序章 ストロベリー・ストロベリー
この作品は、現実の地名ががっつり出てきますが、実在の店名は一切出てきません。ついでに、作者本人の倫理観と世界観で構築されています。御容赦願います。
誰もが当たり前だと思うものが、自分にとっては当たり前ではなかった。ただ、それだけだった。
三皿目のパンケーキを頬張って、風上祈はうっとり笑う。鬼退治は面倒でしかないが、一仕事終えたあとのパンケーキは格別だった。ふわふわスフレのようなパンケーキは、祈の心を掴んで離さない。これがしっとりの王道派パンケーキであったなら、白い玉肌の頬はとろりととろけて落ちてしまうに違いない。至福の笑みで食べ進める祈を、目の前でちょこんと行儀良く座った黒い生き物はげんなりとした顔で見た。
「ちょいと、いのりさん。おみゃあさん、これは食べすぎなんじゃあ、ありませんかいね」
可愛いもふもふの見た目をして全く可愛くない話し方をする謎の生き物は、短い前足でたしたしとテーブルを叩く。きゅるんとした目が溜息をつく黒い生き物を見て、どうして、と目だけで問い掛ける。
「いや、そんなかあいいお目々で見つめられても困るってもんなんですがね。いのりさん、もう三皿目でしょう?お夕はん、そんなんで食べられるんですかい。むりでしょう。別に大食漢ってわけでもないんだから」
「こんなにたくさん材料落としていくやつがいけない。ボクは悪くない」
「何その超理論」
祈の返答に謎生物の尻尾がへなった。ライオンのようなふさふさの尻尾に結ばれた紫地に白いレースの縁取りの、これまたやたらと「可愛い」リボンがよれよれとテーブルの上に伏す。ちなみにこれは祈の趣味である。このパンケーキ狂信者は「可愛い」に対するセンスがずば抜けており、頻繁に小物を制作しては黒い生き物に着せている。
「そんなことより、みかづきの次の衣装、どうしようか」
黒の謎生物ことみかづきの藤色のふりふりコスチュームをじっと見て、祈は三皿目最後の一口を味わう。みかづきは遂に全身脱力して、テーブルにべったりと突っ伏した。
「まあ、どおせ聞きゃあしないってわかってるんですがね。いちおう、言わせてもらいましょうか」
「なにか?もしかして、ボクとお揃いにしたいとか?」
「だあれがデザインの話をしてるんですかい。……あっし、これでも『オス』なんですって、なんべん言わせる気ですかいね、いのりさん」
そう、みかづきことこの謎生物、性別があるのかすら不思議だが、実は「オス」である。