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プロローグ・2019年より

連載するつもりで書いたものの、まとまり切らず手付かずだったものを読み切り形式でまとめました。

続き物の冒頭部分みたいなものと思ってごらんください。

 えぇ、そう。季節は八月……。まだ海開き前でしたから七月の初週。額に汗して丘を登ったのを憶えています。


 並木を越えてその先には湖。待っているのはいつも同じヒト。白のキャミソールワンピースに蒼のデニムアウターを羽織っていて。私に向かい優しく手を振るのです。容姿? 顔ですか? 残念ながら憶えていません。何度も視ているうちに像がぼやけて、果たしてどんな顔だったか。


 観る夢はいつも同じなんです。どこで何をしていても、夢の中で顔の知れない『彼女』の姿を追っている。過去になど囚われず、前だけを向いて生きろと同僚によく言われたものです。や、今も・でしたね。こうして悩みを打ち明けているのですから。

 女々しいでしょうか。でしょうね。こうして尋ねている私自身、そう思うくらいですから――。



「ねー、生中まだー?」

「あ。店員さーん、タコ刺しこっち」

「ハツとレバー、やげん軟骨とぼんじり。あっ、そこの肉厚しいたけもお願い。他に串頼むひといないー? 頼むよ、頼んじゃうよー」

 燻した肉の匂いでむせ返る場末の飲み屋。スーツ姿の男女が十数人で長い卓を囲い、赤ら顔で声を上げる。

 彼は店員や同僚が最も行き交う卓の真中に座していた。目線は机でビールを注いだグラスは殆ど減っておらず、そんなたわ言に耳を貸す者はいない。

 何を悩んでいるの、と声を掛けてきたから答えたのに。尋ねた当人は他の同僚の貰い酒に与り、とうに卓の端へと去っている。


「ねーえー。”ビノ”君は二次会行くー?」

「ここ串モノばっかで華が無いじゃん? もっとオシャレなとこ、幹事が予約取ってくれたんだって」

 左右から女子社員が寄って来て、彼を羽交い締めにハツラツとした声で問う。ビノ、と呼ばれた青年は吐息の酒臭さに顔をしかめ、それでも口角を少し吊り上げる。

 彼女たちの声が朗らかなのと、彼の不可思議な容姿とは無関係ではあるまい。無造作に流した襟足くらいの短髪は根から先に至るまで白一色。肉付きに恵まれず線の細い体。感情の知れない仏頂面と怜悧な目つき。スーツの黒とのコントラストが相まって、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出す。

「いや、しかしですね。明日も仕事が」

「えー。いいじゃんそんなのぉ」

「一日くらい休んだってわかんないってー」

 丁重に断ろうとしたものの、両脇の女性はそれを許すつもりはないらしく。継ぐ言葉が繰り出せず、仕方なく首肯する。

「おっけー。じゃあ決まりー」

「行きましょ行きましょ、カラオケごーごー」

 酒で完全に『出来上がり』、彼の両脇に腕を回しがっちりとホールド。明日は二日酔いコースかな。諦念の溜め息を吐く彼の目の前に、見覚えのある顔がひとつ。


「みんなごめんねー。カレ、これから仕事があるの。ちょーーーーっと、借りてくわねー」

 長く伸びた黒髪を肩口より流し、赤渕の眼鏡を掛けた、異様に声の大きな女性。ボーダーニットにロングスカートの落ち着いた佇まいながら、酔っ払い二人から強引に彼を掻っ攫い、入口まで引き摺ってゆく。


「ちょっ、誰よあのオバサン」

「部外者、部外者いるー! 知らないひとー!!」

 なんて抗議も既に遠く。事態を聞き付け男どもが駆け付ける頃には、彼らはエレベータを降り繁華街へと繰り出していた。


「オバサンって言われてましたね。歳ですねリリア」

「はッ。何よあんな小娘。オンナはね、このくらいの歳からが華なんですっ」

「やめましょうよ歳から目を逸らすのは。強がるだけ悲しくなるだけじゃありませんか」

「だあ、あ。うっさい。真顔で正論並べ立てんなッ」

 歩いている途中でコンタクトレンズが外れ、黒目と白目の反転した瞳が顕となる。白髪に白い肌、白の割合が多い瞳。ヒトの形を成していても、その姿は常人とはひどくかけ離れている。

 先程の女性たちの時とは打って変わって気安い雰囲気。二人は人通りの少ない路地に潜り、衣服の右胸を人差し指でさっと撫でる。

「それで。何の御用です?」

「急な仕事が入ったの。他のメンバーは出払ってるし、『欠員』は今も埋まらずじまい。貴方に頼むしかないでしょ」

「有給休暇中ですよ」

「よく言うわ。暗い顔してクダ巻いてたくせに。いい加減切り替えたらどうなの」

 撫でると同時に二人の衣服がどろりと『溶け』、銀色の粒子が身体の表面を駆け巡る。流体は首から下を覆う全身タイツとなり、その上からジャケットめいた形を成して定着した。


「この埋め合わせは重いですよ」

「はいはい。また別の日にツケといてあげるから」

 壁が連なり行き止まりとなった袋小路で、女性は右人差し指を十字に切った。瞬時にブロックノイズがあぶくのように湧き出して、ヒトふたりが入れるだけの異空間を作り出す。

「2222。マイナス1.056789。ゼロハチ・ゴーゴー」

 呪文のような数字の羅列に呼応して、”ゲート”の中のモヤが煌いた。二人は迷うこと無くそこへ飛び込み、この時代にさよならを告げる。



 タイムマシンが開発されて百年。ヒトは過去に行き、思うがままに改変するチカラを手に入れた。ただ一人の願いが歴史を変え、世界から秩序は失われたかに見えた。

 だが、それに否を叩き付け、或るべき秩序を守らんとする者たちがここに居る。これは未来無き世界で過去改変の脅威から人類を守る、十人の若者たちの物語――。





”タイム・キーパー”




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