った。壁を這い回るインクの染みが二重丸を描き、正面の壁に扉を生ずる。

 開け放された先にあるのは、四角四面のテーブルに椅子が四つの簡素な待合室だ。左奥には既にひとりが座しており、リリアが無言で目配せをしている。恐らくあれが依頼人。今どき珍しい紫紺のジャンパースカート。それなりに上流の高校と見てよいか。


「大変お待たせ致しました。私は案内人の『ビノ』と申します」

「王林大付属高校二年、ヴァルカ・イリーナです。急な依頼にも関わらず、お受けて下さって感謝します」

 絹糸のように滑らかな金髪に、芯の強さを感じさせる蒼の瞳。子どもと大人の中間と言ったような顔の線。何よりこのハキハキとした口調。宿題の提出に困るような落伍者にはとても思えない。

「依頼の確認……ですが、レポート提出のためのインタビュー。間違いありませんか」

「ええ。学校で友達と賭けをしたんです。どれだけインパクトのあるレポートに出来るかって」

(賭け、ね……)王林と言えば付属と言えど『日ノ本』の有名校と聞いている。示威のため、生徒にそういう課題を出すのもわからなくはないが。にしても体を張り過ぎではなかろうか。

「宜しい。それでは注意事項に移ります。料金は即日前払い。指定した以上の滞在は認めません。持ち物は事前に通告したものだけ。向こうで持ち帰りを希望される際、特にナマモノの場合は私達に必ずお声がけください。

 トイレや入浴といったプライベートな時間を除き、移動中は私が常に同行します。今回は特に戦時下ですから……。命懸けであることはお忘れなきよう」

 ビノはそこで言葉を止め、イリーナの顔を見やる。遊びのない真剣な眼差し。これが、賭けで戦地に赴く学生だって? どうにも人間像が噛み合わない。


「最後にひとつ」だからと言って、話す内容に変わりはないのだが。「貴方はこれから過去に行き、過去の人間と関わりを持つことになります。絶対に、過去を変えるような真似だけはしないでください」

「過去を、変える……というと?」これまでずっと受け身だったイリーナが、初めて疑問を口に出す。

「今回の案件で具体的に言えば、これから死ぬ人間に逃げろと伝えたり、自らが未来人であることを現地人に話したりすることです。無論些細なものは私が対処致しますが、お客様自身も気を付けていただかねばなりません」

 柔らかい口調ではあるが、反逆は絶対に許さないという意思が透けて見える。得体の知れない剣幕に押され、イリーナはもういいと引き下がる。

「何か質問は……。無さそうですし、始めましょうか」

 イリーナの沈黙を同意と取り、リリア宜しく右の手をさっと右に薙ぐ。簡素な待合室に赤の扉が生じ、机や椅子がブロックノイズと共に消え去った。

 同時に、目の前に現れたのは直径八メートル、横に十メートルほどの堅牢な大扉。年季の入った白銀の鋼には幾重もの傷が彫り込まれ、中央のシリンダーロックを筆頭に多くの鍵が仕込まれている。



「荷物はこちらで。お手洗いなどは宜しかったですか」

「えぇ。お願いします」

 やはり彼女は何かが妙だ。功名心や稚気染みた見栄も無く、中身を隠し表面を取り繕っている。

 だが、それを指摘したところで意味などない。額を提示され、それを了承した時点で彼女は『客』である。その言葉の裏が何であれ、すべきことは依頼の完遂のみ。たとえその先にあるのが、自らの屍であったとしても。



「2003。イチゴー・ヨンヨン。エオリア国難民キャンプ。ジャンプポイントを検索」

 扉の前で居場所を伝えると、鈍色の扉に地図が生じた。人差し指で直接触れて、到着地点を書き換える。

「完了しました。それでは、私に続いてください」

 人差し指を強く押し込むと、中央のシリンダーが扉の内に沈み、その下の回転レバーが1080度転回。左右の螺子棒がリズミカルに外れ、最後の固定ユニットが左右に開け放された。



 二十一世紀半ば。西側の強国に起きた世界最悪の放射線事故は、五億人の犠牲と二十の動植物を絶滅に追い込み、地球国土の実に五分の一を汚染した。

 核は、最早抑止力足りえない。世界は核廃絶条約に調印し、二十年掛けて地球から核兵器はこの世から消え去った。少なくとも、表向きには(・・・・・)そう伝えられている。

 抑止力足りえなくなった核を素に、強国は新たな兵器の開発に着手した。破壊ではなく『改変』に依ってそれぞれの欲望を押し通す時間遡行機・タイムマシンである。

 時は流れ二十二世紀。世界最大の強国ロリシカは核をも超える高出力エネルギー・オルトニウムを精製。ここに至りワームホール開発は軌道に乗り、2111年。人類は遂に時間移動装置の開発に成功したのである。



「続いて、ってこれ……!」

 扉の先はオルトニウムが放つ橙色の輝きで満ち満ちていた。周囲との光量差に充てられ、イリーナは怯んで両目を腕で覆う。

「問題ありません」

 だのに、ビノはまばたき一つせずに橙色を見据えている。彼は『お手を拝借』とイリーナの空いた左手を掴み、決断的な足取りで異空間に乗り込んだ。

「声を合わせてゆきましょう。イチ、二の……」

「さんッ」

 オルトニウムの高出力空間がふたつの異物を認識し、彼らの身体をブロックノイズに変えてゆく。分解されるという実感はあるが、痛みはない。自意識は電気信号となって目標の時間へと先行し、次いで身体が送られる。


 タイムワープは滞り無く完了。二人の男女は戦乱の西暦2003年、エオリア国へと跳んだ。


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