Case.2 絶望希望犯⑥
捜査会議の前に、夕姫と佐藤は例のレストランを訪ねることにした。レストラン・スペランツァはイタリア料理の専門店だった。午後三時、昼食のタイミングが過ぎているためかレストランは準備中になっていた。ドアは施錠されていなかったためそのまま店内に足を踏み入れる。
「すいません、現在準備中でして…」
若い男性店員が店の奥からやって来る。
「ああ、忙しいところすいません、こういった者で…」
佐藤が警察手帳を出す。男性店員が驚きの表情を浮かべる。確かにいきなり警察手帳を見せられたら誰でもきっと驚くだろう。涼はレジ付近に目をやる。…あれは。
「…何かあったんですか?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですがいいでしょうか?」
「はい、もちろんです」
「この粉チーズ、お店で扱ってたりしますか?」
佐藤が粉チーズの写真を見せる。
「はい、こちらで販売しているものです」
男性店員がレジの方を指さす。レジの前に粉チーズが陳列されている。ビンゴというわけだ。
「…こちらの方、ご存知ですか?」
今度は大原陽子の写真を見せた。
「ええ…このお店の常連さんです。…大原さんがどうかしたんですか?」
なんと男性店員は名前も知っていた。粉チーズからここまで辿り着けるとは、山井の着眼点はすごいと言わざるを得ない。
「実はいまある事件を追っており、大原さんの人間関係について調べています。ちなみに、木沢明日香さんという方はご存じですか?」
少しぼやかしながら佐藤が話を進める。木沢明日香というのは先ほど遺体が発見された部屋の契約者の名前だ。ここに来る前に五十嵐に聞いておいたのだ。
「ええ、木沢さんもこのお店の常連です」
こっちもビンゴだった。まだ同一犯による犯行かつあの遺体が木沢明日香であると決まったわけではないが、少なくとも大原陽子と木沢明日香、そしてこの店は繋がっている。不確かながら、事件を解決するためのピースが少しずつ集まってきているのを涼は感じた。
「…では大原さんたちについて、お話を聞かせてください」
「わかりました。小池さん、ちょっといいですか?」
男性店員が厨房の方へ声をかけると、厨房から男性の声が返ってきた。
「どーしたー?」
「ちょっと、警察の方がいらっしゃってて…」
「…え?なになに?」
厨房から男性が顔を出す。30代後半くらいだろうか、鼻下に髭を生やしている。
「常連の大原さんたちについて話を聞きたいみたいで…」
「…え、彼女なんかやっちゃったの?」
男性が厨房から完全に出て来た。そして席に案内してくれた。テーブルの上に夕姫が涼の水槽を置くと、二人とも不審な目で涼の方を見た。まぁそれはそうだろう。この扱いにもそろそろ慣れて来た。
「すいません、お忙しいところ。こちらの常連の大原陽子さんについて、お話を伺わせてください」
「彼女がどうしたんですか?」
「…これは他言無用でお願いしますが、ある事件に巻き込まれ、遺体で発見されました」
「え…大原さんが?…まさか、木沢さんも!?」
若い男性店員が目を見開いた。木沢明日香に対する反応が強い。
「まだ断定はできませんが、その可能性が高い状況です」
「そんな…」
この男性店員と木沢明日香は親しい仲だったのだろうか。
「犯人は…?」
「全力で捜査しています。彼女たちの人間関係、知っていることは何でもいいので教えてください」
二人の店員はうなずき、そして神妙な面持ちで語り始めた。事件は二人の話を皮切りに、大きく動くこととなる。